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『翔真、引越し終わったん?』
 メッセージの相手は雅哉だった。
『まだだよ。さっき鍵をもらったばかりなんだ』
『手伝い、いつでも言えよ』
『ありがとう』
 雅哉はαなのに、全然気取っていない。そこが人気の秘訣だろう。いつだって人が集まるのは、バース性だけではないと、見ていれば分かる。同じ学部の女子の半数は雅哉を狙っていそうだ。
 現に何人かの女子から、雅哉を飲み会に誘ってほしいと頼まれたことがある。
 それを雅哉に言うと、何回かは楽しくやっていたみたいだが、そのうち断るようになっていた。
 雅哉らしくないと思ったが、αにはβに分からない苦悩があるのは高校生の頃学んでいる。だから、余計なことは聞かないでおいた。

 三日間ほどかけて、ようやく自分の荷物を運び終え、いよいよ一人での生活をスタートさせた。
 蒼斗のマンションにはメモを残して置いた。
 一応毎日帰ってきている気配はあったから、そのうち気付いてくれるだろう。
 蒼斗を嫌いになったわけじゃない。ただ、自分がちゃんと自立しないと、蒼斗の友達として一緒にいられなくなる気がした。
 それに、蒼斗の恋人でもない自分が家賃も生活費も気にせずのんびりしていろ……なんて、あんまりだ。そんなのは友達に言うべきじゃない。
 価値観の違いで蒼斗を嫌いになりたくない。
 
「さぁ、バイト行こう!!」
 気を取り直してマンションを出た。
 清々しい気持ちで一人暮らしを始めたわけではないが、それでも蒼斗のマンションで一人で過ごすよりは息苦しさを感じない。
 耀の両親もβだし、お客さんもいい人ばかりだ。賄いだって出してもらえる。翔真が料理が好きだと知ると、いろんなレシピも教えてくれた。

 大学も順調だった。連休明けからは一回目の教育実習もある。きっと直ぐに、蒼斗との暮らしなんて忘れられるはずだ。蒼斗も忙しく毎日を過ごしているだろう。なるべく自分のことだけに集中しようと、気合いを入れる……。気合いを入れた……ハズだったのに……。

「……蒼斗?」
 ある日、バイトを終えて学生マンションに帰ると、ドアの前に蒼斗がしゃがみ込んでいた。
 翔真を見た途端、蒼斗が詰め寄る。
「なんで出てくんだよ!!」
「なんでって……言われても……」
 そんなの、どう説明しろと言うんだ。たかがバイトで機嫌を損ねて、避けたのは蒼斗じゃないか。そう言いたかった。でも言えなかった。それを口にしてしまえば、自分が惨めになる気がした。

「やっぱり、自立しようかなって思ってさ。これから俺の学科は実習が増えるのもあるし、バイトもなるべく入りたいんだ。ほら、蒼斗は俺がバイトするの嫌がってたじゃん。こんなことで喧嘩するのも嫌だし。別に一生会えなくなるんじゃないんだから、また遊ぼうぜ!」
 強がっているのは自覚している。今は、蒼斗と顔を合わせるのだって気まずい。まさか、学生マンションまで探し出して来るとは思っていなかった。

 でも限界だ。これ以上は話せない。
「じゃあ、俺、まだ課題やんないといけないから」
 強制的に会話を終わらせようとする。
 ここで蒼斗が引き下がらないことくらい分かってるが、部屋に逃げ込めば……。なんて考えは甘かった。

 ドアを力付くで閉めさせてもらえなかった。
「ちょっと、蒼斗。手、離せよ」
「嫌だ。離さない。翔真が、マンションに戻るって言うまでは」
「何言ってんだよ。戻るわけないだろ。あそこは蒼斗のマンションで、俺が一人で過ごしても苦しいだけなんだよ。さっさと彼女でも作って一緒に住めばいいじゃん」
 そう告げて、胸が張り裂けそうになった。

 変だ。なんで蒼斗に彼女ができると想像しただけで、苦しくなるんだ。
 友達は好きにならないと決めた。いや、同じ大学の生徒は全員だ。αとΩなら、男同士でもパートナーになれる。でも自分はβだ。β同士の世界にゲイが受け入れられる世間ではない。何より、蒼斗に自分がゲイだと知られたくない。

 蒼斗の顔が見られなかった。
「もう夜遅いし。近所迷惑なるから、今日のところは帰ってよ」
 蒼斗に背を向けたまま言う。震えているのを気付かれませんようにと、密かに祈った。

「……連絡するから」
 蒼斗はそれだけ言うと、帰って行った。
 ドアに鍵を掛け、ズルズルと膝から崩れ落ちた。心臓が落ち着かない。この原因は、たった一つしかなかった。
「ダメだよ。蒼斗は友達だ。あっちはαで、いずれΩと番になる。そうしたら俺は……俺は……」

 高校生の時、番になった同級生がいた。二人はとても信頼しあっていて、幸せそうで、相思相愛という言葉がピッタリだと思った。蒼斗にも、いつかはそういう相手が現れる。

 だからαを好きになっちゃいけない。

 それなのに、蒼斗が頭から離れない。迎えにきてくれたのは、あくまで友達だからだ。自分の気持ちと蒼斗の気持ちは種類が違うことくらい、理解している。
 けれど蒼斗に会ってしまったことで、ずっと気付かない振りをしていた感情を認めざるを得なくなってしまった。

「俺、蒼斗が好きだ……」
 口から吐き出された言葉は、消化されず身体に染み渡っていく……。






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