【完結】後宮に舞うオメガは華より甘い蜜で誘う

亜沙美多郎

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其の弐

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 翡翠殿には皇、皇后、皇太子、そして沢山の賓客が集まっていた。

 冷たい石の床を裸足で歩く。たったそれだけで、青蝶チンディエは見るものを強く魅了した。
 深く礼をすると、音に合わせて薄布を翻す。
 青蝶の動きを追いかけるように髪や衣装が揺れる。
 その度に客席からは嘆美の声が上がった。

 きっと誰もが青蝶を女だと思っているだろう。その一つ一つの立ち振る舞いは繊細で、とても男らしさなど感じない。
 白い肌に、赤い紅や目元のラインが妖艶な雰囲気を醸し出している。

 会場は静まり返り、談笑する人など一人もいない。青蝶の動きを一瞬も見逃すものかと、夢中になって舞に見入った。

 そんな中、特に熱烈な視線を送る者がいた。
 琥珀色の服装。皇太子・飛龍ヒェイロンである。飛龍は祭祀の時にだけ見られるこの舞踏が、何よりの楽しみであった。
 ここにいる誰よりも、この日を楽しみにしていたと言っても過言ではない。

 しかし飛龍には悩みがあった。この踊り子の正体がどうしても掴めないのだ。後宮内外、果ては遠くの地方にまで遣いを送ったにも関わらず、住まいどころか名前さえ誰も知らないと言うではないか。

 飛龍は内心、苛立っていた。目の前で優美に舞うこの美しい人が、自分の“運命の番”だと確信している。
 飛龍は青蝶の頭の先から足の先にまで視線を絡ませた。
 “運命の番”とは、幼児が駄々をこねて欲しがっているのとは訳が違う。その確信は最早、一種の執着のようなものでもあった。
 早く見つけ出さなければ、他の者に取られるのではないか……と、焦りは日々募るばかり。

 飛龍は、今日こそこの踊り子に声を掛けようと意気込んでいた。

 しかし、舞踏が終わったからといってすぐに席を外すわけにもいかない。今日は特に外交をもてなすための祭祀である。皇太子が任務の途中で姿を消すなど言語道断だ。
 早くこの場から抜け出して追いかけなければ、また見失ってしまう。

 舞を終え、床に頭を伏せると、踊り子は翡翠殿を後にした。
 飛龍は踊り子がどの方向に行ったかだけは、しっかりと見届けた。

「飛龍、私たちは後宮の案内に出る。また食事の席で……」
「畏まりました」
 運よく自分は付き添わなくても良いと知り、またとないチャンスを掴んだ。
 賓客たちを見送ると、一旦自室へと戻り、目立たない服に着替えた。そして急いで踊り子の帰って行った方へと足を運ぶ。

 人が多すぎて見つけるのは大変だが、あの朱色に牡丹の華が入った衣装は早々見ない。そもそも、衣装が変われど顔さえ見れば見つけ出せる自信があった。
 そのくらい、あの踊り子を想ってこれまでの歳月を過ごしてきた。

「すまないが、朱色の衣装を着た踊り子を見なかったか?」
「その方でしたら、ずっと向こうの方まで真っ直ぐに行かれました」
「そうか、ありがとう」
 何度か通りすがりの者に尋ねながら後を追う。
 しかしどう言う訳か、途中で必ず情報が途絶える。行き過ぎたか? と思って少し戻ってみても、一定の場所を過ぎた頃にはまた情報が途絶える。

「妙だな……」
 飛龍はだんだんと不信に思ってきた。
 もう何時間もこうして探しているのに、一向にあの踊り子に近づけない。まるで誰かに操られているような気分になってくる。誰も自分に近づけないように。

 だが、それをする必要性が思い当たらない。裏で何か行っているのか? まさかスパイではあるまいか? 色々な憶測が浮かんでは消える。
 遂に踊り子を見つけ出せないまま、皇との約束の時間になってしまった。

「なぜ、これだけの人がいるにも関わらず、あんな派手な衣装を着た美女を見ていないのか」
 広い後宮とは言え、ここまで見つからないものか。
 後宮中央へと向かいながらも辺りを見渡す。自分の視界の中に入れば、例え後ろ姿であろうが服を着替えていようが、見つけ出す自信はある。
 
 宮女にあんなにもふわりと舞う蝶のように歩くものはいない。柔い髪質、華奢な肩。
 そんな人はあの踊り子だけだ。

 その後の飛龍はまるで集中していなかった。
 頭の片隅からずっとあの踊り子が離れない。なぜか今日中に見つけ出さなければいけないような感覚が、虫の知らせのように消えてくれない。

(必ずや、見つけ出してみせるぞ。私から逃げ切れると思うなよ)
 鬼ごっこでもしている気持ちだ。『捕まえられるものなら、捕まえてみろ』と挑発されているようだ。
 飛龍は妙に楽しくなってきた。本当に蝶が化けていたなら笑い話だ。

 見つけた時は、自分の為だけに舞を披露してもらおう。そして、大切なのは第二次性だ。
 これでΩでなければ、いよいよ皇妃は見つからないと断言していい状況になる。
 しかし飛龍は強気な姿勢を崩さなかった。見つけさえすれば自分を思いのまま受け入れてくれるだろうと、この時は思っていた。
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