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其の拾玖
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飛龍と面と向かって話すと言うことは、意外にも珍しいと気付いてしまった。そういえば、いつもは直ぐに青蝶を抱え込み、飛龍の腕に包まれた状態で話をしている。真正面から目を見られるのは緊張してしまう。
「青蝶? 何か話したいことがあるのだろう?」
「は、はい。あの……殿下は毎晩、僕の所に来てくださってますけど……その、毎日じゃなくても大丈夫です」
「は? それはどう言う意味だ? 私が毎晩ここに通うのは、迷惑だと言いたいのか?」
「そうではありません!! ただ、殿下に御足労かけるのが申し訳なく思っておりまして。それに、僕ばかりが独り占めしていいものかと……」
「何を言っている。そんなことは青蝶の心配には及ばない。其方の病気は自分の所為で発症した。ならば自分ができる精一杯を青蝶に捧げたいのだ」
側室がいると言うよりも、青蝶の病気を気にかけているのかと解釈した。その病気は、飛龍のお蔭で順調に回復に向かっている。それは飛龍が見ても判断できると思っていたが、そういえば病状を改めて話したことはなかったと気付いた。
「殿下、僕はすっかり元気になりましたよ! ほら、この通り。前よりもずっと力強く舞うことができます。見ていてください」
飛龍のお蔭で自分がどれだけ元気になったかを見せるため、寝台から降りて踊り始めた。
以前の繊細さに加え、確かに青蝶の舞には熱がこもっている。飛力も随分と上がり、もう蝶というより燕が素早く飛ぶ様に似ている。
飛龍は今までとは違う青蝶の舞をしばし堪能した。
舞を終えても息切れを起こすこともない。深く礼をすると、再び飛龍の隣に腰を下ろす。
「ご覧になって如何でしたか?」
「あぁ、とても素晴らしい。今日は特別良い一日の締めくくりになった。私からもお礼をしなくてはいけないな」
飛龍は青蝶を自分の膝に座らせ、口付ける。いつもなら嬉しいと感じるのだが、今夜はなぜだか、はぐらかされた様な気持ちになってしまった。
「殿下……んんっ……ふ、ん。お話を……ぁぁ……ん……」
「今は私に集中してくれ。こんなにも美しい舞を見せられて、気持ちの昂りが抑えられないのだ」
今夜の飛龍は少し強引だと思った。青蝶が恋焦がれていると知っての行為だろうが、それならば何故抱いてくれないのか……青蝶の目下の悩みはそれである。
最も、自分が妊娠でもすれば大変だという理由が一番大きいとは分かっている。でもそれならば期待してしまうような言動をもう少し控えてほしい。贅沢な悩みだとは思いつつ、煮え切らない気持ちが募り、つい口にしてしまった。
「他の方にも仰っているのでしょう?」
こんな風に聞くつもりはなかった。全ては自分に自信がないからだ。飛龍は何も悪くはない。しかし口に出してしまったことは取り消せない。
明らかに表情が曇った飛龍に、なんと言い訳をすればいいのか、頭が混乱して声も出なくなってしまった。
「青蝶は私には他にも側室がいるとでも思っているのか?」
険しい表情は威圧的だった。謝りたいが、喋ろうとすると涙が出そうで堪えるのに必死になる。飛龍は青蝶の肩を鷲掴みにし、返事を促す。
「私が毎日毎日ここに通う理由が、其方には伝わっていないということだな?」
「っ!! ちが……違います」
「では、何故そのようなことを言うのだ。青蝶!」
「殿下は、僕の病気がご自身の所為だと仰いました。それで……僕を気遣ってくれている。とても嬉しいのですが……その……僕の病気が殿下を縛り付けている気がして……こんなにも回復した今……もう殿下が責任を感じなくても良いって……思って……」
「私が、責任感だけでここへ通っていると思っていたのか!?」
初めて飛龍が声を荒げた。これまで一度だって青蝶に怒鳴ったことなどなかった。
飛龍の意図が見えない。
運命の番と言ってくれる飛龍だったが、今度こそ見限るだろう。
しかし飛龍は青蝶をキツく抱きしめた。
「何がそんなに不安なのだ? 其方を前にするだけで、私の心臓はこんなにも高鳴る。青蝶を独り占めするためなら、どんな手だって使うつもりだ。それなのに……」
飛龍の腕にさらに力が篭った。
まさかの事態に、青蝶は完全に気が動転していた。自分の気持ちを上手く伝えられないもどかしさに、逃げ出したくなってしまう。
こんな自分が愛されるなど、許されるわけがない。
「やっぱり、僕は元の殿舎に帰ります」
これ以上迷惑をかけたくない。その一心で言ったのだが、それに対して返ってきた言葉に驚愕してしまう。
「残念だが、青蝶のあの場所にはもう帰れない」
「何故です?」
「あの殿舎は取り壊しが決まったのだ」
「そんな……」
確かにいつ崩れてもおかしくないほど、おんぼろではあった。しかしこの数年間、青蝶が暮らしていた大切な場所だ。いい思い出ばかりではないが、唯一自分の場所だと思える空間であった。そこが取り壊される……。
青蝶は今度こそ行き場を失った気持ちになった。実家を失った時と同じくらいの衝撃と悲しみであった。
そこでもう一つの問題が浮上する。
あの殿舎が壊されるとなれば、医務室へと続く秘密の通路まで公になってしまうのではないか。そうすると暁明に変な容疑がかけられないか、自分がやっていた売春まで表沙汰になるのではないか……様々な不安が脳裏を過ぎる。
「暁明に。暁明に合わせてください!!」
「青蝶……それはできない……」
「青蝶? 何か話したいことがあるのだろう?」
「は、はい。あの……殿下は毎晩、僕の所に来てくださってますけど……その、毎日じゃなくても大丈夫です」
「は? それはどう言う意味だ? 私が毎晩ここに通うのは、迷惑だと言いたいのか?」
「そうではありません!! ただ、殿下に御足労かけるのが申し訳なく思っておりまして。それに、僕ばかりが独り占めしていいものかと……」
「何を言っている。そんなことは青蝶の心配には及ばない。其方の病気は自分の所為で発症した。ならば自分ができる精一杯を青蝶に捧げたいのだ」
側室がいると言うよりも、青蝶の病気を気にかけているのかと解釈した。その病気は、飛龍のお蔭で順調に回復に向かっている。それは飛龍が見ても判断できると思っていたが、そういえば病状を改めて話したことはなかったと気付いた。
「殿下、僕はすっかり元気になりましたよ! ほら、この通り。前よりもずっと力強く舞うことができます。見ていてください」
飛龍のお蔭で自分がどれだけ元気になったかを見せるため、寝台から降りて踊り始めた。
以前の繊細さに加え、確かに青蝶の舞には熱がこもっている。飛力も随分と上がり、もう蝶というより燕が素早く飛ぶ様に似ている。
飛龍は今までとは違う青蝶の舞をしばし堪能した。
舞を終えても息切れを起こすこともない。深く礼をすると、再び飛龍の隣に腰を下ろす。
「ご覧になって如何でしたか?」
「あぁ、とても素晴らしい。今日は特別良い一日の締めくくりになった。私からもお礼をしなくてはいけないな」
飛龍は青蝶を自分の膝に座らせ、口付ける。いつもなら嬉しいと感じるのだが、今夜はなぜだか、はぐらかされた様な気持ちになってしまった。
「殿下……んんっ……ふ、ん。お話を……ぁぁ……ん……」
「今は私に集中してくれ。こんなにも美しい舞を見せられて、気持ちの昂りが抑えられないのだ」
今夜の飛龍は少し強引だと思った。青蝶が恋焦がれていると知っての行為だろうが、それならば何故抱いてくれないのか……青蝶の目下の悩みはそれである。
最も、自分が妊娠でもすれば大変だという理由が一番大きいとは分かっている。でもそれならば期待してしまうような言動をもう少し控えてほしい。贅沢な悩みだとは思いつつ、煮え切らない気持ちが募り、つい口にしてしまった。
「他の方にも仰っているのでしょう?」
こんな風に聞くつもりはなかった。全ては自分に自信がないからだ。飛龍は何も悪くはない。しかし口に出してしまったことは取り消せない。
明らかに表情が曇った飛龍に、なんと言い訳をすればいいのか、頭が混乱して声も出なくなってしまった。
「青蝶は私には他にも側室がいるとでも思っているのか?」
険しい表情は威圧的だった。謝りたいが、喋ろうとすると涙が出そうで堪えるのに必死になる。飛龍は青蝶の肩を鷲掴みにし、返事を促す。
「私が毎日毎日ここに通う理由が、其方には伝わっていないということだな?」
「っ!! ちが……違います」
「では、何故そのようなことを言うのだ。青蝶!」
「殿下は、僕の病気がご自身の所為だと仰いました。それで……僕を気遣ってくれている。とても嬉しいのですが……その……僕の病気が殿下を縛り付けている気がして……こんなにも回復した今……もう殿下が責任を感じなくても良いって……思って……」
「私が、責任感だけでここへ通っていると思っていたのか!?」
初めて飛龍が声を荒げた。これまで一度だって青蝶に怒鳴ったことなどなかった。
飛龍の意図が見えない。
運命の番と言ってくれる飛龍だったが、今度こそ見限るだろう。
しかし飛龍は青蝶をキツく抱きしめた。
「何がそんなに不安なのだ? 其方を前にするだけで、私の心臓はこんなにも高鳴る。青蝶を独り占めするためなら、どんな手だって使うつもりだ。それなのに……」
飛龍の腕にさらに力が篭った。
まさかの事態に、青蝶は完全に気が動転していた。自分の気持ちを上手く伝えられないもどかしさに、逃げ出したくなってしまう。
こんな自分が愛されるなど、許されるわけがない。
「やっぱり、僕は元の殿舎に帰ります」
これ以上迷惑をかけたくない。その一心で言ったのだが、それに対して返ってきた言葉に驚愕してしまう。
「残念だが、青蝶のあの場所にはもう帰れない」
「何故です?」
「あの殿舎は取り壊しが決まったのだ」
「そんな……」
確かにいつ崩れてもおかしくないほど、おんぼろではあった。しかしこの数年間、青蝶が暮らしていた大切な場所だ。いい思い出ばかりではないが、唯一自分の場所だと思える空間であった。そこが取り壊される……。
青蝶は今度こそ行き場を失った気持ちになった。実家を失った時と同じくらいの衝撃と悲しみであった。
そこでもう一つの問題が浮上する。
あの殿舎が壊されるとなれば、医務室へと続く秘密の通路まで公になってしまうのではないか。そうすると暁明に変な容疑がかけられないか、自分がやっていた売春まで表沙汰になるのではないか……様々な不安が脳裏を過ぎる。
「暁明に。暁明に合わせてください!!」
「青蝶……それはできない……」
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