上 下
16 / 36

其の拾陸

しおりを挟む
 自然と口元が緩んでしまう。憧れでしかなかった飛龍が、自分に会いに来てくれる。
 これは現実か。もしも夢ならば、どこからが夢なのかと考えるが、全て夢のような現実なのだった。飛龍から青蝶を探していたなどと言われれば、今まで苦しんできたこの病気さえ、愛おしくなってしまう。

 これが飛龍から体液をもらうための口実になる……。いや、そんなことは口が裂けても言えないが、必然的に飛龍がいないと生きられないなんて、なんだか贅沢な気もする。

「失礼致します。青蝶様、お食事をお持ちいたしました」
「え? 食事なんて頂いてもいいんですか!?」
 仕事も休んでいるのに食事なんて……。おんぼろ殿舎にいた頃では考えられない。
 瘰に礼を言うと、青蝶は粥を少しずつ食べ始める。
 温かさが身に沁みる。テーブルに敷き詰められたご飯を全て平らげたいくらいの気持ちであるが、胸がいっぱいで少し食べると満たされてしまった。

ルイさんは食べないのですか?」
わたくしは後ほど……」
「あの……よければ一緒に食べません?」
「それは許されないことくらい、ご存知でしょう?」
「そうですけど……せっかく一緒にいるのに、自分だけ食べるのも寂しいので……」
「明日は殿下が同席できるか、確認しておきます」
「そんな! 殿下は、お忙しいでしょうし……」

 一緒にご飯を食べたいだなんて、我儘が許されるはずがない。困らせたくもない。
 それに飛龍に見られながら食べるなど、恥ずかしくて食べ物が喉を通らないだろう。
 考えただけで羞恥心が溢れてしまう。そんな慌てた様子の青蝶を見て、瘰は僅かに口角を上げた。

「殿下が青蝶様をお気に召す理由が、分かる気がします」
 今の自分のどこにそんな要素があったのかと、尋ねたい。本当はもっと威厳を持ちたいのだが、青蝶は生憎、そんな図太い神経は持ち合わせていなかった。
「自分では分かりません。本当に僕が運命の番なのかも、今だに確証が持てません」
「そこは、もっと自信をお持ちください。私は長年、殿下に従えておりますが、こんなに楽しそうな殿下は初めてお目にかかります」
「殿下が、楽しそう……?」
「左様でございます。青蝶様と出逢われてからですよ。あのように優しく笑われるのは」
「そう、なんですね……」

 ずっと側近として仕えている瘰が言えば説得力がある。
 飛龍を信用してないわけではないが、青蝶は本来ならば、誰の目にも触れることなく終わる予定の人生だった。そんな自分を見つけ出してくれたのが、嬉しいような申し訳ないような……なんとも複雑な気持ちになってしまう。

 しかし、飛龍が青蝶のことをどこまで調べているかは分からない。
 売春をして薬代を稼いでいたとは知られたくないが、それも口には出さないだけで知っている可能性の方が高い。それでも睡蓮殿に迎え入れてくれたのは、飛龍の優しさなのだろう。

 そういえば、暁明シャミンは元気にしているだろうか。突然消えた青蝶を探しているかもしれない。飛龍や瘰は、医務室からではなく外から直接あの殿舎へ来ていた。
 青蝶の病状からして、暁明の世話になっているとは安易に繋がるが、治療以外での繋がりがあるとまでは知らないはずだ。ここまで面倒をみてもらっていたにも関わらず、お礼も言えずに出てきてしまった。せめて暁明には現状を話して安心してもらいたい。
 もっと体調が良くなった時に会いに行けるか尋ねてみようと思った。

 食事の後は再び横になっていた。折角準備してくれている機織り機に触りたい気持ちもあるが、連日の疲労の上、発情期で長時間身体を起こしているのさえ辛い。

 そういえば、発情期の自分と一緒に過ごせる瘰はβだろうかと、フッと考えた。
 もし瘰がαなら、飛龍が護身目的で瘰を睡蓮殿に置かないだろう。身分の高い人は全員αだと思っていたのは、どうやら勝手な思い込みだったようだ。

 青蝶が寝台に戻ると、瘰は外で見張りをすると言って出ていった。
 急に静かになると寂しい気持ちになる。ついこの間までは一人の時間が好きだったのに……。
 人の感情は勝手なもんだと、つくづく思う。

 飛龍は仕事が終わるまでは来れないだろうから、夜遅くまでは会えそうにない。
 さっき会ったばかりなのに、もう会いたくなっている。

「───殿下に会いたい」
 吐き出した言葉は、呆気なく空気に溶けて消えた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

処理中です...