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其の弐拾玖
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飛龍を見ただけで、青蝶は顔を綻ばせた。
一人の時間は長く感じる。仕事の腕が鈍るのも気になってしまう。
飛龍が帰ってくるなり、睡蓮殿に誂えてもらった機織り機をこちらに持って来れないかと尋ねてみると、早々に運ばせようと言ってくれた。
「そんなことより、青蝶は自分の変化に気付いてはいないのか?」
飛龍から言われ、嬉しくなった。
青蝶も一番最初に言いたいと思っていたのだが、待っている時間があまりにも長く、何か仕事が欲しいという考えが脳内を占めていた。
部屋に飛龍が戻ってくるや否や、「仕事がしたい」と詰め寄ったのだった。
飛龍は仕事よりも青蝶の顔の痣がなくなっていることに驚きを隠せない。それなのに青蝶ときたら、急に仕事の話を切り出すものだから、気付いてないのかと思ったらしい。
「あっ、そうなんです。僕も驚きました。起きて鏡を見ると、肌が綺麗になっていたので……」
「そうか。それは良かった」
「これも、殿下のお蔭です」
深々とお辞儀をすると飛龍はやけに色気のある顔で微笑んだ。
「これが運命の番の威力か」
青蝶をグッと引き寄せる。蠱惑的で端正な顔が近寄ると、青蝶は焦ってしまう。
早く会いたいと思っていたのに、抱きしめられたいと思っていたのに、いざそうなると胸の高鳴りを抑えられず緊張してしまう。
顔が触れないように意識的に離していると、青蝶の気持ちを察した飛龍がわざと口付けてきた。いきなり官能的に口付けられると、夜を思い出してしまい、余計に緊張してしまう。
それでも飛龍から触れられ、何とも言えない幸福を噛み締めた。
「明日、青蝶の新しい袍衣を持って来させる。ずっと見習いの時のままだっただろう? 早くから頼んでいたのに、時間がかかってしまった」
「僕にですか? ありがとうございます」
同じ尚服が作った服を一番下っ端だった自分が着るのは、何だか違和感がある。
ほとんど一緒に仕事をする機会はなかったが、同志が一生懸命作ってくれた服を、大切にきさせてもらおうと思った。
「青蝶、仕事がしたいと言ったな? 私たちの結婚の儀式に着る衣装の刺繍をしないか?」
「いいのですか!? 是非やりたいです!!」
「そう言うと思ったよ。それも明日、針房の長に話をつけておこう」
新しい長になっているはずだ。以前、青蝶を仕事場から追い出した長は、暁明と共に追放されている。今度はいい人であることを願う。
そうして次の日、瘰が運んできてくれた衣装の入った箱を開けた。
できれば直ぐに着て飛龍に見せたいが、生憎毎日仕事で忙しい。
その代わり、瘰を呼びつけては話相手になってもらった。
「青蝶様。こちらが新しい袍衣でございます」
「ありがとう。よければ一緒に見ませんか?」
「青蝶様がそう仰しゃるなら……」
箱の蓋を開けると、そこには可愛らしい桃色の衣装が入っていた。
「青蝶様に良くお似合いになられると思います」
「本当に? こんな綺麗な色を着るなんて……本当に良いのでしょうかねぇ」
「勿論ですとも。お手に取って見られたらいかがですか?」
瘰に促され、袍衣に手をかけようとした、その時……。
「ん? あれ……?」
僅かな違和感を覚え、手を引っ込めた。瘰がどうしたのか? と、青蝶に視線を送る。
「……この匂いには覚えがあります」
「匂い? 布の種類で匂いが違うのですか?」
せっかく飛龍から贈られた袍衣を手に取ろうとしない青蝶に、気を利かせて瘰が広げて見せようと、手を伸ばした。
「いや……そうではなく……これは……」
記憶を辿る。
暁明を思い出していた。おんぼろ殿舎に住み始めた頃、暁明とよく話をしていた。
今思えば、あれも暁明を“良い人”だと思い込ませる一歩だったのだろうが……それでも、薬草についてあれこれ教えてくれるのは楽しかった。
医務官としての腕は確かだった暁明は薬草学に長けていて、医務室の壁一面に薬草が入った木製の引き出しがあった。
その薬草の中には毒を持つものもあり、『これは毒を毒で殺すのだ』と説明してくれた。
しかし扱いも気をつけなければいけない。一般的に、人には使わないものだと言っていた。素手で触っただけで、皮膚が壊死してしまうのだと……。
匂いを嗅がせてもらったことがある。酸味の中に腐敗臭のような匂いが混じっていた。
『これは臭いですね』と、正直に言って暁明に笑われたのだった。
「瘰さんっっ!! 触ってはいけません!! これは毒が塗られています!!」
慌てて瘰の手を弾いたが、遅かった。
一人の時間は長く感じる。仕事の腕が鈍るのも気になってしまう。
飛龍が帰ってくるなり、睡蓮殿に誂えてもらった機織り機をこちらに持って来れないかと尋ねてみると、早々に運ばせようと言ってくれた。
「そんなことより、青蝶は自分の変化に気付いてはいないのか?」
飛龍から言われ、嬉しくなった。
青蝶も一番最初に言いたいと思っていたのだが、待っている時間があまりにも長く、何か仕事が欲しいという考えが脳内を占めていた。
部屋に飛龍が戻ってくるや否や、「仕事がしたい」と詰め寄ったのだった。
飛龍は仕事よりも青蝶の顔の痣がなくなっていることに驚きを隠せない。それなのに青蝶ときたら、急に仕事の話を切り出すものだから、気付いてないのかと思ったらしい。
「あっ、そうなんです。僕も驚きました。起きて鏡を見ると、肌が綺麗になっていたので……」
「そうか。それは良かった」
「これも、殿下のお蔭です」
深々とお辞儀をすると飛龍はやけに色気のある顔で微笑んだ。
「これが運命の番の威力か」
青蝶をグッと引き寄せる。蠱惑的で端正な顔が近寄ると、青蝶は焦ってしまう。
早く会いたいと思っていたのに、抱きしめられたいと思っていたのに、いざそうなると胸の高鳴りを抑えられず緊張してしまう。
顔が触れないように意識的に離していると、青蝶の気持ちを察した飛龍がわざと口付けてきた。いきなり官能的に口付けられると、夜を思い出してしまい、余計に緊張してしまう。
それでも飛龍から触れられ、何とも言えない幸福を噛み締めた。
「明日、青蝶の新しい袍衣を持って来させる。ずっと見習いの時のままだっただろう? 早くから頼んでいたのに、時間がかかってしまった」
「僕にですか? ありがとうございます」
同じ尚服が作った服を一番下っ端だった自分が着るのは、何だか違和感がある。
ほとんど一緒に仕事をする機会はなかったが、同志が一生懸命作ってくれた服を、大切にきさせてもらおうと思った。
「青蝶、仕事がしたいと言ったな? 私たちの結婚の儀式に着る衣装の刺繍をしないか?」
「いいのですか!? 是非やりたいです!!」
「そう言うと思ったよ。それも明日、針房の長に話をつけておこう」
新しい長になっているはずだ。以前、青蝶を仕事場から追い出した長は、暁明と共に追放されている。今度はいい人であることを願う。
そうして次の日、瘰が運んできてくれた衣装の入った箱を開けた。
できれば直ぐに着て飛龍に見せたいが、生憎毎日仕事で忙しい。
その代わり、瘰を呼びつけては話相手になってもらった。
「青蝶様。こちらが新しい袍衣でございます」
「ありがとう。よければ一緒に見ませんか?」
「青蝶様がそう仰しゃるなら……」
箱の蓋を開けると、そこには可愛らしい桃色の衣装が入っていた。
「青蝶様に良くお似合いになられると思います」
「本当に? こんな綺麗な色を着るなんて……本当に良いのでしょうかねぇ」
「勿論ですとも。お手に取って見られたらいかがですか?」
瘰に促され、袍衣に手をかけようとした、その時……。
「ん? あれ……?」
僅かな違和感を覚え、手を引っ込めた。瘰がどうしたのか? と、青蝶に視線を送る。
「……この匂いには覚えがあります」
「匂い? 布の種類で匂いが違うのですか?」
せっかく飛龍から贈られた袍衣を手に取ろうとしない青蝶に、気を利かせて瘰が広げて見せようと、手を伸ばした。
「いや……そうではなく……これは……」
記憶を辿る。
暁明を思い出していた。おんぼろ殿舎に住み始めた頃、暁明とよく話をしていた。
今思えば、あれも暁明を“良い人”だと思い込ませる一歩だったのだろうが……それでも、薬草についてあれこれ教えてくれるのは楽しかった。
医務官としての腕は確かだった暁明は薬草学に長けていて、医務室の壁一面に薬草が入った木製の引き出しがあった。
その薬草の中には毒を持つものもあり、『これは毒を毒で殺すのだ』と説明してくれた。
しかし扱いも気をつけなければいけない。一般的に、人には使わないものだと言っていた。素手で触っただけで、皮膚が壊死してしまうのだと……。
匂いを嗅がせてもらったことがある。酸味の中に腐敗臭のような匂いが混じっていた。
『これは臭いですね』と、正直に言って暁明に笑われたのだった。
「瘰さんっっ!! 触ってはいけません!! これは毒が塗られています!!」
慌てて瘰の手を弾いたが、遅かった。
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