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フォーリア18歳、アシェル28歳 ー秘密のハーブガーデンー
幸せの準備 ーside フォーリア
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ようやく自宅に帰れてホッとした。タリスさんの問題も解決し、これで後は私とアシェルさんが番になるだけだ。本当ならとっくにアシェルさんの発情期は来ているはずだった。でもタリスさんに飲まされた発情誘発剤の所為で周期が乱れてしまったようだ。
あんな事件さえなければ私とアシェルさんは番になれていたのに……そう思うと悔しさは否めない。
私はあの日、我を失い獣の血が勝ってしまったが、病院の検査では特に問題も見つからなかった。中には獣の血が勝るのが癖になってしまう人がいたり、脳に後遺症が残る人もいるそうだ。約一週間の入院中は血液中の血小板を抜き取り赤血球を戻す、そして合間で点滴を打つという治療が繰り返し行われた。
ベッドからほとんど動けなかったので退屈ではあったが、アシェルさんと四六時中一緒にいられたのは嬉しかった。オリビアさんも私の二日後には退院して直ぐに仕事に復帰すると聞いた。私も負けては居られない。明日からはまたハーブの手入れや配達を頑張らないと!
「そういえば、フォーリア。ヒースマロウ村に病院はないのか?」
アシェルさんが何気に訊ねる。まだ村の案内を全て出来ているわけではなかったから紹介していなかった。
「村には診療所があります。明日にでも行きましょう。ダンテさんも喜びますよ」
私たちは魔女の庭にある小屋で過ごすのが当たり前になっている。アシェルさんがとても気に入っているので、ティータイムもここでするのが定番だ。
村に帰る前にイアソンさんが新しいティーカップをプレゼントしてくれた。私とアシェルさん、そして母様の分も。イアソンさんは魔女の庭を知らないのに、まるで我が家のハーブ園を彷彿させるような色とりどりの花が散りばめられたデザインのティーカップをくれた。母様も私もこのティーカップが大層気に入っている。今日はこのティーカップでバタフライピーを飲むことにした。
「綺麗なブルーだ」
「少し待っててくださいね」
ハーブ園からレモンを一つ採ってきた。それをくし切りにし、少し絞って汁を加える。すると、ブルーだったハーブティーがピンク色に変わる。
「わっ! 凄い!! フォーリアは魔法が使えるのか? それともこれも魔女の庭ならではの現象なのか?」
「あはは、どちらも違いますよ。バタフライピーのアントシアニンがレモンの酸性に反応しているんです」
「そうなのか。とても不思議だ」
これまでの疲れなど吹き飛んだかのように目を輝かせた。その表情は無邪気な子供のようである。なんという愛らしさなのか。
ヒースマロウ村にきてからアシェルさんは随分振る舞いが柔らかくなったように感じる。これは嫌味でもなんでもなく、以前は毅然とした態度を取ることが多かったが、村に来てからは徐々に自然体でいる時間が増えていっている。私はそれが密かに嬉しい。
「アシェルさんが喜んでくれて嬉しいです」
「俺も何かフォーリアが喜ぶことをしたいのだが……何か要望はないのか?」
要望は……ずっと隣に居てください……くらいしか思い浮かばない。が、きっとそれでは納得してくれないように思って改めた。
「ではアシェルさんからキスをしてください」
思わず赤面するアシェルさんが可愛い。キスなら入院中もたくさんしたのに……。頬を赤らめながらもキスをしてくれた。
「こ……こんなことでいいのか?」
「今はこれで満足です。一番望んでいるのはもう少ししてからですよ」
本音を言うと今直ぐにでも抱きたい。でも流石にあんな事件があった直後に体を重ねるのは不誠実だと思う。だからやはりアシェルさんの発情期までは待つと心に決めた。だから、なるべく早く発情期が来てほしいと願わずには居られないのだ。
次の日は午後からダンテさんの診療所へ出向いた。診療所は古びた外観になっていた。そして久しぶりに会ったダンテさんは少し小さくなったように感じた。黒々としていた髪には白髪が沢山混じっている。私が子供の頃からいい歳だったから……今は何歳なのだろう。
「久しぶりだね、フォーリア」
「ダンテさんお久しぶりです。実は紹介したい人が出来たんですよ」
ダンテさんはアシェルさんを見るなり、大きく息を吐いた。
「まさか、こんなところで銀狼様に会えるなんて」
ダンテさんが手を合わせてアシェルさんを讃えた。
「今日フォーリアに会えてよかった。実はね、そろそろこの診療所を辞めようと思っていたんだ」
「ここを辞める? そんな! 村のみんなが困ります!」
村で唯一の診療所が無くなるなんて……。
「でもねぇ、こんな年寄りでは満足な治療も診察も出来ない。それをメイポップさんに相談すると、孤児院に部屋が余っているからそこで住まないか?と誘ってくれたんだよ。残りの人生を穏やかに過ごすのも良いと思ってね。有り難く、住まいを孤児院に移そうと思っているんだ」
ダンテさんの言うことは理解出来た。そりゃ村の老人は皆のんびりと余生を楽しんでいる。ダンテさんだって、きっとそのくらいの歳になるのだろう。ただ、村の診療所が無くなるのはやはり不安だ。
「ダンテさん、ここの後継者は居ないのですか?」
「残念ながら、ワシには子供も居ないんだ。街の病院までは遠いが……仕方ないねぇ」
「そんな……」
いつかはこの日が来ると、頭のどこかでは分かっていたはずなのに……。村にどうにか診療所を残す術はないのか……。今更になって考えても直ぐに解決なんて出来るはずもない。
その時、黙って話を聞いていたアシェルさんが口を開いた。
「あの……もしよろしければ俺がこの診療所を引き継ぎましょうか?」
ダンテさんと二人でアシェルさんの顔を見入ってしまった。そうだ、適任者がここにいるじゃないか!!
「そうです!! ダンテさん、アシェルさんは医師なんですよ!」
「銀狼で医師? もしや……貴方様はローウェル様の一族ですか?」
ダンテさんが恐縮してしまっている。どうにかリラックスしてくれないだろうか。
「今はそうですが、俺はもうすぐローウェルからマティアスになります」
ダンテさんにニッコリと微笑んだ。
「ローウェル様に診療所を引き継いでもらえるなんて、夢のようだよ。ただここは建物も古い。ここを建て直すより、もっとフォーリアの家の近くに建てたらどうだい?」
「いえ、ここを建て直します。そして弟が後継になったローウェル病院と提携しましょう。そうすればより良い治療も受けられる。オメガ専用病棟が出来たのもタイミングが良かった」
それから、あれよあれよと言う間にアシェルさんの診療所の引き継ぎが行われた。私は嬉しいが、アシェルさんは自分で申し出たといえ、戸惑いはないのだろうか。
「実は村に引っ越してからの仕事をどうしようかと悩んでいたんだ。ダンテさんに任せてもらえるなんて、俺の方が嬉しいよ!」
村の医師がアシェルさんなんてなんだか贅沢な気持ちにもなるが、これで診療所が無くならないで済むし、ダンテさんにも心置きなくヴァルプルギス孤児院に移ってもらえる。
ダンテさんとの話し合いから一ヶ月も経つ頃には、建物の建て替えに取り掛かった。半年も経てば新しい診療所がここに建つ。それだけではない、ローウェル病院と提携したことで、緊急時に搬送してもらえるようになるのだ。これにより、村へ続く森の道も馬車が通れるように補正されることとなった。
話がまとまってからの行動力は流石のものだと感心した。それに医師を続けられると決まってからのアシェルさんはとてもイキイキとしている。こんなに喜ばしいことはない。
激動の日々を送ってきたからこそ、村に来てからは思い切り羽を伸ばして欲しいと願っていた。
「アシェルさん、あまり頑張りすぎないでくださいね。体調が心配ですから」
「分かっている。フォーリアが見張ってくれているんだ。夢中になりすぎていたら止めてくれ」
「アシェルさんが診療所を引き継いてくれるのは本当に嬉しいです。でもその前に……」
アシェルさんの耳元で囁いた。
「甘い香りが強くなってきましたね」
ついに、アシェルさんの発情期が始まったようだ。
あんな事件さえなければ私とアシェルさんは番になれていたのに……そう思うと悔しさは否めない。
私はあの日、我を失い獣の血が勝ってしまったが、病院の検査では特に問題も見つからなかった。中には獣の血が勝るのが癖になってしまう人がいたり、脳に後遺症が残る人もいるそうだ。約一週間の入院中は血液中の血小板を抜き取り赤血球を戻す、そして合間で点滴を打つという治療が繰り返し行われた。
ベッドからほとんど動けなかったので退屈ではあったが、アシェルさんと四六時中一緒にいられたのは嬉しかった。オリビアさんも私の二日後には退院して直ぐに仕事に復帰すると聞いた。私も負けては居られない。明日からはまたハーブの手入れや配達を頑張らないと!
