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本編
猫神さまの果樹園
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カマルと手を繋いで歩く。
とても不思議な気分だ。黒い空間から出て、果物を食べに行こうとしている。
屋敷に来た時からは考えられないほどの変化だ。
カマルは終始機嫌が良かった。と言っても基本的に無表情なのは変わりない。発作の苦しみから解放されたのもあるのだろう。
何事にも前向きに考えるようになっている。いい傾向だ。
屋敷よりももっと北に進むことにした。オーディン城とは正反対の方角である。
もしかすると、綜馬は昨日も月亜に会うために赤い実のなる木まで来ていたかもしれないと思った。今日は絶対に会いたくない。
カマルはまだ病み上がりなのだ。今はなるべくモリスや綜馬の存在は忘れてほしい。せっかく穏やかに過ごしているカマルには、少しでも気分転換をしてほしい。
「こんなふうに森を散策するのは、屋敷に篭って以来初めてだ」
改めて黒い空間を見渡し、自分の壮絶な数年間を思い返しているようだった。
「森に酷いことをしてしまった」
自分の放った闇でできてしまったこの空間に、胸を痛めている。
「大丈夫です、カマルさん。猫神さまもいますし、きっと力になってくれるはずです」
「ニャアン」
何処からか聞いていたのか、月亜の言葉に答えるように猫神が現れた。
「猫神か。長い間、世話になっている」
カマルが猫神の頬に手の甲を寄せると、猫神がカマルの手に頬擦りをした。
月亜が来るずっと前からカマルを助けていた猫神。二人の間には、絆のようなものが感じられる。
森を守る立場である猫神が、カマルのために森の一部に結界を張ってまで助けたのだ。
木々も花や草までも真っ黒になっている。
それでもこの神さまは、思う存分闇を吐き出せと、カマルを見守っている。
「猫神さま、また美味しい果実を取りに行きたいんです。案内してくれますか?」
「ニャアン」
先日とはまた別の木を目指して行くようだ。もしかすると、月亜と綜馬の会話を聞いて、気を効かせてくれたのかもしれない。
散歩も兼ねて……と思っていたが、黒い空間を抜けてさらに歩き続け、散歩とはいえないくらい随分と森の奥まで進んだように思う。
この森は一体何処まで広がっているのだろう。
屋敷の周りとはまた違った木が生殖している。見たこともないくらい大きな葉をつけたもの、細い葉が沢山枝垂れているもの、紫色の花がたわわに咲き誇っているもの。どれもこれも“異世界”に相応しい植物ばかりだ。
この世界ではよく見る風景なのかと思ったが、そうではないらしい。
カマルも月亜と同じように、キョロキョロと辺りを見渡しながら猫神の後からついて歩いている。
「こんな景色は初めて見た」
何年も黒い空間で過ごしていたカマルは、外に出ていきなりこんなにも色が混在する光景を目の当たりにする。戸惑っているのか、関心があるのか、月亜はカマルの反応にも興味津々だ。
繋いだ手はしっかりと握り続けてくれている。この手から少しでもカマルの感情が読めればいいのに……なんて密かに考えた。
「ニャアン」
ようやく猫神がこちらを振り返ると、二人の目の前で人化した。
『ここは、ワシしか来られない場所なのだ』
「猫神さま!? 人間の前で変身なんてしてもいいんですか?」
『まあ、そんな堅苦しいことを言うでない。ワシとて、人は選ぶわ』
「人化すると喋れるのか」
『まあな。これだけ関わっていても、貴様と喋るのも初めてだな。カマルよ』
まあ、こっちに来い。と言ってもう一歩踏み込んだ先には、様々な果物の実る木が沢山生息していた。
これには月亜もカマルも驚きを隠せない。
『素晴らしいだろう。ワシの自慢の果実園なのだがなぁ……ワシしか来られんから、誰にも自慢できなかったのだ』
誇らしげに猫神が言う。背後で尻尾がピンと立っている。月亜とカマルに気を許してくれているようだ。
何よりも月亜は興奮を隠しきれなかった。
「これ、全部猫神さまが育てたのですか!?」
猫神はふふんと鼻で笑い、ニヤリと片方の口角を上げる。
『好きなだけ食うがよい』
果樹園を存分に自慢できた猫神は満足そうに尻尾を揺らす。
「ありがとうございます!!」
さっき食べた赤い実は勿論、洋梨に似た果物や、でこぼこしたオレンジ色の奇妙な果物、ブルーベリーのような粒々の果物。他にも様々な果実が実っている。
カマルも興味津々でこの景色を見渡してた。
「カマルさんが好きな果実もありますか?」
「ああ、そうだな。この果物は好きでよく食べていた記憶がある」
洋梨に似た果物に手を伸ばす。齧ってみると、味も食感も洋梨そのものだった。
月亜手当たり次第、果物を取っては食べた。その隣でカマルは猫神と並んで座わり、話をしている。
モリスの話題だった。
月亜が敢えて避けていた話題である。
『昨日、森で会ったソウマと言うやつおったな』
「はい、綜馬は俺と同じタイミングでこの世界に転生したんです」
洋梨に似た果物を頬張りながら月亜が答えた。
『ふむ……』
猫神は考え込んでしまった。
「綜馬が、どうかしましたか?」
『あやつ……ワシの姿が見えていなかった』
確かによくよく思い出してみると、月亜の足元に堂々と大きな猫の姿でいたにも関わらず、綜馬は見向きもしなかった。
月亜にだけ話があったとしても、こんなにも大きな猫なら、嫌でも視線が向きそうなものなのに。
カマルは猫神のその一言で、状況が読めた様子で目を見開く。
「ということは、やはりモリスたちは……」
猫神がカマルと目を合わせて頷いた。
『悪魔に身を捧げたのであろう』
「なっ!!」
綜馬はモリスと番になった。蜘蛛と蛇は番になる行為が悪魔に身を捧げる儀式になるとカマルが言っていた。
毒蜘蛛と毒蛇になったモリスと綜馬。王位継承を狙っているのはあの時の会話からして確かだ。もしカマルが生きていると知ったら、どうするつもりなのか……。
「悪魔に身を捧げると、どうして猫神さまの姿が見えないんですか?」
それよりも先に引っかかったことを尋ねてみる。
『ワシが人化した姿は誰でもが見えるわけではない。ワシが見せようとするから貴様らは見えておる。しかし、猫の姿は人間であれば誰でも見える。ソウマとやらがワシの猫の姿が見えなかったということは、“悪魔の目になった”ということだ』
「そんな……じゃあ、モリスさんに騙されたって言うのもやはり……」
『嘘であろうな』
「決定的な理由が?」
『悪魔に身を捧げると言っても、結局は“お互いを想う量”は同等でなくてはならぬ。もし、どちらかの気持ちだけが大きければ、もう片方の者は毒に侵されて死ぬ』
やはり綜馬は月亜に嘘を言っていた。予想はしていても、悲しかった。
「じゃあ、綜馬とモリスは……」
『もう人ではなくなっておる』
とても不思議な気分だ。黒い空間から出て、果物を食べに行こうとしている。
屋敷に来た時からは考えられないほどの変化だ。
カマルは終始機嫌が良かった。と言っても基本的に無表情なのは変わりない。発作の苦しみから解放されたのもあるのだろう。
何事にも前向きに考えるようになっている。いい傾向だ。
屋敷よりももっと北に進むことにした。オーディン城とは正反対の方角である。
もしかすると、綜馬は昨日も月亜に会うために赤い実のなる木まで来ていたかもしれないと思った。今日は絶対に会いたくない。
カマルはまだ病み上がりなのだ。今はなるべくモリスや綜馬の存在は忘れてほしい。せっかく穏やかに過ごしているカマルには、少しでも気分転換をしてほしい。
「こんなふうに森を散策するのは、屋敷に篭って以来初めてだ」
改めて黒い空間を見渡し、自分の壮絶な数年間を思い返しているようだった。
「森に酷いことをしてしまった」
自分の放った闇でできてしまったこの空間に、胸を痛めている。
「大丈夫です、カマルさん。猫神さまもいますし、きっと力になってくれるはずです」
「ニャアン」
何処からか聞いていたのか、月亜の言葉に答えるように猫神が現れた。
「猫神か。長い間、世話になっている」
カマルが猫神の頬に手の甲を寄せると、猫神がカマルの手に頬擦りをした。
月亜が来るずっと前からカマルを助けていた猫神。二人の間には、絆のようなものが感じられる。
森を守る立場である猫神が、カマルのために森の一部に結界を張ってまで助けたのだ。
木々も花や草までも真っ黒になっている。
それでもこの神さまは、思う存分闇を吐き出せと、カマルを見守っている。
「猫神さま、また美味しい果実を取りに行きたいんです。案内してくれますか?」
「ニャアン」
先日とはまた別の木を目指して行くようだ。もしかすると、月亜と綜馬の会話を聞いて、気を効かせてくれたのかもしれない。
散歩も兼ねて……と思っていたが、黒い空間を抜けてさらに歩き続け、散歩とはいえないくらい随分と森の奥まで進んだように思う。
この森は一体何処まで広がっているのだろう。
屋敷の周りとはまた違った木が生殖している。見たこともないくらい大きな葉をつけたもの、細い葉が沢山枝垂れているもの、紫色の花がたわわに咲き誇っているもの。どれもこれも“異世界”に相応しい植物ばかりだ。
この世界ではよく見る風景なのかと思ったが、そうではないらしい。
カマルも月亜と同じように、キョロキョロと辺りを見渡しながら猫神の後からついて歩いている。
「こんな景色は初めて見た」
何年も黒い空間で過ごしていたカマルは、外に出ていきなりこんなにも色が混在する光景を目の当たりにする。戸惑っているのか、関心があるのか、月亜はカマルの反応にも興味津々だ。
繋いだ手はしっかりと握り続けてくれている。この手から少しでもカマルの感情が読めればいいのに……なんて密かに考えた。
「ニャアン」
ようやく猫神がこちらを振り返ると、二人の目の前で人化した。
『ここは、ワシしか来られない場所なのだ』
「猫神さま!? 人間の前で変身なんてしてもいいんですか?」
『まあ、そんな堅苦しいことを言うでない。ワシとて、人は選ぶわ』
「人化すると喋れるのか」
『まあな。これだけ関わっていても、貴様と喋るのも初めてだな。カマルよ』
まあ、こっちに来い。と言ってもう一歩踏み込んだ先には、様々な果物の実る木が沢山生息していた。
これには月亜もカマルも驚きを隠せない。
『素晴らしいだろう。ワシの自慢の果実園なのだがなぁ……ワシしか来られんから、誰にも自慢できなかったのだ』
誇らしげに猫神が言う。背後で尻尾がピンと立っている。月亜とカマルに気を許してくれているようだ。
何よりも月亜は興奮を隠しきれなかった。
「これ、全部猫神さまが育てたのですか!?」
猫神はふふんと鼻で笑い、ニヤリと片方の口角を上げる。
『好きなだけ食うがよい』
果樹園を存分に自慢できた猫神は満足そうに尻尾を揺らす。
「ありがとうございます!!」
さっき食べた赤い実は勿論、洋梨に似た果物や、でこぼこしたオレンジ色の奇妙な果物、ブルーベリーのような粒々の果物。他にも様々な果実が実っている。
カマルも興味津々でこの景色を見渡してた。
「カマルさんが好きな果実もありますか?」
「ああ、そうだな。この果物は好きでよく食べていた記憶がある」
洋梨に似た果物に手を伸ばす。齧ってみると、味も食感も洋梨そのものだった。
月亜手当たり次第、果物を取っては食べた。その隣でカマルは猫神と並んで座わり、話をしている。
モリスの話題だった。
月亜が敢えて避けていた話題である。
『昨日、森で会ったソウマと言うやつおったな』
「はい、綜馬は俺と同じタイミングでこの世界に転生したんです」
洋梨に似た果物を頬張りながら月亜が答えた。
『ふむ……』
猫神は考え込んでしまった。
「綜馬が、どうかしましたか?」
『あやつ……ワシの姿が見えていなかった』
確かによくよく思い出してみると、月亜の足元に堂々と大きな猫の姿でいたにも関わらず、綜馬は見向きもしなかった。
月亜にだけ話があったとしても、こんなにも大きな猫なら、嫌でも視線が向きそうなものなのに。
カマルは猫神のその一言で、状況が読めた様子で目を見開く。
「ということは、やはりモリスたちは……」
猫神がカマルと目を合わせて頷いた。
『悪魔に身を捧げたのであろう』
「なっ!!」
綜馬はモリスと番になった。蜘蛛と蛇は番になる行為が悪魔に身を捧げる儀式になるとカマルが言っていた。
毒蜘蛛と毒蛇になったモリスと綜馬。王位継承を狙っているのはあの時の会話からして確かだ。もしカマルが生きていると知ったら、どうするつもりなのか……。
「悪魔に身を捧げると、どうして猫神さまの姿が見えないんですか?」
それよりも先に引っかかったことを尋ねてみる。
『ワシが人化した姿は誰でもが見えるわけではない。ワシが見せようとするから貴様らは見えておる。しかし、猫の姿は人間であれば誰でも見える。ソウマとやらがワシの猫の姿が見えなかったということは、“悪魔の目になった”ということだ』
「そんな……じゃあ、モリスさんに騙されたって言うのもやはり……」
『嘘であろうな』
「決定的な理由が?」
『悪魔に身を捧げると言っても、結局は“お互いを想う量”は同等でなくてはならぬ。もし、どちらかの気持ちだけが大きければ、もう片方の者は毒に侵されて死ぬ』
やはり綜馬は月亜に嘘を言っていた。予想はしていても、悲しかった。
「じゃあ、綜馬とモリスは……」
『もう人ではなくなっておる』
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