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其の拾陸
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自然と口元が緩んでしまう。憧れでしかなかった飛龍が、自分に会いに来てくれる。
これは現実か。もしも夢ならば、どこからが夢なのかと考えるが、全て夢のような現実なのだった。飛龍から青蝶を探していたなどと言われれば、今まで苦しんできたこの病気さえ、愛おしくなってしまう。
これが飛龍から体液をもらうための口実になる……。いや、そんなことは口が裂けても言えないが、必然的に飛龍がいないと生きられないなんて、なんだか贅沢な気もする。
「失礼致します。青蝶様、お食事をお持ちいたしました」
「え? 食事なんて頂いてもいいんですか!?」
仕事も休んでいるのに食事なんて……。おんぼろ殿舎にいた頃では考えられない。
瘰に礼を言うと、青蝶は粥を少しずつ食べ始める。
温かさが身に沁みる。テーブルに敷き詰められたご飯を全て平らげたいくらいの気持ちであるが、胸がいっぱいで少し食べると満たされてしまった。
「瘰さんは食べないのですか?」
「私は後ほど……」
「あの……よければ一緒に食べません?」
「それは許されないことくらい、ご存知でしょう?」
「そうですけど……せっかく一緒にいるのに、自分だけ食べるのも寂しいので……」
「明日は殿下が同席できるか、確認しておきます」
「そんな! 殿下は、お忙しいでしょうし……」
一緒にご飯を食べたいだなんて、我儘が許されるはずがない。困らせたくもない。
それに飛龍に見られながら食べるなど、恥ずかしくて食べ物が喉を通らないだろう。
考えただけで羞恥心が溢れてしまう。そんな慌てた様子の青蝶を見て、瘰は僅かに口角を上げた。
「殿下が青蝶様をお気に召す理由が、分かる気がします」
今の自分のどこにそんな要素があったのかと、尋ねたい。本当はもっと威厳を持ちたいのだが、青蝶は生憎、そんな図太い神経は持ち合わせていなかった。
「自分では分かりません。本当に僕が運命の番なのかも、今だに確証が持てません」
「そこは、もっと自信をお持ちください。私は長年、殿下に従えておりますが、こんなに楽しそうな殿下は初めてお目にかかります」
「殿下が、楽しそう……?」
「左様でございます。青蝶様と出逢われてからですよ。あのように優しく笑われるのは」
「そう、なんですね……」
ずっと側近として仕えている瘰が言えば説得力がある。
飛龍を信用してないわけではないが、青蝶は本来ならば、誰の目にも触れることなく終わる予定の人生だった。そんな自分を見つけ出してくれたのが、嬉しいような申し訳ないような……なんとも複雑な気持ちになってしまう。
しかし、飛龍が青蝶のことをどこまで調べているかは分からない。
売春をして薬代を稼いでいたとは知られたくないが、それも口には出さないだけで知っている可能性の方が高い。それでも睡蓮殿に迎え入れてくれたのは、飛龍の優しさなのだろう。
そういえば、暁明は元気にしているだろうか。突然消えた青蝶を探しているかもしれない。飛龍や瘰は、医務室からではなく外から直接あの殿舎へ来ていた。
青蝶の病状からして、暁明の世話になっているとは安易に繋がるが、治療以外での繋がりがあるとまでは知らないはずだ。ここまで面倒をみてもらっていたにも関わらず、お礼も言えずに出てきてしまった。せめて暁明には現状を話して安心してもらいたい。
もっと体調が良くなった時に会いに行けるか尋ねてみようと思った。
食事の後は再び横になっていた。折角準備してくれている機織り機に触りたい気持ちもあるが、連日の疲労の上、発情期で長時間身体を起こしているのさえ辛い。
そういえば、発情期の自分と一緒に過ごせる瘰はβだろうかと、フッと考えた。
もし瘰がαなら、飛龍が護身目的で瘰を睡蓮殿に置かないだろう。身分の高い人は全員αだと思っていたのは、どうやら勝手な思い込みだったようだ。
青蝶が寝台に戻ると、瘰は外で見張りをすると言って出ていった。
急に静かになると寂しい気持ちになる。ついこの間までは一人の時間が好きだったのに……。
人の感情は勝手なもんだと、つくづく思う。
飛龍は仕事が終わるまでは来れないだろうから、夜遅くまでは会えそうにない。
さっき会ったばかりなのに、もう会いたくなっている。
