38 / 75
本編
36
しおりを挟む
輝惺様は何から伝えるべきかと少しの間悩んでいたが、ポツポツと静かに話し始めた。
「私が前の巫子と相思相愛だったのは本当だ。毎年、神界へ来る巫子を大切にしているが、彼はその中でも特に仲が良かった。毎日のように、運命の番であって欲しいと話していた」
輝惺様本人の口から前の巫子の話を聞くのは、想像以上に心苦しかった。
耳を塞ぎたくなるが、何とか耐えるしかない。
「しかし、天袮からも聞いたように彼は運命の番ではなかった。お互いに落胆し、嘆き悲しんだ。身を捧げる儀式から巫子が旅立つまでは五日ほど。私と彼はずっと一緒に過ごしていた。しかし……」
突然そこで亜玖留様の名前が出てきたから驚いた。
その頃、黄泉の国が荒れていたのは知っている。
それが何の関係があると言うのか。
「私と亜玖留が入れ替わったのはその時なのだ」
「なんという……」
僕が神界へ来たとき、既に二人は入れ替わっていた。その瞬間はなんと巫子を見送る直前だったと言うのだ!
「ずっと二人で過ごしていた私達だったが、旅立ちを目前にした時、光の神の神殿へ怒鳴り込んできた。巫子には先に大神殿へ向かわせた。そのあとは如月が知っての通りだ」
「じゃあ、見送りに来れなかったのは二人が入れ替わってしまったからで……」
「そうだ。あの時は亜玖留と二人でなんとか元に戻す方法を見つけ出そうと思っていた。結果的には皆の力が必要だったのだが」
前の巫子も、きっと亜玖留様が光の神の神殿へ来たのを他の狼神様には言わなかった。
それが輝惺様と信頼関係が結ばれている証拠だと言えよう。
自分なら、そこまで気が使えただろうか……。
この話だけで、前の巫子の素晴らしい人間性を痛感してしまった。
輝惺様が忘れられないのも納得だ。
「それで他の狼神様が事情を知らなかったのですね」
当たり障りのない返事を送るので精一杯の僕とは違う。
「ああ、でも今日、天袮に説明したよ。それで如月にも伝える覚悟が整ったのは、それだけではない」
「僕に何を伝えようとして……」
正直、これ以上前の巫子の素晴らしさを目の当たりにはしたくない。
無力な自分を思い知らされるのは、今の僕には受け止めきれない。
気持ちが憔悴していた。
話を一度止めてもらい、「やはり座っている体勢が辛いので」と言って布団に横にならせてもらった。
輝惺様はここからが本番なのに……と言いたげな、釈然としない表情になったが僕の容体を優先してくれた。
布団を掛け、僕の頭を撫でた。
「……ケジメをつけたかったのだ」
そう言った。
「如月と向き合うためのケジメを」
「私が前の巫子と相思相愛だったのは本当だ。毎年、神界へ来る巫子を大切にしているが、彼はその中でも特に仲が良かった。毎日のように、運命の番であって欲しいと話していた」
輝惺様本人の口から前の巫子の話を聞くのは、想像以上に心苦しかった。
耳を塞ぎたくなるが、何とか耐えるしかない。
「しかし、天袮からも聞いたように彼は運命の番ではなかった。お互いに落胆し、嘆き悲しんだ。身を捧げる儀式から巫子が旅立つまでは五日ほど。私と彼はずっと一緒に過ごしていた。しかし……」
突然そこで亜玖留様の名前が出てきたから驚いた。
その頃、黄泉の国が荒れていたのは知っている。
それが何の関係があると言うのか。
「私と亜玖留が入れ替わったのはその時なのだ」
「なんという……」
僕が神界へ来たとき、既に二人は入れ替わっていた。その瞬間はなんと巫子を見送る直前だったと言うのだ!
「ずっと二人で過ごしていた私達だったが、旅立ちを目前にした時、光の神の神殿へ怒鳴り込んできた。巫子には先に大神殿へ向かわせた。そのあとは如月が知っての通りだ」
「じゃあ、見送りに来れなかったのは二人が入れ替わってしまったからで……」
「そうだ。あの時は亜玖留と二人でなんとか元に戻す方法を見つけ出そうと思っていた。結果的には皆の力が必要だったのだが」
前の巫子も、きっと亜玖留様が光の神の神殿へ来たのを他の狼神様には言わなかった。
それが輝惺様と信頼関係が結ばれている証拠だと言えよう。
自分なら、そこまで気が使えただろうか……。
この話だけで、前の巫子の素晴らしい人間性を痛感してしまった。
輝惺様が忘れられないのも納得だ。
「それで他の狼神様が事情を知らなかったのですね」
当たり障りのない返事を送るので精一杯の僕とは違う。
「ああ、でも今日、天袮に説明したよ。それで如月にも伝える覚悟が整ったのは、それだけではない」
「僕に何を伝えようとして……」
正直、これ以上前の巫子の素晴らしさを目の当たりにはしたくない。
無力な自分を思い知らされるのは、今の僕には受け止めきれない。
気持ちが憔悴していた。
話を一度止めてもらい、「やはり座っている体勢が辛いので」と言って布団に横にならせてもらった。
輝惺様はここからが本番なのに……と言いたげな、釈然としない表情になったが僕の容体を優先してくれた。
布団を掛け、僕の頭を撫でた。
「……ケジメをつけたかったのだ」
そう言った。
「如月と向き合うためのケジメを」
1
お気に入りに追加
427
あなたにおすすめの小説
【完結】雨降らしは、腕の中。
N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年
Special thanks
illustration by meadow(@into_ml79)
※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
高貴なオメガは、ただ愛を囁かれたい【本編完結】
きど
BL
愛されていないのに形だけの番になるのは、ごめんだ。
オメガの王族でもアルファと番えば王位継承を認めているエステート王国。
そこの第一王子でオメガのヴィルムには長年思い続けている相手がいる。それは幼馴染で王位継承権を得るための番候補でもあるアルファのアーシュレイ・フィリアス。
アーシュレイは、自分を王太子にするために、番になろうとしてると勘違いしているヴィルムは、アーシュレイを拒絶し続ける。しかし、発情期の度にアーシュレイに抱かれる幻想をみてしまい思いに蓋をし続けることが難しくなっていた。
そんな時に大国のアルファの王族から番になる打診が来て、アーシュレイを諦めるためにそれを受けようとしたら、とうとうアーシュレイが痺れを切らして…。
二人の想いは無事通じ合うのか。
現在、スピンオフ作品の
ヤンデレベータ×性悪アルファを連載中
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?
人生1919回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途なαが婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。
・五話完結予定です。
※オメガバースでαが受けっぽいです。

ベータですが、運命の番だと迫られています
モト
BL
ベータの三栗七生は、ひょんなことから弁護士の八乙女梓に“運命の番”認定を受ける。
運命の番だと言われても三栗はベータで、八乙女はアルファ。
執着されまくる話。アルファの運命の番は果たしてベータなのか?
ベータがオメガになることはありません。
“運命の番”は、別名“魂の番”と呼ばれています。独自設定あり
※ムーンライトノベルズでも投稿しております
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる