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其の漆

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「今は一人で出ない方が良いのではないのか? 其方、発情期だな?」
 飛龍ヒェイロンの言葉に、青蝶は瞠目とした。
 薬が切れているはずはない。自分が熱っぽく息切れしているのは、突然踊ったからだ。そう思いたかった。しかし……。

 飛龍は青蝶の首筋に鼻を擦り寄せ、「甘い」と囁いた。
「あっ……」
 艶っぽい声が漏れる。自分からは間違いなくフェロモンが出ているのだろう。自分が男だと認めたにも関わらず、飛龍が引き止めるのは、きっとΩのフェロモンに当てられているからに違いない。

 今回の発情期はそれほど酷い症状ではなかった為、青蝶チンディエも油断していたのは確かだ。まさか自分が無意識に外に出ていて、それを飛龍に見つかり、さらには飛龍の部屋まで連れられて舞を披露する……誰もこんな展開は予測不可能だ。

 しかしこれでもし服を脱がされでもすれば、今度は難病のことまでバレてしまう。誰かに移るものではないとはいえ、体に華が咲き乱れ、それに精気を奪われているなど、説明したところで信じてもらえるのか。

 何事もなく自室へ戻れる可能性すら、今の青蝶には測れない。

 飛龍はだんだんとフェロモンに興奮してきたのか、今度は頸に唇を這わせた。
「あぁ、こんなに甘い香りは初めてだ」
「殿下……ぁあ、ん……おやめください……んんっ」
「ならば、この甘い香りを抑えてくれないとな」
「それは、僕にはどうにも……ふ、ぅん……」

 飛龍は優しく、そして力強く青蝶を抱きしめたまま、首筋から耳にかけて啄んでいく。
 こんな風に扱われると、勘違いしそうになってしまう。飛龍はただ自分のフェロモンに当てられているだけであり、愛情などの類の感情なんてないと言い聞かせても、大きな手に愛撫される体は歓喜に満ちている。
 もっと触ってほしい。もっと深くまで……。

 これまでも男性を相手にしてきたが、こんなにも劣情をそそられるのは初めてだ。
 皇太子故なのかは分からないが、今までのαとは違う何かを感じられずにはいられない。

 しかしこのまま抱かれてしまえば、青蝶は間違いなく妊娠してしまうだろう。そして飛龍は頸を噛まずにはいられなくなる。万が一そうなった時、青蝶はどうなってしまうだろうか。
 皇太子をフェロモンで誘惑した罪が軽いはずはない。一方的な欲望で、飛龍をたぶらかすなど許されない行為だ。
 自分にまだ理性が残っているうちにやめなければ……。

「殿下、なりません」
「まだ言うか。この部屋はもう其方のフェロモンで満ちているというのに。やっと見つけたのだ。今離せば、また会えなくなってしまう」
「僕は、ただの尚服でございます。殿下に似合う後ろ盾もございませんし、その……作法なども存じておりません」

 震える手で飛龍の腕を握っても、その力は弱々しくまるで説得力もない。

「殿下は僕のフェロモンに当てられているだけです。後悔してほしくありません」
 過ちが起こる前に、自分がどうにかしなければ……その一心で訴えたのだが、飛龍は青蝶のその言葉に苛立ちを見せた。

「私はΩのフェロモンに当てられているからこうしているのではない。青蝶、其方自身を求めているのだ。勿論、嫌がることなどしない。ただ今は、もう少しこうさせて欲しい」
「殿下……」

 そんなことを言われれば、何も言い返せない。夜明けまでには自室に帰っておかないといけない。誰かに見つかる前に。

 既に夜明けが近い。飛龍も時間がないと分かっているからこそ、離したくないのだ。それをどう青蝶に伝えれば良いのか、言葉だけの限界を感じている。この腕で抱きしめたいと、青蝶の舞を初めて見た時から夢見てきた。数年という時を経て、今やっと念願叶ったのだ。
 本当ならば、このままこの部屋に閉じ込めたいほどである。

「青蝶、もっと匂いを嗅がせてくれ」
 高い鼻が襟元から背中へと侵入する。くすぐったくて、吐息が溢れた次の瞬間、飛龍が背中の華の絵を見つけてしまった。

「この華の絵は一体……」

 青蝶はビクリと固まった。発情期中の背中には牡丹の華が咲き乱れている。見つかるかもしれないと、ついさっきまで警戒していたのに、気を抜いた瞬間見つかってしまった。

「これは……その……」
「身体中にあるのか?」
 飛龍が着物を徐に脱がせた。そこに現れたのは、背中一面に描かれた牡丹の華……。
 病気の話をするべきか……。それとも……。
 しかしもう男だともバレて、Ωともバレた。これ以上、隠し事など意味を持たない気もする。

「青蝶、これが一体何なのか説明してくれ」
「これは……その……」
 



 
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