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本編
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須凰が地上界へと旅立った。
永遠の別れではないし、前向きに考えた決断だったのがせめてもの救いではある。
それでも残された者の虚無感は否めない。
しばらくの間、狼神様も八乙女もついさっきまでいた須凰の残像を描いて見つめていた。
須凰は最後の最後で笑顔を見せてくれた。
涙の一粒も流すことはなかった。きっと水神の神殿で悩んでいる間、一人でずっと泣いていただろう。こんな時になって、僕達は仲間の強さを思い知ることとなる。
そして自分の弱さも……。
狼神様がそれぞれの巫子を迎えると大神殿を後にした。
なんとなく、誰からも喋らなかった。ただ、どの狼神様と巫子もしっかりとお互いの手を握って離さなかった。
それは僕も然り。
須凰の旅立ちは、僕達に少なからず影響を与えた。
『絆』
狼神様と巫子はこれまでに増してお互いを求め合うようになる。限られた時間をより濃厚なものにするために。
「須凰、無事恭介に会えたでしょうか……」
その日の夜、尻尾の毛繕いをしてもらいながら、輝惺様に尋ねた。
「きっと会えているだろう。会えるようにあの時間に送ったからな」
「狼神様は恭介の行動までわかるのですか?」
「地上界の誰でも分かるわけではない。ただ、恭介はあの社の倅だったのだ」
「そうだったんですね!!」
だから、天袮様が人族でも恭介なら大丈夫だと判断したのか。
「社の神主なら、大体一日の行動が決まっている。だからそれを狙って須凰を送り届けた」
「人族と巫子は番になれるのでしょうか?」
「本来なら、人族には我々の姿は見えない。ただ、恭介くらいハッキリ見える人なら『番う力』を持っているのだ」
「っというのは、どういうことですか?」
「恭介は我々と会話もできるし、触れることもできる。一種の特殊能力を持っている。その人の体液を取り込むことで、天界人も地上界の人間と殆ど同じ人種に変貌するということだ」
じゃあ、もし……恭介と須凰が番になれば、須凰は人族に限りなく近い存在になるということか。
「え? じゃあ、もし須凰が人族に近づけば、僕達の姿は見えなくなるのでしょうか?」
「それは心配ない。須凰も私たちの姿は見え続ける。恭介がそうできるように、須凰とも会話も出来るし、触れ合える」
良かった……。それなら、会いたくなった時は狼神様に言って連れて行って貰えばいい。
「天袮様は、本当に大丈夫でしょうか?」
「まあ、水神の神殿に遊びに行ってあげてくれ。きっと喜ぶ。あの会議の時、天袮は今年は番かどうかを確かめる儀式もできなくなったと憂いていた。けれど亜玖留はそんなの毎年だったけどな。なんて呟いたのだ。それで全員笑ってしまって……」
亜玖留様……今まで巫子が恐れて初日に逃げ出していたと言っていた。
だから今までずっと一人だったのだ。
それを聞いた朔怜様は「それは自業自得だろう!!」と煽ったそうだ。
「それで、亜玖留様は何と?」
「今年は初めて巫子がいるから毎日妙に自分が浮かれているのが嫌らしい」
「ブッ!! 浮かれている亜玖留様なんて想像できません!!」
「そんなのは狼神でさえ想像できない。しかし、月詠のお蔭で亜玖留がそんな冗談も言うようになった。今年の巫子には感謝しかない」
フワリと背後から抱きしめられた。
「輝惺様?」
「みんなが番であればいいのに……なんて、狼神らしくもないことを最近考えてしまう」
「……考えて下さい。輝惺様が願えば、本当にそうなるかもしれないじゃないですか」
自分の願い? 考えたことも無かったな……。
輝惺様が毛繕いの手を止めて考え込んだ。
永遠の別れではないし、前向きに考えた決断だったのがせめてもの救いではある。
それでも残された者の虚無感は否めない。
しばらくの間、狼神様も八乙女もついさっきまでいた須凰の残像を描いて見つめていた。
須凰は最後の最後で笑顔を見せてくれた。
涙の一粒も流すことはなかった。きっと水神の神殿で悩んでいる間、一人でずっと泣いていただろう。こんな時になって、僕達は仲間の強さを思い知ることとなる。
そして自分の弱さも……。
狼神様がそれぞれの巫子を迎えると大神殿を後にした。
なんとなく、誰からも喋らなかった。ただ、どの狼神様と巫子もしっかりとお互いの手を握って離さなかった。
それは僕も然り。
須凰の旅立ちは、僕達に少なからず影響を与えた。
『絆』
狼神様と巫子はこれまでに増してお互いを求め合うようになる。限られた時間をより濃厚なものにするために。
「須凰、無事恭介に会えたでしょうか……」
その日の夜、尻尾の毛繕いをしてもらいながら、輝惺様に尋ねた。
「きっと会えているだろう。会えるようにあの時間に送ったからな」
「狼神様は恭介の行動までわかるのですか?」
「地上界の誰でも分かるわけではない。ただ、恭介はあの社の倅だったのだ」
「そうだったんですね!!」
だから、天袮様が人族でも恭介なら大丈夫だと判断したのか。
「社の神主なら、大体一日の行動が決まっている。だからそれを狙って須凰を送り届けた」
「人族と巫子は番になれるのでしょうか?」
「本来なら、人族には我々の姿は見えない。ただ、恭介くらいハッキリ見える人なら『番う力』を持っているのだ」
「っというのは、どういうことですか?」
「恭介は我々と会話もできるし、触れることもできる。一種の特殊能力を持っている。その人の体液を取り込むことで、天界人も地上界の人間と殆ど同じ人種に変貌するということだ」
じゃあ、もし……恭介と須凰が番になれば、須凰は人族に限りなく近い存在になるということか。
「え? じゃあ、もし須凰が人族に近づけば、僕達の姿は見えなくなるのでしょうか?」
「それは心配ない。須凰も私たちの姿は見え続ける。恭介がそうできるように、須凰とも会話も出来るし、触れ合える」
良かった……。それなら、会いたくなった時は狼神様に言って連れて行って貰えばいい。
「天袮様は、本当に大丈夫でしょうか?」
「まあ、水神の神殿に遊びに行ってあげてくれ。きっと喜ぶ。あの会議の時、天袮は今年は番かどうかを確かめる儀式もできなくなったと憂いていた。けれど亜玖留はそんなの毎年だったけどな。なんて呟いたのだ。それで全員笑ってしまって……」
亜玖留様……今まで巫子が恐れて初日に逃げ出していたと言っていた。
だから今までずっと一人だったのだ。
それを聞いた朔怜様は「それは自業自得だろう!!」と煽ったそうだ。
「それで、亜玖留様は何と?」
「今年は初めて巫子がいるから毎日妙に自分が浮かれているのが嫌らしい」
「ブッ!! 浮かれている亜玖留様なんて想像できません!!」
「そんなのは狼神でさえ想像できない。しかし、月詠のお蔭で亜玖留がそんな冗談も言うようになった。今年の巫子には感謝しかない」
フワリと背後から抱きしめられた。
「輝惺様?」
「みんなが番であればいいのに……なんて、狼神らしくもないことを最近考えてしまう」
「……考えて下さい。輝惺様が願えば、本当にそうなるかもしれないじゃないですか」
自分の願い? 考えたことも無かったな……。
輝惺様が毛繕いの手を止めて考え込んだ。
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