60 / 75
本編
58
しおりを挟む
須凰が地上界へと旅立った。
永遠の別れではないし、前向きに考えた決断だったのがせめてもの救いではある。
それでも残された者の虚無感は否めない。
しばらくの間、狼神様も八乙女もついさっきまでいた須凰の残像を描いて見つめていた。
須凰は最後の最後で笑顔を見せてくれた。
涙の一粒も流すことはなかった。きっと水神の神殿で悩んでいる間、一人でずっと泣いていただろう。こんな時になって、僕達は仲間の強さを思い知ることとなる。
そして自分の弱さも……。
狼神様がそれぞれの巫子を迎えると大神殿を後にした。
なんとなく、誰からも喋らなかった。ただ、どの狼神様と巫子もしっかりとお互いの手を握って離さなかった。
それは僕も然り。
須凰の旅立ちは、僕達に少なからず影響を与えた。
『絆』
狼神様と巫子はこれまでに増してお互いを求め合うようになる。限られた時間をより濃厚なものにするために。
「須凰、無事恭介に会えたでしょうか……」
その日の夜、尻尾の毛繕いをしてもらいながら、輝惺様に尋ねた。
「きっと会えているだろう。会えるようにあの時間に送ったからな」
「狼神様は恭介の行動までわかるのですか?」
「地上界の誰でも分かるわけではない。ただ、恭介はあの社の倅だったのだ」
「そうだったんですね!!」
だから、天袮様が人族でも恭介なら大丈夫だと判断したのか。
「社の神主なら、大体一日の行動が決まっている。だからそれを狙って須凰を送り届けた」
「人族と巫子は番になれるのでしょうか?」
「本来なら、人族には我々の姿は見えない。ただ、恭介くらいハッキリ見える人なら『番う力』を持っているのだ」
「っというのは、どういうことですか?」
「恭介は我々と会話もできるし、触れることもできる。一種の特殊能力を持っている。その人の体液を取り込むことで、天界人も地上界の人間と殆ど同じ人種に変貌するということだ」
じゃあ、もし……恭介と須凰が番になれば、須凰は人族に限りなく近い存在になるということか。
「え? じゃあ、もし須凰が人族に近づけば、僕達の姿は見えなくなるのでしょうか?」
「それは心配ない。須凰も私たちの姿は見え続ける。恭介がそうできるように、須凰とも会話も出来るし、触れ合える」
良かった……。それなら、会いたくなった時は狼神様に言って連れて行って貰えばいい。
「天袮様は、本当に大丈夫でしょうか?」
「まあ、水神の神殿に遊びに行ってあげてくれ。きっと喜ぶ。あの会議の時、天袮は今年は番かどうかを確かめる儀式もできなくなったと憂いていた。けれど亜玖留はそんなの毎年だったけどな。なんて呟いたのだ。それで全員笑ってしまって……」
亜玖留様……今まで巫子が恐れて初日に逃げ出していたと言っていた。
だから今までずっと一人だったのだ。
それを聞いた朔怜様は「それは自業自得だろう!!」と煽ったそうだ。
「それで、亜玖留様は何と?」
「今年は初めて巫子がいるから毎日妙に自分が浮かれているのが嫌らしい」
「ブッ!! 浮かれている亜玖留様なんて想像できません!!」
「そんなのは狼神でさえ想像できない。しかし、月詠のお蔭で亜玖留がそんな冗談も言うようになった。今年の巫子には感謝しかない」
フワリと背後から抱きしめられた。
「輝惺様?」
「みんなが番であればいいのに……なんて、狼神らしくもないことを最近考えてしまう」
「……考えて下さい。輝惺様が願えば、本当にそうなるかもしれないじゃないですか」
自分の願い? 考えたことも無かったな……。
輝惺様が毛繕いの手を止めて考え込んだ。
永遠の別れではないし、前向きに考えた決断だったのがせめてもの救いではある。
それでも残された者の虚無感は否めない。
しばらくの間、狼神様も八乙女もついさっきまでいた須凰の残像を描いて見つめていた。
須凰は最後の最後で笑顔を見せてくれた。
涙の一粒も流すことはなかった。きっと水神の神殿で悩んでいる間、一人でずっと泣いていただろう。こんな時になって、僕達は仲間の強さを思い知ることとなる。
そして自分の弱さも……。
狼神様がそれぞれの巫子を迎えると大神殿を後にした。
なんとなく、誰からも喋らなかった。ただ、どの狼神様と巫子もしっかりとお互いの手を握って離さなかった。
それは僕も然り。
須凰の旅立ちは、僕達に少なからず影響を与えた。
『絆』
狼神様と巫子はこれまでに増してお互いを求め合うようになる。限られた時間をより濃厚なものにするために。
「須凰、無事恭介に会えたでしょうか……」
その日の夜、尻尾の毛繕いをしてもらいながら、輝惺様に尋ねた。
「きっと会えているだろう。会えるようにあの時間に送ったからな」
「狼神様は恭介の行動までわかるのですか?」
「地上界の誰でも分かるわけではない。ただ、恭介はあの社の倅だったのだ」