「そういえば、フォーリア。ヒースマロウ村に病院はないのか?」
アシェルさんが何気に訊ねる。まだ村の案内を全て出来ているわけではなかったから紹介していなかった。
「村には診療所があります。明日にでも行きましょう。ダンテさんも喜びますよ」
私たちは魔女の庭にある小屋で過ごすのが当たり前になっている。アシェルさんがとても気に入っているので、ティータイムもここでするのが定番だ。
村に帰る前にイアソンさんが新しいティーカップをプレゼントしてくれた。私とアシェルさん、そして母様の分も。イアソンさんは魔女の庭を知らないのに、まるで我が家のハーブ園を彷彿させるような色とりどりの花が散りばめられたデザインのティーカップをくれた。母様も私もこのティーカップが大層気に入っている。今日はこのティーカップでバタフライピーを飲むことにした。
「綺麗なブルーだ」
「少し待っててくださいね」
ハーブ園からレモンを一つ採ってきた。それをくし切りにし、少し絞って汁を加える。すると、ブルーだったハーブティーがピンク色に変わる。
「わっ! 凄い!! フォーリアは魔法が使えるのか? それともこれも魔女の庭ならではの現象なのか?」
「あはは、どちらも違いますよ。バタフライピーのアントシアニンがレモンの酸性に反応しているんです」
「そうなのか。とても不思議だ」
これまでの疲れなど吹き飛んだかのように目を輝かせた。その表情は無邪気な子供のようである。なんという愛らしさなのか。
ヒースマロウ村にきてからアシェルさんは随分振る舞いが柔らかくなったように感じる。これは嫌味でもなんでもなく、以前は毅然とした態度を取ることが多かったが、村に来てからは徐々に自然体でいる時間が増えていっている。私はそれが密かに嬉しい。
「アシェルさんが喜んでくれて嬉しいです」
「俺も何かフォーリアが喜ぶことをしたいのだが……何か要望はないのか?」
要望は……ずっと隣に居てください……くらいしか思い浮かばない。が、きっとそれでは納得してくれないように思って改めた。
「ではアシェルさんからキスをしてください」
思わず赤面するアシェルさんが可愛い。キスなら入院中もたくさんしたのに……。頬を赤らめながらもキスをしてくれた。
「こ……こんなことでいいのか?」
「今はこれで満足です。一番望んでいるのはもう少ししてからですよ」
本音を言うと今直ぐにでも抱きたい。でも流石にあんな事件があった直後に体を重ねるのは不誠実だと思う。だからやはりアシェルさんの発情期までは待つと心に決めた。だから、なるべく早く発情期が来てほしいと願わずには居られないのだ。
次の日は午後からダンテさんの診療所へ出向いた。診療所は古びた外観になっていた。そして久しぶりに会ったダンテさんは少し小さくなったように感じた。黒々としていた髪には白髪が沢山混じっている。私が子供の頃からいい歳だったから……今は何歳なのだろう。
「久しぶりだね、フォーリア」
「ダンテさんお久しぶりです。実は紹介したい人が出来たんですよ」
ダンテさんはアシェルさんを見るなり、大きく息を吐いた。
「まさか、こんなところで銀狼様に会えるなんて」
ダンテさんが手を合わせてアシェルさんを讃えた。
「今日フォーリアに会えてよかった。実はね、そろそろこの診療所を辞めようと思っていたんだ」
「ここを辞める? そんな! 村のみんなが困ります!」
村で唯一の診療所が無くなるなんて……。
