17 / 104
本編
綜馬との再会
しおりを挟む
今の自分ではカマルの役に立っていないと突きつけられたようで、悔しい気持ちが拭えない。
今頃、一人で苦しんでいるであろうカマルを想うと胸が締め付けられる。
でもこれがカマルの望んだことなのだ。もう会えないわけではない。
発作が治まった頃に戻ってきてくれと言われたのが、唯一気持ちを救ってくれた。
黒い空間は初めて来た時よりは狭く感じた。あの屋敷に着くまで、結構な時間を歩いたと思っていたが、今はその三分の二くらいの距離感しか感じなかった。
背後から悲鳴のような声が聞こえて思わず振り返る。
カマルかもしれない。闇を放つ時は苦しいと言っていた。直ぐに駆けつけたい衝動に駆られる。でも帰ってはいけないのだ。眉根に皺を寄せて気持ちを落ち着かせる。
月亜は前を向いて歩き始めた。
黒い空間を抜けると、心地よい緑に覆われた森が広がっている。こっちの方が現実の世界だというのに、とても新鮮な気持ちになるくらいには、黒い空間に慣れていたようだ。
そういえば、今日はまだ何も食べていない。
屋敷に帰った後はカマルを介抱したい。自分だけでもしっかり食べて、体力を付けることが、今の自分にできることではないかと、辺りを見渡す。
「この実は食べられるだろうか」
呟きながら適当な木に手を伸ばす。
「ニャアン!」
木に実っている黄色い果実を取ろうとした既の所で、猫神が邪魔をするように飛び込んできた。
「猫神さま!?」
この姿を見たのはあの日以来だ。相変わらず綺麗な毛並みをしている。そしてあの時と同じように、「ついて来い」と言わんばかりに再び「ニャアン」と鳴いた。
「食べられる実を教えてくれるの?」
猫神に向かって尋ねてみると、月亜に背を向けて歩き始めた。慌ててその後ろをついて行く。
どうやら猫神のお気に入りの実があるらしい。鬱蒼と繁った草で、足元が見えず歩きにくい。その上結構な距離を歩かされ、余計に空腹感が増してしまった。
「ニャアン」
「この赤い実が美味しいんだ?」
ようやくその木に辿り着くと、猫神は舌でぺろぺろと毛繕いをした。
猫と言ってもオオヤマネコくらいの大きな猫だ。毛繕いをしていても“かわいい”というよりは“強そう”と感じる。しなやかな体躯は豹を思わせた。
見たこともない赤い実を一つ手に取ってみる。皮が固そうだがこのまま噛みついてもいいのだろうか。
猫神をチラリと見てみたが、こちらには見向きもしない。
「皮だけ吐き出せばいいか」
思い切って丸ごと齧り付いた。初めだけ少し強く噛んでみると、皮が裂け、中から甘い果汁が口一杯に広がる。
「甘っ!!」
甘いというだけで、こんなにも幸せな気分になるものなのか。例えるなら味と食感は桃とよく似ている。これならいくらでも食べられそうだ。
一個目を食べ切ると、続けてもう一つ千切って食べた。
「美味しい!!」
カマルの屋敷にはドライフルーツや干し肉のようなものしかなかったから、柔らかくて甘いというだけで感動するほどの幸福感だ。
これをカマルにも食べさせてあげたい。
「猫神さま、カマルさんはこの実が好きか知ってる?」
再び猫神に視線を送ると、猫神は「ニャアン」と鳴いたが、その視線の先に誰かを見ているようだった。
月亜も猫神の視線の先に目をやる。
「もしかして、月亜?」
向こうから歩いてきたのは、綜馬だった。
「綜馬? なんでこんな森の奥にいるの?」
妙な緊張感が月亜の身体を強ばらせる。それと共に、モリスと番になったあの時の光景を思い出した。
心なしか、綜馬はあの時から少し雰囲気が変わったような気がする。平然を装って喋べる姿に違和感を覚えた。
「月亜。突然君がいなくなってみんな心配してたんだぞ。ハワード国王も、モリスも、召使いたちも。みんな月亜の帰りを待ってる」
本心なのか、疑ってしまう自分がおかしいのか。なぜか綜馬の言葉に温もりを感じない。
「なんで出ていっちゃったんだ? 俺、寂しくて月亜のことばかり考えてた」
「なっ!! そんな……」
嘘だ! と言ってやりたかった。あの日、モリスから誑かされて、綜馬は迷いもせずモリスを受け入れた。
オメガと淫紋の所為だけではない。あれは確かに綜馬自身の意志でやった行為だと、今になって確信した。
「綜馬、モリスさんと番になったんでしょ」
「月亜! 知ってたの? あれは……騙されたんだ。モリスに」
「騙されたって? どんな風に?」
「月亜が俺のことを疎ましく思ってるって、モリスから聞かされて。それで俺、悲しくて……モリスが発情期だったのものあって、抵抗できなかった。俺は、モリスに襲われたんだ!」
綜馬はまた嘘を言った。国ごと全て綜馬にあげると言われ、満更でもない顔をしていたのをこの目で見た。
「でも番になったなら、どの道、結果は同じじゃないか。もし俺が発情したとしても、もう番にはなれない」
月亜も嘘で返した。本当はもう綜馬のことなどなんとも思っていない。自分の番はカマルしか考えられない。カマルにしか発情しない。
しかし、何か綜馬が隠していることがありそうな予感がして、カマをかけたのだ。
綜馬からの反応次第で、今後の行動を判断しなくてはいけない。
「月亜との約束を守れなくてごめん。俺も凄く後悔した。あの時は、気が動転してたんだ」
「そんなことを言っても綜馬の番はモリスなんだ。ちゃんと大切にしてあげなよ」
「月亜!! なぁ、俺はまだ月亜と一緒になることが諦められない!! 番にはなれないけど、モリスは王位継承を俺に譲ると言ってくれてる。そしたら、月亜が王妃として隣にいてほしい」
何を言い出すのか、理解が追いつかない。
モリスが王位継承を綜馬に譲る? そもそもモリスにそんな権利は与えられていない。
カマルが生きているのだから。
「綜馬……そのタトゥー……全て現れたの?」
何気に見えたタトゥーから目が離せなくなった。前はまだ現れていなかった頭の部分。今はしっかりと見える。
「そうなんだ。これはモリスと番になった後すぐに出てきたんだけど。龍じゃなくて蛇だった」
綜馬の胴には、髑髏を巻く大蛇のタトゥーが描かれていた。
腹を撫でながら、綜馬がニヤリと笑う。
モリスはやはり何かを企んでいる。確信的に月亜は思った。
今頃、一人で苦しんでいるであろうカマルを想うと胸が締め付けられる。
でもこれがカマルの望んだことなのだ。もう会えないわけではない。
発作が治まった頃に戻ってきてくれと言われたのが、唯一気持ちを救ってくれた。
黒い空間は初めて来た時よりは狭く感じた。あの屋敷に着くまで、結構な時間を歩いたと思っていたが、今はその三分の二くらいの距離感しか感じなかった。
背後から悲鳴のような声が聞こえて思わず振り返る。
カマルかもしれない。闇を放つ時は苦しいと言っていた。直ぐに駆けつけたい衝動に駆られる。でも帰ってはいけないのだ。眉根に皺を寄せて気持ちを落ち着かせる。
月亜は前を向いて歩き始めた。
黒い空間を抜けると、心地よい緑に覆われた森が広がっている。こっちの方が現実の世界だというのに、とても新鮮な気持ちになるくらいには、黒い空間に慣れていたようだ。
そういえば、今日はまだ何も食べていない。
屋敷に帰った後はカマルを介抱したい。自分だけでもしっかり食べて、体力を付けることが、今の自分にできることではないかと、辺りを見渡す。
「この実は食べられるだろうか」
呟きながら適当な木に手を伸ばす。
「ニャアン!」
木に実っている黄色い果実を取ろうとした既の所で、猫神が邪魔をするように飛び込んできた。
「猫神さま!?」
この姿を見たのはあの日以来だ。相変わらず綺麗な毛並みをしている。そしてあの時と同じように、「ついて来い」と言わんばかりに再び「ニャアン」と鳴いた。
「食べられる実を教えてくれるの?」
猫神に向かって尋ねてみると、月亜に背を向けて歩き始めた。慌ててその後ろをついて行く。
どうやら猫神のお気に入りの実があるらしい。鬱蒼と繁った草で、足元が見えず歩きにくい。その上結構な距離を歩かされ、余計に空腹感が増してしまった。
「ニャアン」
「この赤い実が美味しいんだ?」
ようやくその木に辿り着くと、猫神は舌でぺろぺろと毛繕いをした。
猫と言ってもオオヤマネコくらいの大きな猫だ。毛繕いをしていても“かわいい”というよりは“強そう”と感じる。しなやかな体躯は豹を思わせた。
見たこともない赤い実を一つ手に取ってみる。皮が固そうだがこのまま噛みついてもいいのだろうか。
猫神をチラリと見てみたが、こちらには見向きもしない。
「皮だけ吐き出せばいいか」
思い切って丸ごと齧り付いた。初めだけ少し強く噛んでみると、皮が裂け、中から甘い果汁が口一杯に広がる。
「甘っ!!」
甘いというだけで、こんなにも幸せな気分になるものなのか。例えるなら味と食感は桃とよく似ている。これならいくらでも食べられそうだ。
一個目を食べ切ると、続けてもう一つ千切って食べた。
「美味しい!!」
カマルの屋敷にはドライフルーツや干し肉のようなものしかなかったから、柔らかくて甘いというだけで感動するほどの幸福感だ。