「そうだったんですね!!」
だから、天袮様が人族でも恭介なら大丈夫だと判断したのか。
「社の神主なら、大体一日の行動が決まっている。だからそれを狙って須凰を送り届けた」
「人族と巫子は番になれるのでしょうか?」
「本来なら、人族には我々の姿は見えない。ただ、恭介くらいハッキリ見える人なら『番う力』を持っているのだ」
「っというのは、どういうことですか?」
「恭介は我々と会話もできるし、触れることもできる。一種の特殊能力を持っている。その人の体液を取り込むことで、天界人も地上界の人間と殆ど同じ人種に変貌するということだ」
じゃあ、もし……恭介と須凰が番になれば、須凰は人族に限りなく近い存在になるということか。
「え? じゃあ、もし須凰が人族に近づけば、僕達の姿は見えなくなるのでしょうか?」
「それは心配ない。須凰も私たちの姿は見え続ける。恭介がそうできるように、須凰とも会話も出来るし、触れ合える」
良かった……。それなら、会いたくなった時は狼神様に言って連れて行って貰えばいい。
「天袮様は、本当に大丈夫でしょうか?」
「まあ、水神の神殿に遊びに行ってあげてくれ。きっと喜ぶ。あの会議の時、天袮は今年は番かどうかを確かめる儀式もできなくなったと憂いていた。けれど亜玖留はそんなの毎年だったけどな。なんて呟いたのだ。それで全員笑ってしまって……」
亜玖留様……今まで巫子が恐れて初日に逃げ出していたと言っていた。
だから今までずっと一人だったのだ。
それを聞いた朔怜様は「それは自業自得だろう!!」と煽ったそうだ。
「それで、亜玖留様は何と?」
「今年は初めて巫子がいるから毎日妙に自分が浮かれているのが嫌らしい」
「ブッ!! 浮かれている亜玖留様なんて想像できません!!」
「そんなのは狼神でさえ想像できない。しかし、月詠のお蔭で亜玖留がそんな冗談も言うようになった。今年の巫子には感謝しかない」
フワリと背後から抱きしめられた。
「輝惺様?」
「みんなが番であればいいのに……なんて、狼神らしくもないことを最近考えてしまう」
「……考えて下さい。輝惺様が願えば、本当にそうなるかもしれないじゃないですか」
自分の願い? 考えたことも無かったな……。
輝惺様が毛繕いの手を止めて考え込んだ。
1
お気に入りに追加
427
あなたにおすすめの小説
【完結】雨降らしは、腕の中。
N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年
Special thanks
illustration by meadow(@into_ml79)
※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
高貴なオメガは、ただ愛を囁かれたい【本編完結】
きど
BL
愛されていないのに形だけの番になるのは、ごめんだ。
オメガの王族でもアルファと番えば王位継承を認めているエステート王国。
そこの第一王子でオメガのヴィルムには長年思い続けている相手がいる。それは幼馴染で王位継承権を得るための番候補でもあるアルファのアーシュレイ・フィリアス。
アーシュレイは、自分を王太子にするために、番になろうとしてると勘違いしているヴィルムは、アーシュレイを拒絶し続ける。しかし、発情期の度にアーシュレイに抱かれる幻想をみてしまい思いに蓋をし続けることが難しくなっていた。
そんな時に大国のアルファの王族から番になる打診が来て、アーシュレイを諦めるためにそれを受けようとしたら、とうとうアーシュレイが痺れを切らして…。
二人の想いは無事通じ合うのか。
現在、スピンオフ作品の
ヤンデレベータ×性悪アルファを連載中
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?
人生1919回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途なαが婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。
・五話完結予定です。
※オメガバースでαが受けっぽいです。

ベータですが、運命の番だと迫られています
モト
BL
ベータの三栗七生は、ひょんなことから弁護士の八乙女梓に“運命の番”認定を受ける。
運命の番だと言われても三栗はベータで、八乙女はアルファ。
執着されまくる話。アルファの運命の番は果たしてベータなのか?
ベータがオメガになることはありません。
“運命の番”は、別名“魂の番”と呼ばれています。独自設定あり
※ムーンライトノベルズでも投稿しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる