【完結】満月に導かれし龍の淫紋 〜運命の番は闇落ち王子〜

亜沙美多郎

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 降り注ぐ木漏れ日で目が覚めた。

 眩しいわけではない。ただ、失っていた気を取り戻すには十分な光であった。倒れたまま目を薄らと開け、しばらくこの光を見つめていた。

 木の葉が風に揺れて、乾いた音を奏でる。

 背中にゴツゴツとした石があたって、寝心地が悪い。

(ここは、どこだ……)

 まだ意識が朦朧としていて状況が読めないが、ここが森であるとだけは理解できた。

 下腹に違和感を感じるが、確認するほどの気力がない。右手で撫でてみるが、何かが付いているわけでもケガをしているわけでもなさそうだ。

 しかし何故、自分がこんな森の中で寝ているのかが分からない。

(俺……何してたんだっけ……)

 記憶を辿る。

 まずは自分の名前……。

(俺は、天海月亜あまみるあ。記憶喪失ではなさそうだな)

 それから今日一日を振り返り、何をしていたか思い出してみる。

 「そうだ!」と思い出したことがあった。猫を助けようとしていた。野良猫だろう。そのわりには綺麗な毛並みをしていた。

    その猫が道路を横切ろうとした時、一台のトラックが暴走してきたのだ。

 猫に気を取られて気付くのが遅かった。その猫共々、トラックの暴走に巻き込まれた。

 ドンっという鈍い音が耳に入り、体が宙に飛んだ。その後、体感で数秒遅れて痛みがきた。ゆっくりと、スローモーションで……。

 記憶はそこで途絶えて今に至る。

(ということは……ここは……?   俺は、死んだのか……)

 目が覚めたままの体勢で考え込んでいる。自分の他に人の気配はない。どうやら自然豊かなここは天国ではないらしい。

 別にどうでも良い人生ではあった。オメガに生まれたが発情期が来ることなく二十歳を迎え、ただでさえ厄介な性なのに、オメガとしての役割も果たせないポンコツの自分。

 一人っ子で、両親は番になってくれる人を懸命に探していたのを知っている。

『発情しなくても、頸を噛めば番えるのではないか』と。そうすれば孫の顔が見れると期待していたのだろう。

 でもそんなのはただの空想だ。発情しないオメガが妊娠などするわけもない。ベータの考えることは理解に苦しむ。

 両親からの視線やちょっとした言動に辟易としていた矢先の事故だった。

 きっと俺がこの世から消えてくれてホッとしているだろう。自分も正直、両親と離れられて安堵している。

 ここでこうしていれば……どうなるのだろう? 死んでいるなら、これ以上の何かがあるはずもないだろうが……。


 見上げる空は晴れ渡っていて、雲が気持ちよさそうに泳いでいる。なのに、違和感を感じるほどに“温度”を感じなかった。まるでアルミニウムのような空だと思った。

 また目を閉じる。

 トラックに轢かれたわりには全く痛みを感じない。確か右側からぶつかったのだが、出血もしていなければ、傷すらない。

 あまりにも現状のヒントもないため、この先の時間を成り行き任せにしようと考えていた。

 風に揺れる葉音だけに耳を傾ける。自然と深呼吸をしていた。

 何もないのも、これはこれで良い。


 しかし、何もない時間はそう長くは続かなかった。遠くから地面を伝い、音が響いて近づいてくる。

 動物の走る足音……乗り物のタイヤが跳ねる音と振動……これは、馬車?

(えっ? 一体ここはどこなんだ?)

 今になってようやく正気に戻った。

 その音はどんどん近づいてくる。どこかに隠れようと、急いで上肢を起こしたが、見渡しても周りは木しかない。しかもここでやっと自分が道の真ん中で寝転んでいたと気づいた。

 道と言っても、でこぼこの未舗装路なのだけど。

 急に体を起こしたものだから眩暈に見舞われたが、こんな所にいてはまた轢かれてしまう。

 なんとか体を引きずって道の脇まで移動した。


「その者、どうした? どこから来た?」

 馬車は過ぎ去ってはくれなかった。馬車の窓が開き、品の良さそうな中年男性が顔を出す。

 どこから来たかは自分でも分からないし、ここが何処なのかも分からない。

 答えようもなく黙っていると、その男性は少し苛立った様子を見せた。

「私の声が届かないか!? どこから来て、何をしているのかと聞いているのだ!」

「それが……何も分かりません」

「分からないだと!?」

 怒鳴られるかと思いきや、その男性は馬車から下りてきた。質の良い黒いスーツが様になっている。

 顔を覗き込むと顎に手を当て、「見慣れない顔だな」と呟いた。

「あの、ここは死ぬと来る場所ですか?」

 あまりにも突拍子もないことを、軽率に聞いてしまったらしい。せっかく怒鳴らないでいてくれたのに、今回ばかりは声を荒げる。

「そんなわけはないだろう!!」

 ビックリして大急ぎで謝ると、フンッと鼻で息を吐く。

「では質問を変えよう。紋は付いているのかね?」

「紋? なんですか?  それは」

「貴様!! 紋くらい誰でも知っているであろう! 馬鹿にしているのか?」

「わわっ! ゴメンなさい! でも本当にわからないんです!!」

 必死に取り繕う。ここでは紋が重要ななにか・・・・・・らしい。

 するとその男性から「分かったから、馬車に乗り給え」と促される。ポカンとしていると、再び怒鳴り声を上げる。

 飛び上がるように立ち、馬車へ乗り込んだ。

「これからどこに行くのですか?」

 おずおずと尋ねると、王城だとだけ答えてくれた。
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