214 / 221
三章〜クレール・ベルクール編〜
63 誕生
しおりを挟む
ノアとノランの後から、続々とベルクール邸に全員が集まった。よくこの日に、みんなが近くに居たものだと感心する余裕はないけれども……。
「まだまだ産まれないよ、きっと」
「でも、居てもたってもいられなくて……お兄ちゃまの側にいたいんだ」
ノランも隣で頷いている。寮でいても、勉強が頭に入ってこないから……と最低限の勉強道具と、読みかけの本を持ってきたと言った。
その後、ヴィクトール様が。そしてエリアスお父様はマルティネス王子と一緒に居たらしく、クララ様を迎えた後、ベルクール邸へと足を運んでくれたようだ。
「クレール、体調は?」
ヴィクトール様が顔を覗き込む。
「朝よりも痛みは増してますが、アシルお母様はまだ時間がかかるだろうって……すみません。仕事、大丈夫でしたか?」
「ああ、商談が終わった直ぐだったからね。後は書類に目を通す作業だけだったから」
心配そうな表情を、なんとか隠そうとしてくれているのが伺える。
僕自身、まだ今から出産するというのが未知過ぎて、どんな感情でいればいいか分からない。
侍女が「医師が到着されました」と案内してきた。
「一旦、部屋を出よう」とエリアス様がリビングへと案内する。
僕はアシルお母様と目配せをして「リラックスしている」と伝えた。
屋敷が急に賑やかになったが、一人の時よりも安心出来る。
医師に診てもらいながらも、みんなの存在を感じられるのは良かったと思った。
「今夜あたりですかね。順調にいけば」
「そんなに、かかるのですか?」
まだ夕方だ。今夜とは、あと数時間後なのか、それとも深夜なのか明け方近くになってからなのか。夜の長さをこんなにも感じるのは初めてだ。
「まだ産道が硬い。動けそうなら、動いても構いませんよ」
「そうなんですか?」
医師は軽い感じで「ええ」と言って微笑んだ。
侍女にヴィクトール様を呼んでもらい、庭を散歩する事にした。
「運動した方が、産道が柔らかくなりやすいんだそうです」
「なるほど、色々と勉強不足だった」
「僕も知りませでしたから」
ヴィクトール様は度々僕の体調を気遣いながら空が薄暗くなるまで歩いた。
「そろそろ戻ろう。痛みは?」
「だんだん、痛くなってきたような気がします」
「後はクレールと医師に任せるしかない。何もしてやれないのが残念で仕方ない」
「そんなことありません。僕はヴィクトール様やみんなが近くにいてくれてると思うと、とても心強いです。きっと元気な赤ちゃんを産みますよ!」
ヴィクトール様は僕の肩を抱き、寝室まで戻った。
赤ちゃんの名前は、ヴィクトール様が顔を見て決めると言ってくれている。
僕は産むことだけを考えようと思った。
それから数時間の間に、食事や湯浴みを済ませ、ベッドに入る。陣痛が酷くなるまではヴィクトール様に隣にいてもらった。
今夜は満月だとノランが話していたようだ。
夜空を想像しながら意識を腹に持っていく。
時間が経つほどその痛みは増し、声を出さずには耐えられない程になってきた。額に汗が滲み、ベッドサイドに設けられた柵を握りしめ、もがき苦しむ。
そうなってから、医師はヴィクトール様に部屋から出るよう指示を出す。
「クレール、祈っているよ」
手の甲に口付けると、退室した。
「いっっいたい。いたい。んぁぁぁぁ……!!」
泣く程の痛みなのに、医師は平然と「まだまだですね」と言って、助手に僕が力むタイミングを指示している。
いや、医師が平然としてくれているから、まだ頭の中で冷静な部分を保てているのかもしれない。
それでも定期的に訪れる痛みは上限を知らないかのように、その勢力を増している。
定期的に訪れる痛みを何度繰り返しただろうか。医師の様子が少しづつ変わっていく。
「クレール様、頭が見えております」
正直、やっと頭だけ? と思った。
あと何度この苦しみを乗り越えればいいのだ。
「痛い時は赤ちゃんが頑張っている時ですよ」
助手に声をかけられハッとした。
そうだ、頑張っているのは赤ちゃんの方なのだ。気持ちがとても楽になった。
必要以上に力んでいたようだが、ふっと力が抜ける。そして……
部屋に赤ちゃんの泣き声が、響いたのだった。
「まだまだ産まれないよ、きっと」
「でも、居てもたってもいられなくて……お兄ちゃまの側にいたいんだ」
ノランも隣で頷いている。寮でいても、勉強が頭に入ってこないから……と最低限の勉強道具と、読みかけの本を持ってきたと言った。
その後、ヴィクトール様が。そしてエリアスお父様はマルティネス王子と一緒に居たらしく、クララ様を迎えた後、ベルクール邸へと足を運んでくれたようだ。
「クレール、体調は?」
ヴィクトール様が顔を覗き込む。
「朝よりも痛みは増してますが、アシルお母様はまだ時間がかかるだろうって……すみません。仕事、大丈夫でしたか?」
「ああ、商談が終わった直ぐだったからね。後は書類に目を通す作業だけだったから」
心配そうな表情を、なんとか隠そうとしてくれているのが伺える。
僕自身、まだ今から出産するというのが未知過ぎて、どんな感情でいればいいか分からない。
侍女が「医師が到着されました」と案内してきた。
「一旦、部屋を出よう」とエリアス様がリビングへと案内する。
僕はアシルお母様と目配せをして「リラックスしている」と伝えた。
屋敷が急に賑やかになったが、一人の時よりも安心出来る。
医師に診てもらいながらも、みんなの存在を感じられるのは良かったと思った。
「今夜あたりですかね。順調にいけば」
「そんなに、かかるのですか?」
まだ夕方だ。今夜とは、あと数時間後なのか、それとも深夜なのか明け方近くになってからなのか。夜の長さをこんなにも感じるのは初めてだ。
「まだ産道が硬い。動けそうなら、動いても構いませんよ」
「そうなんですか?」
医師は軽い感じで「ええ」と言って微笑んだ。
侍女にヴィクトール様を呼んでもらい、庭を散歩する事にした。
「運動した方が、産道が柔らかくなりやすいんだそうです」
「なるほど、色々と勉強不足だった」
「僕も知りませでしたから」
ヴィクトール様は度々僕の体調を気遣いながら空が薄暗くなるまで歩いた。
「そろそろ戻ろう。痛みは?」
「だんだん、痛くなってきたような気がします」
「後はクレールと医師に任せるしかない。何もしてやれないのが残念で仕方ない」
「そんなことありません。僕はヴィクトール様やみんなが近くにいてくれてると思うと、とても心強いです。きっと元気な赤ちゃんを産みますよ!」
ヴィクトール様は僕の肩を抱き、寝室まで戻った。
赤ちゃんの名前は、ヴィクトール様が顔を見て決めると言ってくれている。
僕は産むことだけを考えようと思った。
それから数時間の間に、食事や湯浴みを済ませ、ベッドに入る。陣痛が酷くなるまではヴィクトール様に隣にいてもらった。
今夜は満月だとノランが話していたようだ。
夜空を想像しながら意識を腹に持っていく。
時間が経つほどその痛みは増し、声を出さずには耐えられない程になってきた。額に汗が滲み、ベッドサイドに設けられた柵を握りしめ、もがき苦しむ。
そうなってから、医師はヴィクトール様に部屋から出るよう指示を出す。
「クレール、祈っているよ」
手の甲に口付けると、退室した。
「いっっいたい。いたい。んぁぁぁぁ……!!」
泣く程の痛みなのに、医師は平然と「まだまだですね」と言って、助手に僕が力むタイミングを指示している。
いや、医師が平然としてくれているから、まだ頭の中で冷静な部分を保てているのかもしれない。
それでも定期的に訪れる痛みは上限を知らないかのように、その勢力を増している。
定期的に訪れる痛みを何度繰り返しただろうか。医師の様子が少しづつ変わっていく。
「クレール様、頭が見えております」
正直、やっと頭だけ? と思った。
あと何度この苦しみを乗り越えればいいのだ。
「痛い時は赤ちゃんが頑張っている時ですよ」
助手に声をかけられハッとした。
そうだ、頑張っているのは赤ちゃんの方なのだ。気持ちがとても楽になった。
必要以上に力んでいたようだが、ふっと力が抜ける。そして……
部屋に赤ちゃんの泣き声が、響いたのだった。
40
お気に入りに追加
1,692
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる
千環
恋愛
第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。
なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【だって、私はただのモブですから】
10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした――
※他サイトでも投稿中
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる