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一章~伊角光希編~

87 悲劇

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 僕は、全ての問題が解決したと思い込んでいたのだ。
 それはとんでもない勘違いだった。
 
 エリアス様とも、真実を話した上でお互いの想いを再確認できた。そして皆から祝福され、後はまもなく産まれてくる我が子を迎えるだけになっていた……ハズだった。

 廊下を伝い、自室のある方へと移動する。
 途中、ロラがいたので後ほどガゼボにお茶の準備を頼むと、子供の部屋へと向かう。

「どんな部屋になっているのか、楽しみです」
「結局、一緒に買い物には行けなかったからね。それならサプライズにしたかったのだ」
 大広間の階段へと差し掛かる。

 誰も彼女に気付いていなかった。
 僕もエリアス様も、ロラも、一緒にいたルシィも。反対側の壁の陰に隠れていたアンナ様が、突然姿を現して、ようやく彼女の存在を思い出した。

 記憶のアンナ様の面影は少しも残っていない。
 パサパサの髪に荒れた肌。煌びやかなドレスなど着ておらず、あれだけ毎日着飾っていた彼女がネグリジェのまま僕たちの前に立ちはだかった。

「……アンナ……様?」

 アンナ様は僕だけに狙いを定めているかのように睨みつけている。

「……さない……ゆる……さない……」
 ブツブツと何かを喋っている。エリアス様が警戒して僕の前に移動した。
「アンナ。もしアシルに手を出せば、容赦しないぞ」
 厳しめの言葉をかける。

 しかし、アンナ様には響いていないようだった。
 爪を噛み、目の焦点が合っていない。その出立いでたちだけで、近寄ってはいけないと物語っている。
 それでも、この僅かな時間で、僕たちが番になったという情報を仕入れていたのには驚かされた。

 さっきまでブツブツ何かを言っていたアンナ様は、何かのスイッチが入ったかのように、突然僕に襲いかかってきた。

「殺してやる!! お前なんか、お前なんか、子供諸共殺してやるわ!!」
「やめろ、アンナ!! アシルに近寄るな」
 エリアス様がアンナ様を押し退けるが、苛立ちのあまり正気を失っている彼女は、興奮しきっていて最早獣のようだ。

「お前なんていなければ良かったんだ!! そうすれば、私が愛されていた。エリアス様の隣にいるのは、私だったハズなのよ!! しね、しね、しねっっ……!!」
「私はアシル以外の人を愛したりしない!! アシルは私の全てだ。自惚れるな!! 私がアンナを選ぶ日など、永久に来ない」
「何故そんなことを申すのです? 私はエリアス様から気にかけて貰いたいだけだったのよ!!」

 泣きじゃくりながら、エリアス様に縋りついた。
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