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一章~伊角光希編~
19 慰め
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自室に戻った後も、アシルは一言も喋らない。
せっかく元気になったのに。僕が注意を怠ったからだ。
あの時、キリアン様はワザと僕に見つかるよう仕向けた。
ワザと喧嘩を吹っ掛けた。
りんごから気を逸らすために。
キリアン様は全てのりんごに発情誘発剤を盛るわけにはいかず、背の低い僕が届く幾つかのりんごに狙いを定めて薬を盛った。
それをガゼボで食べようが、どこで食べようが、ヒートで脅せれば良かっただけの話だったんだ。
発情誘発剤がアシルにとってどんな存在なのか、どれほど怖い物なのか。
彼らはそれを知っているからこそ、脅すには発情誘発剤が一番効果的だと知っていた。
騒ぎを起こしても起こさなくても、そこは重要じゃない。アシル本人のトラウマさえ呼び起こせば作戦成功なんだ。
アシルの性格を逆手に取って仕掛けてきた。
なんて奴……。
悔しくて歯を食いしばる。
この体の中で震えていると分かっていて、僕はアシルを抱きしめてあげることさえできない。
「アシル、今晩だけでもエリアス様に一緒にいてもらえないか、今から頼んでみるよ」
このままではアシルが壊れてしまいそうだ。
パーティー会場で人が集まる中、ヒートを起こし、その日の主役であるエリアス様から抱かれ妊娠した。
アシルは妊娠を喜んでいたけれど、根っこの部分では罪悪感に囚われている。
あの事件は確実に誰かの陰謀なのに、全て自分の強いオメガ性がいけないって思ってる。
それは違う。アシルは悪くない。
「アシル、全然知らない僕から見ても、君が悪いことなんて何一つもない。いくらヒートが原因で君が妊娠したからといって、エリアス様は心から嬉しかったからアシルとの結婚を選んだんだ。ただの責任感だけで決めるような人ではないって、アシルの方が良く知ってるんじゃない?」
『…………』
僕の声が響いているかは分からない。
今のアシルには、何も、どんな言葉も届かないかもしれない。
それでも僕は声をかけ続けた。
「アシルは愛されてる。丸一日以上エリアス様との時間を過ごして、それを確信したのは僕だけじゃないだろう? 今回の件は、この屋敷の中の誰かが意図的にやったことだ。今、挫けてちゃ、この先争っていけない。僕がしっかりするから。もっと警戒する。アシルを守るから」
さっきは気を抜いてごめんと、謝った。
「ねぇ、やっぱりエリアス様のところに行くね。今なら、まだロラを呼べば……」
『だめ!!』
「アシル……今の君は不安定すぎる。お腹の赤ちゃんにも良くないよ」
エリアス様に抱きしめられたとき、この上ない心地よさに包まれた。
こんな時こそエリアス様を頼るべきだと判断しての提案だったが、アシルは迷惑をかけたくはないようだ。
『エリアス様は、お忙しいから。今回は未遂に終わったし、僕からわがままなんて言っちゃいけないんだ』
「そう、かな……」
エリアス様の性格なら、むしろ喜んでくれそうなのに……。
とはいえ、僕も前世で甘えるのが苦手だった。アシルの気持ちにも共感もできる。
アシルは今はコーキがいるから、一人じゃない。
だから大丈夫と言ってくれた。
じゃあ、眠るまで喋ろうと持ちかける。
このまま黙れば、またお互い、マイナスにしか考えないことくらい理解できる。僕たちはなかなかに似た物同士だ。
なるべく楽しい話を……と思い、エリアス様と出かけた日のことを話題にした。
アシルも少しずつ話してくれるようになり、結局どちらが先に眠ったかはわからない。
せっかく元気になったのに。僕が注意を怠ったからだ。
あの時、キリアン様はワザと僕に見つかるよう仕向けた。
ワザと喧嘩を吹っ掛けた。
りんごから気を逸らすために。
キリアン様は全てのりんごに発情誘発剤を盛るわけにはいかず、背の低い僕が届く幾つかのりんごに狙いを定めて薬を盛った。
それをガゼボで食べようが、どこで食べようが、ヒートで脅せれば良かっただけの話だったんだ。
発情誘発剤がアシルにとってどんな存在なのか、どれほど怖い物なのか。
彼らはそれを知っているからこそ、脅すには発情誘発剤が一番効果的だと知っていた。
騒ぎを起こしても起こさなくても、そこは重要じゃない。アシル本人のトラウマさえ呼び起こせば作戦成功なんだ。
アシルの性格を逆手に取って仕掛けてきた。
なんて奴……。
悔しくて歯を食いしばる。
この体の中で震えていると分かっていて、僕はアシルを抱きしめてあげることさえできない。
「アシル、今晩だけでもエリアス様に一緒にいてもらえないか、今から頼んでみるよ」
このままではアシルが壊れてしまいそうだ。
パーティー会場で人が集まる中、ヒートを起こし、その日の主役であるエリアス様から抱かれ妊娠した。
アシルは妊娠を喜んでいたけれど、根っこの部分では罪悪感に囚われている。
あの事件は確実に誰かの陰謀なのに、全て自分の強いオメガ性がいけないって思ってる。
それは違う。アシルは悪くない。
「アシル、全然知らない僕から見ても、君が悪いことなんて何一つもない。いくらヒートが原因で君が妊娠したからといって、エリアス様は心から嬉しかったからアシルとの結婚を選んだんだ。ただの責任感だけで決めるような人ではないって、アシルの方が良く知ってるんじゃない?」
『…………』
僕の声が響いているかは分からない。
今のアシルには、何も、どんな言葉も届かないかもしれない。
それでも僕は声をかけ続けた。
「アシルは愛されてる。丸一日以上エリアス様との時間を過ごして、それを確信したのは僕だけじゃないだろう? 今回の件は、この屋敷の中の誰かが意図的にやったことだ。今、挫けてちゃ、この先争っていけない。僕がしっかりするから。もっと警戒する。アシルを守るから」
さっきは気を抜いてごめんと、謝った。
「ねぇ、やっぱりエリアス様のところに行くね。今なら、まだロラを呼べば……」
『だめ!!』
「アシル……今の君は不安定すぎる。お腹の赤ちゃんにも良くないよ」
エリアス様に抱きしめられたとき、この上ない心地よさに包まれた。
こんな時こそエリアス様を頼るべきだと判断しての提案だったが、アシルは迷惑をかけたくはないようだ。
『エリアス様は、お忙しいから。今回は未遂に終わったし、僕からわがままなんて言っちゃいけないんだ』
「そう、かな……」
エリアス様の性格なら、むしろ喜んでくれそうなのに……。
とはいえ、僕も前世で甘えるのが苦手だった。アシルの気持ちにも共感もできる。
アシルは今はコーキがいるから、一人じゃない。
だから大丈夫と言ってくれた。
じゃあ、眠るまで喋ろうと持ちかける。
このまま黙れば、またお互い、マイナスにしか考えないことくらい理解できる。僕たちはなかなかに似た物同士だ。
なるべく楽しい話を……と思い、エリアス様と出かけた日のことを話題にした。
アシルも少しずつ話してくれるようになり、結局どちらが先に眠ったかはわからない。
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