これをカマルにも食べさせてあげたい。
「猫神さま、カマルさんはこの実が好きか知ってる?」
再び猫神に視線を送ると、猫神は「ニャアン」と鳴いたが、その視線の先に誰かを見ているようだった。
月亜も猫神の視線の先に目をやる。
「もしかして、月亜?」
向こうから歩いてきたのは、綜馬だった。
「綜馬? なんでこんな森の奥にいるの?」
妙な緊張感が月亜の身体を強ばらせる。それと共に、モリスと番になったあの時の光景を思い出した。
心なしか、綜馬はあの時から少し雰囲気が変わったような気がする。平然を装って喋べる姿に違和感を覚えた。
「月亜。突然君がいなくなってみんな心配してたんだぞ。ハワード国王も、モリスも、召使いたちも。みんな月亜の帰りを待ってる」
本心なのか、疑ってしまう自分がおかしいのか。なぜか綜馬の言葉に温もりを感じない。
「なんで出ていっちゃったんだ? 俺、寂しくて月亜のことばかり考えてた」
「なっ!! そんな……」
嘘だ! と言ってやりたかった。あの日、モリスから誑かされて、綜馬は迷いもせずモリスを受け入れた。
オメガと淫紋の所為だけではない。あれは確かに綜馬自身の意志でやった行為だと、今になって確信した。
「綜馬、モリスさんと番になったんでしょ」
「月亜! 知ってたの? あれは……騙されたんだ。モリスに」
「騙されたって? どんな風に?」
「月亜が俺のことを疎ましく思ってるって、モリスから聞かされて。それで俺、悲しくて……モリスが発情期だったのものあって、抵抗できなかった。俺は、モリスに襲われたんだ!」
綜馬はまた嘘を言った。国ごと全て綜馬にあげると言われ、満更でもない顔をしていたのをこの目で見た。
「でも番になったなら、どの道、結果は同じじゃないか。もし俺が発情したとしても、もう番にはなれない」
月亜も嘘で返した。本当はもう綜馬のことなどなんとも思っていない。自分の番はカマルしか考えられない。カマルにしか発情しない。
しかし、何か綜馬が隠していることがありそうな予感がして、カマをかけたのだ。
綜馬からの反応次第で、今後の行動を判断しなくてはいけない。
「月亜との約束を守れなくてごめん。俺も凄く後悔した。あの時は、気が動転してたんだ」
「そんなことを言っても綜馬の番はモリスなんだ。ちゃんと大切にしてあげなよ」
「月亜!! なぁ、俺はまだ月亜と一緒になることが諦められない!! 番にはなれないけど、モリスは王位継承を俺に譲ると言ってくれてる。そしたら、月亜が王妃として隣にいてほしい」
何を言い出すのか、理解が追いつかない。
モリスが王位継承を綜馬に譲る? そもそもモリスにそんな権利は与えられていない。
カマルが生きているのだから。
「綜馬……そのタトゥー……全て現れたの?」
何気に見えたタトゥーから目が離せなくなった。前はまだ現れていなかった頭の部分。今はしっかりと見える。
「そうなんだ。これはモリスと番になった後すぐに出てきたんだけど。龍じゃなくて蛇だった」
綜馬の胴には、髑髏を巻く大蛇のタトゥーが描かれていた。
腹を撫でながら、綜馬がニヤリと笑う。
モリスはやはり何かを企んでいる。確信的に月亜は思った。
13
お気に入りに追加
1,249
あなたにおすすめの小説
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

アルファのアイツが勃起不全だって言ったの誰だよ!?
モト
BL
中学の頃から一緒のアルファが勃起不全だと噂が流れた。おいおい。それって本当かよ。あんな完璧なアルファが勃起不全とかありえねぇって。
平凡モブのオメガが油断して美味しくいただかれる話。ラブコメ。
ムーンライトノベルズにも掲載しております。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

子を成せ
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
ミーシェは兄から告げられた言葉に思わず耳を疑った。
「リストにある全員と子を成すか、二年以内にリーファスの子を産むか選べ」
リストに並ぶ番号は全部で十八もあり、その下には追加される可能性がある名前が続いている。これは孕み腹として生きろという命令を下されたに等しかった。もう一つの話だって、譲歩しているわけではない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる