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三章〜クレール・ベルクール編〜

8 ルベルーノ研究所

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「私が駄目だと言ったら、どうする?」
 エリアスお父様の一言に、ノランは怯みそうになった。まだ十歳の子供だ。彼もダメ元で行ったには違いないだろうが、それでも自分の気持ちが届かないのは悲しい。
 その上、相手はエリアスお父様。僕とは気迫が違う。
 
 エリアスお父様は子供相手でも容赦しない。特に口の立つノランとは、会話をしているというよりも弁論を楽しんでいるという空気感がある。

 しかし楽しんでいるのはエリアスお父様だけで、ノランは拳に力を込め、小刻みに震わせていた。

「……それでも、諦めません。隣国への編入を許可してくださるまで、エリアスお父様を説得し続けます」
「それは楽しみだ。しかしいつまでも……というわけにはいかない。期限を決めよう。私を説得する期限だ」
「二年です。クレールお兄様が高等部を卒業するまでに、エリアスお父様を納得させます」
「いいだろう」

 ノランは承諾は得られなかったものの、見事に一歩前進した。
 この時点で、彼はきっと勝算を立ている。僕はノランの口角が僅かに上がったのを見逃さなかった。

「お父様、ノアも! ノアも一緒に行きたい!」
「では、ノアも二年以内に私を説得しなさい」
「え、ハィ……そんな……ノアには……」
「大丈夫だよ、ノア。一人になんてしないから」
「本当に? 良かったぁ」

 二人は現時点で納得しているが、僕にとっては全く解決になっていない。
 まだ研究室が受け入れてくれるかどうかも分かっていない現状。それなのに、ベルクール家だけで話が先走りすぎている。


 この経緯をイザックに聞いてもらうと、彼はお構いなしに笑い飛ばした。
「公爵様、凄いね。実力を実践で鍛えていってるんだ?」
「確かに、ノランはエリアスお父様と話し合いをするたびに、人を説得するのが上手くなってる。本人すらも気付かないうちに……」
「二年後が楽しみだね」
「笑い事じゃないよ。本当に隣国についてきたら、僕は心配で心配で……」

 僕としては、遠くに離れたとしても彼らには安全に過ごしてほしい。
 しかし彼らのやる気を踏み躙るのも違う気がして、これはいくら考えても答えは出ないと諦めた。

「ねぇ、来週のうちに研究室の人が会いたいって言ってくれてるみたい」
「まさか本当にボクを推薦したのかい?」
「当たり前だよ。だって僕はイザックと一緒に最高の抑制剤が作りたいんだ。それに、君とならできる気がする」
「クレール……ありがとう。その気持ちだけでも十分嬉しいよ。折角だから、話だけは聞かせてもらおうかな。なかなか研究室の人なんて会えないし」
「そのくらいの気持ちでいいよ。緊張しすぎたら、何も喋れなくなる」
「全くだ」

 翌週、僕たちはベルクール邸の敷地内にある離れの一つで研究室の人と面会を果たす。
 年配の男性はとても穏やかな人でヴェルジーさんと言った。助手と共に、研究室で現在行われている薬の開発や医療の進化など、色々聞かせてくれた。どの話もとても魅力的で、イザックと二人で何時間も聴き入っていた。
 やはりここで研究に携わりたい。そう思ったのは、僕だけではないハズだ。だって、僕の隣でイザックは、僕よりも興奮しているのだから。

「どうだね? 我が研究室の開発はこんな感じなんだが」
「とても素晴らしいです。僕たちも、是非とも研究に携わりたいと考えております」
「それはこちらまで足を伸ばした甲斐があった」
 
 その後もヴェルジーさんと色々な話をし、今日はこのまま離れに泊まってもらった。
 イザックも残ってもらい、夜も一緒に過ごしていた。イザックは俄然やる気に漲っていた。
 そりゃ、あの話を聞けば当然と言える。
 ルベルーノ研究所の薬が一般に出回るようになれば、イザックのお母様ももっと楽しい毎日が送れるようになる。

「イザック、もう迷いはないよね」
「頑張ってみるよ」
 約束を交わす。
 卒業後の目標ができた。
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