1 / 104
本編
転生
しおりを挟む
降り注ぐ木漏れ日で目が覚めた。
眩しいわけではない。ただ、失っていた気を取り戻すには十分な光であった。倒れたまま目を薄らと開け、しばらくこの光を見つめていた。
木の葉が風に揺れて、乾いた音を奏でる。
背中にゴツゴツとした石があたって、寝心地が悪い。
(ここは、どこだ……)
まだ意識が朦朧としていて状況が読めないが、ここが森であるとだけは理解できた。
下腹に違和感を感じるが、確認するほどの気力がない。右手で撫でてみるが、何かが付いているわけでもケガをしているわけでもなさそうだ。
しかし何故、自分がこんな森の中で寝ているのかが分からない。
(俺……何してたんだっけ……)
記憶を辿る。
まずは自分の名前……。
(俺は、天海月亜。記憶喪失ではなさそうだな)
それから今日一日を振り返り、何をしていたか思い出してみる。
「そうだ!」と思い出したことがあった。猫を助けようとしていた。野良猫だろう。そのわりには綺麗な毛並みをしていた。
その猫が道路を横切ろうとした時、一台のトラックが暴走してきたのだ。
猫に気を取られて気付くのが遅かった。その猫共々、トラックの暴走に巻き込まれた。
ドンっという鈍い音が耳に入り、体が宙に飛んだ。その後、体感で数秒遅れて痛みがきた。ゆっくりと、スローモーションで……。
記憶はそこで途絶えて今に至る。
(ということは……ここは……? 俺は、死んだのか……)
目が覚めたままの体勢で考え込んでいる。自分の他に人の気配はない。どうやら自然豊かなここは天国ではないらしい。
別にどうでも良い人生ではあった。オメガに生まれたが発情期が来ることなく二十歳を迎え、ただでさえ厄介な性なのに、オメガとしての役割も果たせないポンコツの自分。
一人っ子で、両親は番になってくれる人を懸命に探していたのを知っている。
『発情しなくても、頸を噛めば番えるのではないか』と。そうすれば孫の顔が見れると期待していたのだろう。
でもそんなのはただの空想だ。発情しないオメガが妊娠などするわけもない。ベータの考えることは理解に苦しむ。
両親からの視線やちょっとした言動に辟易としていた矢先の事故だった。
きっと俺がこの世から消えてくれてホッとしているだろう。自分も正直、両親と離れられて安堵している。
ここでこうしていれば……どうなるのだろう? 死んでいるなら、これ以上の何かがあるはずもないだろうが……。
見上げる空は晴れ渡っていて、雲が気持ちよさそうに泳いでいる。なのに、違和感を感じるほどに“温度”を感じなかった。まるでアルミニウムのような空だと思った。
また目を閉じる。
トラックに轢かれたわりには全く痛みを感じない。確か右側からぶつかったのだが、出血もしていなければ、傷すらない。
あまりにも現状のヒントもないため、この先の時間を成り行き任せにしようと考えていた。
風に揺れる葉音だけに耳を傾ける。自然と深呼吸をしていた。
何もないのも、これはこれで良い。
しかし、何もない時間はそう長くは続かなかった。遠くから地面を伝い、音が響いて近づいてくる。
動物の走る足音……乗り物のタイヤが跳ねる音と振動……これは、馬車?
(えっ? 一体ここはどこなんだ?)
今になってようやく正気に戻った。
その音はどんどん近づいてくる。どこかに隠れようと、急いで上肢を起こしたが、見渡しても周りは木しかない。しかもここでやっと自分が道の真ん中で寝転んでいたと気づいた。
道と言っても、でこぼこの未舗装路なのだけど。
急に体を起こしたものだから眩暈に見舞われたが、こんな所にいてはまた轢かれてしまう。
なんとか体を引きずって道の脇まで移動した。
「その者、どうした? どこから来た?」
馬車は過ぎ去ってはくれなかった。馬車の窓が開き、品の良さそうな中年男性が顔を出す。
どこから来たかは自分でも分からないし、ここが何処なのかも分からない。
答えようもなく黙っていると、その男性は少し苛立った様子を見せた。
「私の声が届かないか!? どこから来て、何をしているのかと聞いているのだ!」
「それが……何も分かりません」
「分からないだと!?」
怒鳴られるかと思いきや、その男性は馬車から下りてきた。質の良い黒いスーツが様になっている。
顔を覗き込むと顎に手を当て、「見慣れない顔だな」と呟いた。
「あの、ここは死ぬと来る場所ですか?」
あまりにも突拍子もないことを、軽率に聞いてしまったらしい。せっかく怒鳴らないでいてくれたのに、今回ばかりは声を荒げる。
「そんなわけはないだろう!!」
ビックリして大急ぎで謝ると、フンッと鼻で息を吐く。
「では質問を変えよう。紋は付いているのかね?」
「紋? なんですか? それは」
「貴様!! 紋くらい誰でも知っているであろう! 馬鹿にしているのか?」
「わわっ! ゴメンなさい! でも本当にわからないんです!!」
必死に取り繕う。ここでは紋が重要ななにからしい。
するとその男性から「分かったから、馬車に乗り給え」と促される。ポカンとしていると、再び怒鳴り声を上げる。
飛び上がるように立ち、馬車へ乗り込んだ。
「これからどこに行くのですか?」
おずおずと尋ねると、王城だとだけ答えてくれた。
眩しいわけではない。ただ、失っていた気を取り戻すには十分な光であった。倒れたまま目を薄らと開け、しばらくこの光を見つめていた。
木の葉が風に揺れて、乾いた音を奏でる。
背中にゴツゴツとした石があたって、寝心地が悪い。
(ここは、どこだ……)