「でもねぇ、こんな年寄りでは満足な治療も診察も出来ない。それをメイポップさんに相談すると、孤児院に部屋が余っているからそこで住まないか?と誘ってくれたんだよ。残りの人生を穏やかに過ごすのも良いと思ってね。有り難く、住まいを孤児院に移そうと思っているんだ」
ダンテさんの言うことは理解出来た。そりゃ村の老人は皆のんびりと余生を楽しんでいる。ダンテさんだって、きっとそのくらいの歳になるのだろう。ただ、村の診療所が無くなるのはやはり不安だ。
「ダンテさん、ここの後継者は居ないのですか?」
「残念ながら、ワシには子供も居ないんだ。街の病院までは遠いが……仕方ないねぇ」
「そんな……」
いつかはこの日が来ると、頭のどこかでは分かっていたはずなのに……。村にどうにか診療所を残す術はないのか……。今更になって考えても直ぐに解決なんて出来るはずもない。
その時、黙って話を聞いていたアシェルさんが口を開いた。
「あの……もしよろしければ俺がこの診療所を引き継ぎましょうか?」
ダンテさんと二人でアシェルさんの顔を見入ってしまった。そうだ、適任者がここにいるじゃないか!!
「そうです!! ダンテさん、アシェルさんは医師なんですよ!」
「銀狼で医師? もしや……貴方様はローウェル様の一族ですか?」
ダンテさんが恐縮してしまっている。どうにかリラックスしてくれないだろうか。
「今はそうですが、俺はもうすぐローウェルからマティアスになります」
ダンテさんにニッコリと微笑んだ。
「ローウェル様に診療所を引き継いでもらえるなんて、夢のようだよ。ただここは建物も古い。ここを建て直すより、もっとフォーリアの家の近くに建てたらどうだい?」
「いえ、ここを建て直します。そして弟が後継になったローウェル病院と提携しましょう。そうすればより良い治療も受けられる。オメガ専用病棟が出来たのもタイミングが良かった」
それから、あれよあれよと言う間にアシェルさんの診療所の引き継ぎが行われた。私は嬉しいが、アシェルさんは自分で申し出たといえ、戸惑いはないのだろうか。
「実は村に引っ越してからの仕事をどうしようかと悩んでいたんだ。ダンテさんに任せてもらえるなんて、俺の方が嬉しいよ!」
村の医師がアシェルさんなんてなんだか贅沢な気持ちにもなるが、これで診療所が無くならないで済むし、ダンテさんにも心置きなくヴァルプルギス孤児院に移ってもらえる。
ダンテさんとの話し合いから一ヶ月も経つ頃には、建物の建て替えに取り掛かった。半年も経てば新しい診療所がここに建つ。それだけではない、ローウェル病院と提携したことで、緊急時に搬送してもらえるようになるのだ。これにより、村へ続く森の道も馬車が通れるように補正されることとなった。
話がまとまってからの行動力は流石のものだと感心した。それに医師を続けられると決まってからのアシェルさんはとてもイキイキとしている。こんなに喜ばしいことはない。
激動の日々を送ってきたからこそ、村に来てからは思い切り羽を伸ばして欲しいと願っていた。
「アシェルさん、あまり頑張りすぎないでくださいね。体調が心配ですから」
「分かっている。フォーリアが見張ってくれているんだ。夢中になりすぎていたら止めてくれ」
「アシェルさんが診療所を引き継いてくれるのは本当に嬉しいです。でもその前に……」
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