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本編
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先に拝殿の前まで来ていた巫子も、コチラに気が付いた。満面の笑みで手を大きく振っている。
「蘭恋!!」
僕からも手を振り返す。きっとそうだと思っていた。蘭恋は煬源様の運命の番だと。
「蘭恋が一番乗りだったの?」
「そうみたい。良かったわ。私だけだったら、どうしようかと思ってた」
「他の八乙女も、きっと来るよ」
二人とも疲れが取れていないから、拝殿前の階段に座り、他の八乙女を待つことにした。
朝拝までは少し時間があるものの、その後は誰も来る気配がなかった。
だんだん二人の空気も重くなっていく。もしかすると、僕と蘭恋だけだったのか……。
それでも他にも来ると信じたくて、何方からも立ちあがろうとしなかった。
「……誰も、来ないのかしら」
「そんな……」
ため息が溢れる。ここまで来て、みんなと別れるなんて考えたくない。
「朝拝、始める?」
それでも時間は待ってなくれない。
半ば諦めきれないまま、拝殿に入っていく。
すると、拝殿の中に先客がいた。ずっと、外で待っているはずだと思い込んでた。
頸にはしっかりとアルファの噛み跡が刻まれている。
蘭恋と顔を見合わせ、その丸い耳の八乙女の前を呼ぶ。
「「月詠!!」」
コチラを振り返った月詠は、目が合った瞬間涙目になった。
「如月、蘭恋……」
「月詠も運命の番だったんだ!」
「えへへ……そう、みたい」
照れ臭そうに笑う。
結局その後は、誰も大神殿には来なかった。
三人だけで祓詞を唱える。
なんだかずっと隙間風が吹いているような、もの哀しさが離れない。
今朝まであんなにも幸せだったのに、来ていない三人を思うと心苦しくて仕方ない。
凪と麿衣様、朱邑と朔怜様、秦羽と依咲那様。みんな番に違いないと思うほどの絆で結ばれている。
もしかすると、遅れて来るのでは……なんて期待も虚しく、参道を歩き、大鳥居を潜っても他の八乙女は現れなかった。
一人だけ帰る方角の違う月詠に「またね」というと、蘭恋と肩を並べて歩き出した。
「ねぇ、大地神の神殿に行ってみる?」
僕から蘭恋に相談してみた。
でも蘭恋の表情は曇っている。自分達の噛み跡を凪が見て喜べるかと言われれば、そうとも思えなかった。
やはり、もう最後の日まで会えないのか……。
きっと、最後の狼神様との時間を惜しんでいるのだろう。
光の神殿に帰り、このことを輝惺様に結果を伝えると「そうか……」と端的に答えたきり、考え込んでしまった。
輝惺様の目から見ても、他の狼神様達も運命の番に見えていたはずだ。
「如月、帳簿の記帳を頼む。私は麿衣の所へ行ってくる」
「はい、分かりました」
自分と煬源様、そして亜玖留様は番と巡り会えた。一番八乙女と仲の良かった麿衣様が違うなんて、本人達も受け入れられないかもしれない。
慰めに行くのだろう。
僕は行かない方がいい。
輝惺様が帰ってから、凪の様子を聞けばいい。
輝惺様が不在の間は、なるべく考えすぎないよう、仕事に集中した。
そして帰ってきた輝惺様は両手いっぱいに手料理を抱えていた。
「どうしたのですか? そんな食べきれない量のお料理は!!」
「それがあの二人、旅立ちまでに思い出の料理を開発しようとしていたのだ。離れていても、互いを思い出せる料理を。これは試作品だ」
どうやら、儀式の後はお互いかなり落ち込んだけど、そこからは気持ちを切り替え今に至るらしい。
輝惺様がクスクスを笑いながら言っているあたり、もう心配は要らないようだ。
「凪と麿衣様らしいですね」
僕もクスクスと笑いながら言う。
明日は朔怜様と依咲那様の神殿を訪ねてみると言った。
朱邑と秦羽のことだから、最後の宴をしているかもしれない。なんて輝惺様と笑って話していたが、あの二人の間でまさかの事態が起こっているとは、この時の僕たちはまだ知らなかった。
「蘭恋!!」
僕からも手を振り返す。きっとそうだと思っていた。蘭恋は煬源様の運命の番だと。
「蘭恋が一番乗りだったの?」
「そうみたい。良かったわ。私だけだったら、どうしようかと思ってた」
「他の八乙女も、きっと来るよ」
二人とも疲れが取れていないから、拝殿前の階段に座り、他の八乙女を待つことにした。
朝拝までは少し時間があるものの、その後は誰も来る気配がなかった。
だんだん二人の空気も重くなっていく。もしかすると、僕と蘭恋だけだったのか……。
それでも他にも来ると信じたくて、何方からも立ちあがろうとしなかった。
「……誰も、来ないのかしら」
「そんな……」
ため息が溢れる。ここまで来て、みんなと別れるなんて考えたくない。
「朝拝、始める?」
それでも時間は待ってなくれない。
半ば諦めきれないまま、拝殿に入っていく。
すると、拝殿の中に先客がいた。ずっと、外で待っているはずだと思い込んでた。
頸にはしっかりとアルファの噛み跡が刻まれている。
蘭恋と顔を見合わせ、その丸い耳の八乙女の前を呼ぶ。
「「月詠!!」」
コチラを振り返った月詠は、目が合った瞬間涙目になった。
「如月、蘭恋……」
「月詠も運命の番だったんだ!」
「えへへ……そう、みたい」
照れ臭そうに笑う。
結局その後は、誰も大神殿には来なかった。
三人だけで祓詞を唱える。
なんだかずっと隙間風が吹いているような、もの哀しさが離れない。
今朝まであんなにも幸せだったのに、来ていない三人を思うと心苦しくて仕方ない。
凪と麿衣様、朱邑と朔怜様、秦羽と依咲那様。みんな番に違いないと思うほどの絆で結ばれている。
もしかすると、遅れて来るのでは……なんて期待も虚しく、参道を歩き、大鳥居を潜っても他の八乙女は現れなかった。
一人だけ帰る方角の違う月詠に「またね」というと、蘭恋と肩を並べて歩き出した。
「ねぇ、大地神の神殿に行ってみる?」
僕から蘭恋に相談してみた。
でも蘭恋の表情は曇っている。自分達の噛み跡を凪が見て喜べるかと言われれば、そうとも思えなかった。
やはり、もう最後の日まで会えないのか……。
きっと、最後の狼神様との時間を惜しんでいるのだろう。
光の神殿に帰り、このことを輝惺様に結果を伝えると「そうか……」と端的に答えたきり、考え込んでしまった。
輝惺様の目から見ても、他の狼神様達も運命の番に見えていたはずだ。
「如月、帳簿の記帳を頼む。私は麿衣の所へ行ってくる」
「はい、分かりました」
自分と煬源様、そして亜玖留様は番と巡り会えた。一番八乙女と仲の良かった麿衣様が違うなんて、本人達も受け入れられないかもしれない。
慰めに行くのだろう。
僕は行かない方がいい。
輝惺様が帰ってから、凪の様子を聞けばいい。
輝惺様が不在の間は、なるべく考えすぎないよう、仕事に集中した。
そして帰ってきた輝惺様は両手いっぱいに手料理を抱えていた。
「どうしたのですか? そんな食べきれない量のお料理は!!」
「それがあの二人、旅立ちまでに思い出の料理を開発しようとしていたのだ。離れていても、互いを思い出せる料理を。これは試作品だ」
どうやら、儀式の後はお互いかなり落ち込んだけど、そこからは気持ちを切り替え今に至るらしい。
輝惺様がクスクスを笑いながら言っているあたり、もう心配は要らないようだ。
「凪と麿衣様らしいですね」
僕もクスクスと笑いながら言う。
明日は朔怜様と依咲那様の神殿を訪ねてみると言った。
朱邑と秦羽のことだから、最後の宴をしているかもしれない。なんて輝惺様と笑って話していたが、あの二人の間でまさかの事態が起こっているとは、この時の僕たちはまだ知らなかった。
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