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本編
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輝惺様は何から伝えるべきかと少しの間悩んでいたが、ポツポツと静かに話し始めた。
「私が前の巫子と相思相愛だったのは本当だ。毎年、神界へ来る巫子を大切にしているが、彼はその中でも特に仲が良かった。毎日のように、運命の番であって欲しいと話していた」
輝惺様本人の口から前の巫子の話を聞くのは、想像以上に心苦しかった。
耳を塞ぎたくなるが、何とか耐えるしかない。
「しかし、天袮からも聞いたように彼は運命の番ではなかった。お互いに落胆し、嘆き悲しんだ。身を捧げる儀式から巫子が旅立つまでは五日ほど。私と彼はずっと一緒に過ごしていた。しかし……」
突然そこで亜玖留様の名前が出てきたから驚いた。
その頃、黄泉の国が荒れていたのは知っている。
それが何の関係があると言うのか。
「私と亜玖留が入れ替わったのはその時なのだ」
「なんという……」
僕が神界へ来たとき、既に二人は入れ替わっていた。その瞬間はなんと巫子を見送る直前だったと言うのだ!
「ずっと二人で過ごしていた私達だったが、旅立ちを目前にした時、光の神の神殿へ怒鳴り込んできた。巫子には先に大神殿へ向かわせた。そのあとは如月が知っての通りだ」
「じゃあ、見送りに来れなかったのは二人が入れ替わってしまったからで……」
「そうだ。あの時は亜玖留と二人でなんとか元に戻す方法を見つけ出そうと思っていた。結果的には皆の力が必要だったのだが」
前の巫子も、きっと亜玖留様が光の神の神殿へ来たのを他の狼神様には言わなかった。
それが輝惺様と信頼関係が結ばれている証拠だと言えよう。
自分なら、そこまで気が使えただろうか……。
この話だけで、前の巫子の素晴らしい人間性を痛感してしまった。
輝惺様が忘れられないのも納得だ。
「それで他の狼神様が事情を知らなかったのですね」
当たり障りのない返事を送るので精一杯の僕とは違う。
「ああ、でも今日、天袮に説明したよ。それで如月にも伝える覚悟が整ったのは、それだけではない」
「僕に何を伝えようとして……」
正直、これ以上前の巫子の素晴らしさを目の当たりにはしたくない。
無力な自分を思い知らされるのは、今の僕には受け止めきれない。
気持ちが憔悴していた。
話を一度止めてもらい、「やはり座っている体勢が辛いので」と言って布団に横にならせてもらった。
輝惺様はここからが本番なのに……と言いたげな、釈然としない表情になったが僕の容体を優先してくれた。
布団を掛け、僕の頭を撫でた。
「……ケジメをつけたかったのだ」
そう言った。
「如月と向き合うためのケジメを」
「私が前の巫子と相思相愛だったのは本当だ。毎年、神界へ来る巫子を大切にしているが、彼はその中でも特に仲が良かった。毎日のように、運命の番であって欲しいと話していた」
輝惺様本人の口から前の巫子の話を聞くのは、想像以上に心苦しかった。
耳を塞ぎたくなるが、何とか耐えるしかない。
「しかし、天袮からも聞いたように彼は運命の番ではなかった。お互いに落胆し、嘆き悲しんだ。身を捧げる儀式から巫子が旅立つまでは五日ほど。私と彼はずっと一緒に過ごしていた。しかし……」
突然そこで亜玖留様の名前が出てきたから驚いた。
その頃、黄泉の国が荒れていたのは知っている。
それが何の関係があると言うのか。
「私と亜玖留が入れ替わったのはその時なのだ」
「なんという……」
僕が神界へ来たとき、既に二人は入れ替わっていた。その瞬間はなんと巫子を見送る直前だったと言うのだ!
「ずっと二人で過ごしていた私達だったが、旅立ちを目前にした時、光の神の神殿へ怒鳴り込んできた。巫子には先に大神殿へ向かわせた。そのあとは如月が知っての通りだ」
「じゃあ、見送りに来れなかったのは二人が入れ替わってしまったからで……」
「そうだ。あの時は亜玖留と二人でなんとか元に戻す方法を見つけ出そうと思っていた。結果的には皆の力が必要だったのだが」
前の巫子も、きっと亜玖留様が光の神の神殿へ来たのを他の狼神様には言わなかった。
それが輝惺様と信頼関係が結ばれている証拠だと言えよう。
自分なら、そこまで気が使えただろうか……。
この話だけで、前の巫子の素晴らしい人間性を痛感してしまった。
輝惺様が忘れられないのも納得だ。
「それで他の狼神様が事情を知らなかったのですね」
当たり障りのない返事を送るので精一杯の僕とは違う。
「ああ、でも今日、天袮に説明したよ。それで如月にも伝える覚悟が整ったのは、それだけではない」
「僕に何を伝えようとして……」
正直、これ以上前の巫子の素晴らしさを目の当たりにはしたくない。
無力な自分を思い知らされるのは、今の僕には受け止めきれない。
気持ちが憔悴していた。
話を一度止めてもらい、「やはり座っている体勢が辛いので」と言って布団に横にならせてもらった。
輝惺様はここからが本番なのに……と言いたげな、釈然としない表情になったが僕の容体を優先してくれた。
布団を掛け、僕の頭を撫でた。
「……ケジメをつけたかったのだ」
そう言った。
「如月と向き合うためのケジメを」
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