「───殿下に会いたい」
吐き出した言葉は、呆気なく空気に溶けて消えた。
これは現実か。もしも夢ならば、どこからが夢なのかと考えるが、全て夢のような現実なのだった。飛龍から青蝶を探していたなどと言われれば、今まで苦しんできたこの病気さえ、愛おしくなってしまう。
これが飛龍から体液をもらうための口実になる……。いや、そんなことは口が裂けても言えないが、必然的に飛龍がいないと生きられないなんて、なんだか贅沢な気もする。
「失礼致します。青蝶様、お食事をお持ちいたしました」
「え? 食事なんて頂いてもいいんですか!?」
仕事も休んでいるのに食事なんて……。おんぼろ殿舎にいた頃では考えられない。
瘰に礼を言うと、青蝶は粥を少しずつ食べ始める。
温かさが身に沁みる。テーブルに敷き詰められたご飯を全て平らげたいくらいの気持ちであるが、胸がいっぱいで少し食べると満たされてしまった。
「瘰さんは食べないのですか?」
「私は後ほど……」
「あの……よければ一緒に食べません?」
「それは許されないことくらい、ご存知でしょう?」
「そうですけど……せっかく一緒にいるのに、自分だけ食べるのも寂しいので……」
「明日は殿下が同席できるか、確認しておきます」
「そんな! 殿下は、お忙しいでしょうし……」
一緒にご飯を食べたいだなんて、我儘が許されるはずがない。困らせたくもない。
それに飛龍に見られながら食べるなど、恥ずかしくて食べ物が喉を通らないだろう。
考えただけで羞恥心が溢れてしまう。そんな慌てた様子の青蝶を見て、瘰は僅かに口角を上げた。
「殿下が青蝶様をお気に召す理由が、分かる気がします」
今の自分のどこにそんな要素があったのかと、尋ねたい。本当はもっと威厳を持ちたいのだが、青蝶は生憎、そんな図太い神経は持ち合わせていなかった。
「自分では分かりません。本当に僕が運命の番なのかも、今だに確証が持てません」
「そこは、もっと自信をお持ちください。私は長年、殿下に従えておりますが、こんなに楽しそうな殿下は初めてお目にかかります」
「殿下が、楽しそう……?」
「左様でございます。青蝶様と出逢われてからですよ。あのように優しく笑われるのは」
「そう、なんですね……」
ずっと側近として仕えている瘰が言えば説得力がある。
飛龍を信用してないわけではないが、青蝶は本来ならば、誰の目にも触れることなく終わる予定の人生だった。そんな自分を見つけ出してくれたのが、嬉しいような申し訳ないような……なんとも複雑な気持ちになってしまう。
しかし、飛龍が青蝶のことをどこまで調べているかは分からない。
売春をして薬代を稼いでいたとは知られたくないが、それも口には出さないだけで知っている可能性の方が高い。それでも睡蓮殿に迎え入れてくれたのは、飛龍の優しさなのだろう。
そういえば、暁明は元気にしているだろうか。突然消えた青蝶を探しているかもしれない。飛龍や瘰は、医務室からではなく外から直接あの殿舎へ来ていた。
青蝶の病状からして、暁明の世話になっているとは安易に繋がるが、治療以外での繋がりがあるとまでは知らないはずだ。ここまで面倒をみてもらっていたにも関わらず、お礼も言えずに出てきてしまった。せめて暁明には現状を話して安心してもらいたい。
もっと体調が良くなった時に会いに行けるか尋ねてみようと思った。
食事の後は再び横になっていた。折角準備してくれている機織り機に触りたい気持ちもあるが、連日の疲労の上、発情期で長時間身体を起こしているのさえ辛い。
そういえば、発情期の自分と一緒に過ごせる瘰はβだろうかと、フッと考えた。
もし瘰がαなら、飛龍が護身目的で瘰を睡蓮殿に置かないだろう。身分の高い人は全員αだと思っていたのは、どうやら勝手な思い込みだったようだ。
青蝶が寝台に戻ると、瘰は外で見張りをすると言って出ていった。
急に静かになると寂しい気持ちになる。ついこの間までは一人の時間が好きだったのに……。
人の感情は勝手なもんだと、つくづく思う。
飛龍は仕事が終わるまでは来れないだろうから、夜遅くまでは会えそうにない。
さっき会ったばかりなのに、もう会いたくなっている。
「───殿下に会いたい」
吐き出した言葉は、呆気なく空気に溶けて消えた。
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