【完結】満月に導かれし龍の淫紋 〜運命の番は闇落ち王子〜

亜沙美多郎

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本編

綜馬との再会

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 今の自分ではカマルの役に立っていないと突きつけられたようで、悔しい気持ちが拭えない。

 今頃、一人で苦しんでいるであろうカマルを想うと胸が締め付けられる。

 でもこれがカマルの望んだことなのだ。もう会えないわけではない。

 発作が治まった頃に戻ってきてくれと言われたのが、唯一気持ちを救ってくれた。

 黒い空間は初めて来た時よりは狭く感じた。あの屋敷に着くまで、結構な時間を歩いたと思っていたが、今はその三分の二くらいの距離感しか感じなかった。

 背後から悲鳴のような声が聞こえて思わず振り返る。

 カマルかもしれない。闇を放つ時は苦しいと言っていた。直ぐに駆けつけたい衝動に駆られる。でも帰ってはいけないのだ。眉根に皺を寄せて気持ちを落ち着かせる。

 月亜は前を向いて歩き始めた。

 黒い空間を抜けると、心地よい緑に覆われた森が広がっている。こっちの方が現実の世界だというのに、とても新鮮な気持ちになるくらいには、黒い空間に慣れていたようだ。

 そういえば、今日はまだ何も食べていない。

 屋敷に帰った後はカマルを介抱したい。自分だけでもしっかり食べて、体力を付けることが、今の自分にできることではないかと、辺りを見渡す。

「この実は食べられるだろうか」

 呟きながら適当な木に手を伸ばす。

「ニャアン!」

 木に実っている黄色い果実を取ろうとした既の所で、猫神が邪魔をするように飛び込んできた。

「猫神さま!?」

 この姿を見たのはあの日以来だ。相変わらず綺麗な毛並みをしている。そしてあの時と同じように、「ついて来い」と言わんばかりに再び「ニャアン」と鳴いた。

「食べられる実を教えてくれるの?」

 猫神に向かって尋ねてみると、月亜に背を向けて歩き始めた。慌ててその後ろをついて行く。

 どうやら猫神のお気に入りの実があるらしい。鬱蒼と繁った草で、足元が見えず歩きにくい。その上結構な距離を歩かされ、余計に空腹感が増してしまった。

「ニャアン」

「この赤い実が美味しいんだ?」

 ようやくその木に辿り着くと、猫神は舌でぺろぺろと毛繕いをした。

 猫と言ってもオオヤマネコくらいの大きな猫だ。毛繕いをしていても“かわいい”というよりは“強そう”と感じる。しなやかな体躯は豹を思わせた。

 見たこともない赤い実を一つ手に取ってみる。皮が固そうだがこのまま噛みついてもいいのだろうか。

 猫神をチラリと見てみたが、こちらには見向きもしない。

「皮だけ吐き出せばいいか」

 思い切って丸ごと齧り付いた。初めだけ少し強く噛んでみると、皮が裂け、中から甘い果汁が口一杯に広がる。

「甘っ!!」

 甘いというだけで、こんなにも幸せな気分になるものなのか。例えるなら味と食感は桃とよく似ている。これならいくらでも食べられそうだ。

 一個目を食べ切ると、続けてもう一つ千切って食べた。

「美味しい!!」

 カマルの屋敷にはドライフルーツや干し肉のようなものしかなかったから、柔らかくて甘いというだけで感動するほどの幸福感だ。

 これをカマルにも食べさせてあげたい。

「猫神さま、カマルさんはこの実が好きか知ってる?」

 再び猫神に視線を送ると、猫神は「ニャアン」と鳴いたが、その視線の先に誰かを見ているようだった。

 月亜も猫神の視線の先に目をやる。

「もしかして、月亜?」

 向こうから歩いてきたのは、綜馬だった。

「綜馬? なんでこんな森の奥にいるの?」

 妙な緊張感が月亜の身体を強ばらせる。それと共に、モリスと番になったあの時の光景を思い出した。

 心なしか、綜馬はあの時から少し雰囲気が変わったような気がする。平然を装って喋べる姿に違和感を覚えた。

「月亜。突然君がいなくなってみんな心配してたんだぞ。ハワード国王も、モリスも、召使いたちも。みんな月亜の帰りを待ってる」

 本心なのか、疑ってしまう自分がおかしいのか。なぜか綜馬の言葉に温もりを感じない。

「なんで出ていっちゃったんだ? 俺、寂しくて月亜のことばかり考えてた」

「なっ!! そんな……」

 嘘だ! と言ってやりたかった。あの日、モリスからたぶらかされて、綜馬は迷いもせずモリスを受け入れた。

 オメガと淫紋の所為だけではない。あれは確かに綜馬自身の意志でやった行為だと、今になって確信した。

「綜馬、モリスさんと番になったんでしょ」

「月亜! 知ってたの? あれは……騙されたんだ。モリスに」

「騙されたって? どんな風に?」

「月亜が俺のことを疎ましく思ってるって、モリスから聞かされて。それで俺、悲しくて……モリスが発情期だったのものあって、抵抗できなかった。俺は、モリスに襲われたんだ!」

 綜馬はまた嘘を言った。国ごと全て綜馬にあげると言われ、満更でもない顔をしていたのをこの目で見た。

「でも番になったなら、どの道、結果は同じじゃないか。もし俺が発情したとしても、もう番にはなれない」

 月亜も嘘で返した。本当はもう綜馬のことなどなんとも思っていない。自分の番はカマルしか考えられない。カマルにしか発情しない。

 しかし、何か綜馬が隠していることがありそうな予感がして、カマをかけたのだ。

 綜馬からの反応次第で、今後の行動を判断しなくてはいけない。

「月亜との約束を守れなくてごめん。俺も凄く後悔した。あの時は、気が動転してたんだ」

「そんなことを言っても綜馬の番はモリスなんだ。ちゃんと大切にしてあげなよ」

「月亜!! なぁ、俺はまだ月亜と一緒になることが諦められない!! 番にはなれないけど、モリスは王位継承を俺に譲ると言ってくれてる。そしたら、月亜が王妃として隣にいてほしい」

 何を言い出すのか、理解が追いつかない。

 モリスが王位継承を綜馬に譲る? そもそもモリスにそんな権利は与えられていない。

 カマルが生きているのだから。

「綜馬……そのタトゥー……全て現れたの?」

 何気に見えたタトゥーから目が離せなくなった。前はまだ現れていなかった頭の部分。今はしっかりと見える。

「そうなんだ。これはモリスと番になった後すぐに出てきたんだけど。龍じゃなくて蛇だった」

 綜馬の胴には、髑髏を巻く大蛇のタトゥーが描かれていた。

 腹を撫でながら、綜馬がニヤリと笑う。

 モリスはやはり何かを企んでいる。確信的に月亜は思った。
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