まだ意識が朦朧としていて状況が読めないが、ここが森であるとだけは理解できた。
下腹に違和感を感じるが、確認するほどの気力がない。右手で撫でてみるが、何かが付いているわけでもケガをしているわけでもなさそうだ。
しかし何故、自分がこんな森の中で寝ているのかが分からない。
(俺……何してたんだっけ……)
記憶を辿る。
まずは自分の名前……。
(俺は、天海月亜。記憶喪失ではなさそうだな)
それから今日一日を振り返り、何をしていたか思い出してみる。
「そうだ!」と思い出したことがあった。猫を助けようとしていた。野良猫だろう。そのわりには綺麗な毛並みをしていた。
その猫が道路を横切ろうとした時、一台のトラックが暴走してきたのだ。
猫に気を取られて気付くのが遅かった。その猫共々、トラックの暴走に巻き込まれた。
ドンっという鈍い音が耳に入り、体が宙に飛んだ。その後、体感で数秒遅れて痛みがきた。ゆっくりと、スローモーションで……。
記憶はそこで途絶えて今に至る。
(ということは……ここは……? 俺は、死んだのか……)
目が覚めたままの体勢で考え込んでいる。自分の他に人の気配はない。どうやら自然豊かなここは天国ではないらしい。
別にどうでも良い人生ではあった。オメガに生まれたが発情期が来ることなく二十歳を迎え、ただでさえ厄介な性なのに、オメガとしての役割も果たせないポンコツの自分。
一人っ子で、両親は番になってくれる人を懸命に探していたのを知っている。
『発情しなくても、頸を噛めば番えるのではないか』と。そうすれば孫の顔が見れると期待していたのだろう。
でもそんなのはただの空想だ。発情しないオメガが妊娠などするわけもない。ベータの考えることは理解に苦しむ。
両親からの視線やちょっとした言動に辟易としていた矢先の事故だった。
きっと俺がこの世から消えてくれてホッとしているだろう。自分も正直、両親と離れられて安堵している。
ここでこうしていれば……どうなるのだろう? 死んでいるなら、これ以上の何かがあるはずもないだろうが……。
見上げる空は晴れ渡っていて、雲が気持ちよさそうに泳いでいる。なのに、違和感を感じるほどに“温度”を感じなかった。まるでアルミニウムのような空だと思った。
また目を閉じる。
トラックに轢かれたわりには全く痛みを感じない。確か右側からぶつかったのだが、出血もしていなければ、傷すらない。
あまりにも現状のヒントもないため、この先の時間を成り行き任せにしようと考えていた。
風に揺れる葉音だけに耳を傾ける。自然と深呼吸をしていた。
何もないのも、これはこれで良い。
しかし、何もない時間はそう長くは続かなかった。遠くから地面を伝い、音が響いて近づいてくる。
動物の走る足音……乗り物のタイヤが跳ねる音と振動……これは、馬車?
(えっ? 一体ここはどこなんだ?)
今になってようやく正気に戻った。
その音はどんどん近づいてくる。どこかに隠れようと、急いで上肢を起こしたが、見渡しても周りは木しかない。しかもここでやっと自分が道の真ん中で寝転んでいたと気づいた。
道と言っても、でこぼこの未舗装路なのだけど。
急に体を起こしたものだから眩暈に見舞われたが、こんな所にいてはまた轢かれてしまう。
なんとか体を引きずって道の脇まで移動した。
「その者、どうした? どこから来た?」
馬車は過ぎ去ってはくれなかった。馬車の窓が開き、品の良さそうな中年男性が顔を出す。
どこから来たかは自分でも分からないし、ここが何処なのかも分からない。
答えようもなく黙っていると、その男性は少し苛立った様子を見せた。
「私の声が届かないか!? どこから来て、何をしているのかと聞いているのだ!」
「それが……何も分かりません」
「分からないだと!?」
怒鳴られるかと思いきや、その男性は馬車から下りてきた。質の良い黒いスーツが様になっている。
顔を覗き込むと顎に手を当て、「見慣れない顔だな」と呟いた。
「あの、ここは死ぬと来る場所ですか?」
あまりにも突拍子もないことを、軽率に聞いてしまったらしい。せっかく怒鳴らないでいてくれたのに、今回ばかりは声を荒げる。
「そんなわけはないだろう!!」
ビックリして大急ぎで謝ると、フンッと鼻で息を吐く。
「では質問を変えよう。紋は付いているのかね?」
「紋? なんですか? それは」
「貴様!! 紋くらい誰でも知っているであろう! 馬鹿にしているのか?」
「わわっ! ゴメンなさい! でも本当にわからないんです!!」
必死に取り繕う。ここでは紋が重要ななにからしい。
するとその男性から「分かったから、馬車に乗り給え」と促される。ポカンとしていると、再び怒鳴り声を上げる。
飛び上がるように立ち、馬車へ乗り込んだ。
「これからどこに行くのですか?」
おずおずと尋ねると、王城だとだけ答えてくれた。
11
お気に入りに追加
1,249
あなたにおすすめの小説
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

アルファのアイツが勃起不全だって言ったの誰だよ!?
モト
BL
中学の頃から一緒のアルファが勃起不全だと噂が流れた。おいおい。それって本当かよ。あんな完璧なアルファが勃起不全とかありえねぇって。
平凡モブのオメガが油断して美味しくいただかれる話。ラブコメ。
ムーンライトノベルズにも掲載しております。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる