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本編
森の中
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カマルは月亜にガウンを掛けてくれた。一度も使っていない新品のガウンはフワフワで気持ちいい。屋敷には一通りの物は揃っていそうだ。しかしこれらのものをカマルが使っているのかは不明である。
食事もろくに摂っていないんじゃないかと思うほどに痩せている。
部屋が荒れているところはないが、カマルが時々暴れたのか、壁紙が傷ついている箇所がいくつか見受けられた。
カマルに抱えられ、屋敷の裏から外に出る。
こんな華奢な体のどこにそんな力があるのだろうか。月亜も華奢とは言え、仮にも成人している、良い大人だ。いとも簡単に抱き上げられれば若干ショックを受ける。
「どこに行くんですか?」
「少し歩くと小さな湖がある。そこで汗を流すといい。本当はその汗も全て欲しいけどね、ルアは気持ち悪いだろう?」
体液が満たされたのか、性格が穏やかになっている。掠れた声は相変わらずだが、喋り方は柔らかくなった。
笑わないのは、火傷痕に似た症状で皮膚が引きつって笑えないのかもしれない。
カマルの屋敷に来てから初めて外に出た。
あの時は日が沈む頃だったから、余計に森が黒く見えているのかもしれないと思っていた。しかしこうして朝に見てもやはり森は黒かった。
黒い木々や草、転がっている石まで黒い。
「あの、なぜここは何もかもが黒いんですか?」
意を決して尋ねてみる。カマルは表情も変えずに答えた。
「私が闇に変えてしまった。時折、発作のように闇を放つ。その結果がこれだ」
見上げると、空だけが青い。
黒い木々や葉はそよ風に吹かれて揺れているが、黒いというだけで異質なまでに薄気味悪く感じる。
空は爽やかに晴れ渡っているのに、まるで【黒いだけの世界】に閉じ込められているかのように寂しい。
この黒さは、まるでカマルの心を投影させているような気がする。闇と共に、カマルの心も救ってあげたい。
やがて少し先に水の気配を感じた。凪ている湖は太陽の光を反射し、キラキラと輝きを放っている。
「カマルさんもここで体を流しているんですか?」
「私は違う。その向こう側にもう一つ湖がある。そっちで流している」
「二つの湖は何が違うんです?」
「まぁ、行ってみれば分かるよ」
湖の周りだけ、空間が広がり日差しが降り注いでいる。そして黒い世界はここで終わっていた。湖の向こう側には、また緑豊かな風景が広がっている。
カマルは湖の畔に月亜をそっと下ろすと、「水を触ってごらん」と言った。
「あっ! これは、温泉?」
そういえばここに向かう途中から、微かに硫黄のような、鼻につく匂いを感じていた。
カマルは森の奥深国ある天然の温泉へと連れてきてくれたのだ。
「オンセンというのかい?」
「俺の住んでた世界ではそう呼ばれています。まさか異世界で温泉に入れるなんて!」
月亜の顔が綻ぶ。その表情をカルマが覗き込んだ。
「……カマルさん?」
「私も、昔はそんな風に笑っていたように思う」
ポツリと呟いた。
次期王子としてあの城に住んでいた時のカマルの笑顔は、想像がつかない。この皮膚が綺麗に治るとどんな顔をしているのか、それすらも思い浮かばない。
「あの、一緒に温泉に入りませんか?」
失礼なのは承知の上だが、月亜はこの人の笑ったところが見てみたいと思った。自分がこの人を笑わせてあげたいと。
しかしカマルは首を横に振る。
「温かいのは駄目だ。血行がよくなると、痒みが増す。だから、あっちの冷たい水を浴びている。少しではあるが、痒みや痛みが緩和される」
月亜は驚いた。この世界は年中暖かいのだろうか。それでも城で湯浴みをしてもらった時も、温かいシャワーを浴びた。カマルも城にいた時はそうしていたはずである。
それがもう何年も冷たい水しか浴びていないなんて……。
目の前に天然の温泉があるというのに、なんとかして温泉を楽しんでもらいたい。
「そうだ! カマルさん、体液を飲めば痒みが治るんですよね? それでしたら痒くなれば俺の体液を飲めば……っ!!」
ここまで言っておいてハッとした。これでは自分を抱いてくださいと言っているようなものじゃないか。
「あっ、いや……その……せっかくだから、少しだけでもと思い……まして……」
顔が熱くなっているのが分かる。さらに顔を覗き込むカマルさんと目が合わないように、出来る限り視線を落とした。
「そうか、ルアが協力してくれるなら入ってみるとしよう」
「えっ? あの、無理にとは……」
「大丈夫だ。なぜだか、今日はそうしたい気分なんだ。君を抱えたままなら直ぐに体液も摂取できる」
喋りながら、ルアを包んでいたガウンを剥ぎ取る。そして自分が身に付けてる衣類も素早く脱ぎ捨てた。
さっきまで抱かれていたというのに、直に肌が触れ合うと気恥ずかしくなる。
カマルは特に気にも止めず、そのままの状態で温泉へと一歩足を踏み入れた。
カマルの膝が浸かるくらいの所までゆっくりと進むと、適当な場所でゆっくりと腰を下ろす。
「わぁ……気持ちいい……」
何日も抱かれ続けた体は想像以上に冷えている。カマルの腿に跨る姿勢で座ると、腹のあたりまで浸かった。
「痒くなったら直ぐに言ってください、ね?」
「では、痒い」
「え? もう!?」
「冗談だ」
冗談を言うとは意外だったが、きっと闇堕ちしていなければユーモアのある人なのかもしない。
「痒いといえば体液を貰えるのだろう?」
無表情で言われると、冗談なのか本心なのか分からない。
しかし、自分がすっかりこの人に気を許しているのは自覚している。
「ふふ……カマルさん……」
見つめ合うと自然と唇を寄せた。
食事もろくに摂っていないんじゃないかと思うほどに痩せている。
部屋が荒れているところはないが、カマルが時々暴れたのか、壁紙が傷ついている箇所がいくつか見受けられた。
カマルに抱えられ、屋敷の裏から外に出る。
こんな華奢な体のどこにそんな力があるのだろうか。月亜も華奢とは言え、仮にも成人している、良い大人だ。いとも簡単に抱き上げられれば若干ショックを受ける。
「どこに行くんですか?」
「少し歩くと小さな湖がある。そこで汗を流すといい。本当はその汗も全て欲しいけどね、ルアは気持ち悪いだろう?」
体液が満たされたのか、性格が穏やかになっている。掠れた声は相変わらずだが、喋り方は柔らかくなった。
笑わないのは、火傷痕に似た症状で皮膚が引きつって笑えないのかもしれない。
カマルの屋敷に来てから初めて外に出た。
あの時は日が沈む頃だったから、余計に森が黒く見えているのかもしれないと思っていた。しかしこうして朝に見てもやはり森は黒かった。
黒い木々や草、転がっている石まで黒い。
「あの、なぜここは何もかもが黒いんですか?」
意を決して尋ねてみる。カマルは表情も変えずに答えた。
「私が闇に変えてしまった。時折、発作のように闇を放つ。その結果がこれだ」
見上げると、空だけが青い。
黒い木々や葉はそよ風に吹かれて揺れているが、黒いというだけで異質なまでに薄気味悪く感じる。
空は爽やかに晴れ渡っているのに、まるで【黒いだけの世界】に閉じ込められているかのように寂しい。
この黒さは、まるでカマルの心を投影させているような気がする。闇と共に、カマルの心も救ってあげたい。
やがて少し先に水の気配を感じた。凪ている湖は太陽の光を反射し、キラキラと輝きを放っている。
「カマルさんもここで体を流しているんですか?」
「私は違う。その向こう側にもう一つ湖がある。そっちで流している」
「二つの湖は何が違うんです?」
「まぁ、行ってみれば分かるよ」
湖の周りだけ、空間が広がり日差しが降り注いでいる。そして黒い世界はここで終わっていた。湖の向こう側には、また緑豊かな風景が広がっている。
カマルは湖の畔に月亜をそっと下ろすと、「水を触ってごらん」と言った。
「あっ! これは、温泉?」
そういえばここに向かう途中から、微かに硫黄のような、鼻につく匂いを感じていた。
カマルは森の奥深国ある天然の温泉へと連れてきてくれたのだ。
「オンセンというのかい?」
「俺の住んでた世界ではそう呼ばれています。まさか異世界で温泉に入れるなんて!」
月亜の顔が綻ぶ。その表情をカルマが覗き込んだ。
「……カマルさん?」
「私も、昔はそんな風に笑っていたように思う」
ポツリと呟いた。
次期王子としてあの城に住んでいた時のカマルの笑顔は、想像がつかない。この皮膚が綺麗に治るとどんな顔をしているのか、それすらも思い浮かばない。
「あの、一緒に温泉に入りませんか?」
失礼なのは承知の上だが、月亜はこの人の笑ったところが見てみたいと思った。自分がこの人を笑わせてあげたいと。
しかしカマルは首を横に振る。
「温かいのは駄目だ。血行がよくなると、痒みが増す。だから、あっちの冷たい水を浴びている。少しではあるが、痒みや痛みが緩和される」
月亜は驚いた。この世界は年中暖かいのだろうか。それでも城で湯浴みをしてもらった時も、温かいシャワーを浴びた。カマルも城にいた時はそうしていたはずである。
それがもう何年も冷たい水しか浴びていないなんて……。
目の前に天然の温泉があるというのに、なんとかして温泉を楽しんでもらいたい。
「そうだ! カマルさん、体液を飲めば痒みが治るんですよね? それでしたら痒くなれば俺の体液を飲めば……っ!!」
ここまで言っておいてハッとした。これでは自分を抱いてくださいと言っているようなものじゃないか。
「あっ、いや……その……せっかくだから、少しだけでもと思い……まして……」
顔が熱くなっているのが分かる。さらに顔を覗き込むカマルさんと目が合わないように、出来る限り視線を落とした。
「そうか、ルアが協力してくれるなら入ってみるとしよう」
「えっ? あの、無理にとは……」
「大丈夫だ。なぜだか、今日はそうしたい気分なんだ。君を抱えたままなら直ぐに体液も摂取できる」
喋りながら、ルアを包んでいたガウンを剥ぎ取る。そして自分が身に付けてる衣類も素早く脱ぎ捨てた。
さっきまで抱かれていたというのに、直に肌が触れ合うと気恥ずかしくなる。
カマルは特に気にも止めず、そのままの状態で温泉へと一歩足を踏み入れた。
カマルの膝が浸かるくらいの所までゆっくりと進むと、適当な場所でゆっくりと腰を下ろす。
「わぁ……気持ちいい……」
何日も抱かれ続けた体は想像以上に冷えている。カマルの腿に跨る姿勢で座ると、腹のあたりまで浸かった。
「痒くなったら直ぐに言ってください、ね?」
「では、痒い」
「え? もう!?」
「冗談だ」
冗談を言うとは意外だったが、きっと闇堕ちしていなければユーモアのある人なのかもしない。
「痒いといえば体液を貰えるのだろう?」
無表情で言われると、冗談なのか本心なのか分からない。
しかし、自分がすっかりこの人に気を許しているのは自覚している。
「ふふ……カマルさん……」
見つめ合うと自然と唇を寄せた。
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