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其の拾参
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この体温は知っている。こんなに優しく、そして力強く青蝶を抱きしめるのは一人しかいない。
「殿下……」
「青蝶を迎えに来る準備に、三ヶ月もかかってしまった。この間に、青蝶の病状がこんなにも進んでいるなんて……」
飛龍の手が震えている。青蝶は、飛龍はもう自分のことなど見捨てたと思っていた。
これほどまでに心配をしてくれているなど、思ってもいない。今、飛龍はどんな表情をしているだろうか。
もし飛龍をハッキリと見ることができれば、きっと自分は泣き崩れたに違いない。
離れていた三ヶ月、青蝶がしていたことは、生きるための男娼まがいな副業が主だった。そんな自分が飛龍に甘えてはいけない。
「殿下、こんな所に来てはなりません」
「青蝶は私に会いたくはなかったか?」
「そんなハズはありません!! でも、僕は殿下に会う資格などないのです。きっと僕の秘密を知れば、殿下は僕を軽蔑するでしょう」
「私が青蝶を軽蔑する日など、来るわけがない」
飛龍の腕から逃れようとした青蝶だったが、飛龍はそれを阻止した。
「今すぐ、一緒に来たまえ」
「どこへですか?」
「睡蓮殿だ。あそこが青蝶の住まいだと言っただろう。仕事を気にしていたから、最高級の道具を取り揃えていたのだ」
飛龍は全て揃ってから青蝶に見せようと思っていたらしい。
「それと、百花瘴気についても調べた」
飛龍は青蝶を抱きしめたまま言う。自分の膝に青蝶を座らせ、髪を撫で、頬を寄せた。
「この病気は治りません。殿下がお気付きの通り、僕はもう視力の殆どを失っております。身体の華はもう上肢いっぱいに広がり、着物で隠せるのも時間の問題になってきています」
この三ヶ月で、青蝶は随分と痩せた。顔の痣も、前にも増して範囲を広げている。
副業の時は、暁明が化粧をしてくれるようになっていた。化け物のような顔では客足が遠のいてしまう。客が青蝶を買ってくれなければ、薬が買えない。
どんなに飛龍が青蝶を見つめようと、今の青蝶とは視線すら絡むことはない。
「もっと早く、病気を知っていれば……」
祭祀での舞を見るだけでは、とても難病に侵されているなど気付きもしない。それほど青蝶の舞は素晴らしかった。
「でも、大丈夫だ。其方の病気は治る」
「どういうことですか? 薬で発情を抑えても、この病気は進行しております。最近では、体力がどんどん奪われているのも自覚しているのです。一人では長時間立ってさえいられません」
「青蝶、私を信じて付いてきて欲しい。其方の未来を、預けてくれないか?」
「殿下はなぜそこまで僕を慕ってくれるのですか? Ωでも、もっと位の高い人は沢山います」
後宮には、より良い子供を産むため、名家の出であるΩを囲っているのは青蝶も知っている。
そういうΩばかりを住まわせている殿舎があるくらいだ。
薬の管理をしている暁明が話していたから、間違いないだろう。それなのに、飛龍はなぜその中から側室を選ばないのだろうか。
前から疑問に思っていたことを尋ねてみた。
「それは睡蓮殿に移動してから話そう。こんな所にいつまでも青蝶を置いておきたくない」
飛龍は青蝶の返事も待たずに、そのまま睡蓮殿へと向かった。
外はもう真っ暗だ。ここで降りるわけにもいかず、青蝶は大人しく飛龍に抱かれたまま従う。
睡蓮殿に入ると、本来ならば青蝶が仕事をするために誂えた立派な機織り機が鎮座している。しかし飛龍はそれを無視して寝台へと青蝶を寝かせた。
「すぐに湯浴みの準備をさせる。疲れを取るといい」
「でも僕は一人では……」
「それは私も一緒に入ってもいいと言っているのかな?」
青蝶は頬を染めながらも頷いた。自分にできるお礼など、これしか思い浮かばない。
「急に積極的になるなんて、どういう風の吹き回しだ。でも喜んでお供しよう」
湯浴みの準備が整うと、飛龍は躊躇いもなく衣類を全て脱いだ。そうして青蝶に手をかける。
「自分で脱げます」
「私がやりたいのだ。我儘を聞いてくれないか」
青蝶は飛龍に自分の身体を見られるのは恥ずかしかった。以前に増して痩せてしまった身体は、どこもかも骨張っていて、飛龍のような逞しさのカケラもない。
男なのに、この体格差は羞恥でしかないのだ。
しかし飛龍はあっという間に青蝶を裸にさせた。
「発情期じゃないときは、華は出ないと思っていたが」
「出ていますか?」
「ああ、薄くだがな」
「じゃあ、また病状が悪化したのかもしれません」
今となっては、少しくらい病状が悪化しても動揺はしなくなっていた。
むしろ飛龍の方が、動揺しているように感じる。
二人でお湯に浸かると、肌がダイレクトに密着した。
青蝶の後ろから抱きしめるように飛龍がいる。これではお礼ができない。青蝶は向きを変えようと試みた。
「この体勢は嫌いか、それとも照れているのか?」
「いえ、こんなにもしてくださった殿下にお礼がしたいのです」
「礼など、私の方がしたいくらいだ。喜んでくれているのなら、これを受け取ってくれないか?」
飛龍は言うや否や、青蝶に口付けた。前に一度されたような、触れるだけのものではない。
いきなり青蝶の口腔に舌を這わせたのだ。
「殿下……」
「青蝶を迎えに来る準備に、三ヶ月もかかってしまった。この間に、青蝶の病状がこんなにも進んでいるなんて……」
飛龍の手が震えている。青蝶は、飛龍はもう自分のことなど見捨てたと思っていた。
これほどまでに心配をしてくれているなど、思ってもいない。今、飛龍はどんな表情をしているだろうか。
もし飛龍をハッキリと見ることができれば、きっと自分は泣き崩れたに違いない。
離れていた三ヶ月、青蝶がしていたことは、生きるための男娼まがいな副業が主だった。そんな自分が飛龍に甘えてはいけない。
「殿下、こんな所に来てはなりません」
「青蝶は私に会いたくはなかったか?」
「そんなハズはありません!! でも、僕は殿下に会う資格などないのです。きっと僕の秘密を知れば、殿下は僕を軽蔑するでしょう」
「私が青蝶を軽蔑する日など、来るわけがない」
飛龍の腕から逃れようとした青蝶だったが、飛龍はそれを阻止した。
「今すぐ、一緒に来たまえ」
「どこへですか?」
「睡蓮殿だ。あそこが青蝶の住まいだと言っただろう。仕事を気にしていたから、最高級の道具を取り揃えていたのだ」
飛龍は全て揃ってから青蝶に見せようと思っていたらしい。
「それと、百花瘴気についても調べた」
飛龍は青蝶を抱きしめたまま言う。自分の膝に青蝶を座らせ、髪を撫で、頬を寄せた。
「この病気は治りません。殿下がお気付きの通り、僕はもう視力の殆どを失っております。身体の華はもう上肢いっぱいに広がり、着物で隠せるのも時間の問題になってきています」
この三ヶ月で、青蝶は随分と痩せた。顔の痣も、前にも増して範囲を広げている。
副業の時は、暁明が化粧をしてくれるようになっていた。化け物のような顔では客足が遠のいてしまう。客が青蝶を買ってくれなければ、薬が買えない。
どんなに飛龍が青蝶を見つめようと、今の青蝶とは視線すら絡むことはない。
「もっと早く、病気を知っていれば……」
祭祀での舞を見るだけでは、とても難病に侵されているなど気付きもしない。それほど青蝶の舞は素晴らしかった。
「でも、大丈夫だ。其方の病気は治る」
「どういうことですか? 薬で発情を抑えても、この病気は進行しております。最近では、体力がどんどん奪われているのも自覚しているのです。一人では長時間立ってさえいられません」
「青蝶、私を信じて付いてきて欲しい。其方の未来を、預けてくれないか?」
「殿下はなぜそこまで僕を慕ってくれるのですか? Ωでも、もっと位の高い人は沢山います」
後宮には、より良い子供を産むため、名家の出であるΩを囲っているのは青蝶も知っている。
そういうΩばかりを住まわせている殿舎があるくらいだ。
薬の管理をしている暁明が話していたから、間違いないだろう。それなのに、飛龍はなぜその中から側室を選ばないのだろうか。
前から疑問に思っていたことを尋ねてみた。
「それは睡蓮殿に移動してから話そう。こんな所にいつまでも青蝶を置いておきたくない」
飛龍は青蝶の返事も待たずに、そのまま睡蓮殿へと向かった。
外はもう真っ暗だ。ここで降りるわけにもいかず、青蝶は大人しく飛龍に抱かれたまま従う。
睡蓮殿に入ると、本来ならば青蝶が仕事をするために誂えた立派な機織り機が鎮座している。しかし飛龍はそれを無視して寝台へと青蝶を寝かせた。
「すぐに湯浴みの準備をさせる。疲れを取るといい」
「でも僕は一人では……」
「それは私も一緒に入ってもいいと言っているのかな?」
青蝶は頬を染めながらも頷いた。自分にできるお礼など、これしか思い浮かばない。
「急に積極的になるなんて、どういう風の吹き回しだ。でも喜んでお供しよう」
湯浴みの準備が整うと、飛龍は躊躇いもなく衣類を全て脱いだ。そうして青蝶に手をかける。
「自分で脱げます」
「私がやりたいのだ。我儘を聞いてくれないか」
青蝶は飛龍に自分の身体を見られるのは恥ずかしかった。以前に増して痩せてしまった身体は、どこもかも骨張っていて、飛龍のような逞しさのカケラもない。
男なのに、この体格差は羞恥でしかないのだ。
しかし飛龍はあっという間に青蝶を裸にさせた。
「発情期じゃないときは、華は出ないと思っていたが」
「出ていますか?」
「ああ、薄くだがな」
「じゃあ、また病状が悪化したのかもしれません」
今となっては、少しくらい病状が悪化しても動揺はしなくなっていた。
むしろ飛龍の方が、動揺しているように感じる。
二人でお湯に浸かると、肌がダイレクトに密着した。
青蝶の後ろから抱きしめるように飛龍がいる。これではお礼ができない。青蝶は向きを変えようと試みた。
「この体勢は嫌いか、それとも照れているのか?」
「いえ、こんなにもしてくださった殿下にお礼がしたいのです」
「礼など、私の方がしたいくらいだ。喜んでくれているのなら、これを受け取ってくれないか?」
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