上 下
44 / 61
フォーリア18歳、アシェル28歳 ー秘密のハーブガーデンー

襲われた爪跡 ーsideフォーリア

しおりを挟む
 村を出たのは約一ヶ月振りだ。先月はまだ森の中は少し寒く、アシェルさんならアウターが必要かもしれない。なんて思っていたのに……。今ではすっかり暖かくなっている。

 風に揺れた葉や枝が心地よく音を立てた。

 いつもなら景色を楽しみながら歩くのだが、今日はそんな気持ちの余裕はない。別宅に近づくにつれ、表情が強張る。心臓が大きく伸縮しているのが自分でも分かるほど緊張していた。

 もしかすると、犯人に会うかもしれない。そうなればきっと私は正気でいられない。骨まで噛み砕いて殺してしまうだろう。

 元々アルファなんて嫌いだった。自分もアルファだと分かった時は随分落ち込んだ。アシェルさんと出会っていたからアルファで良かったと思えるようになったが、もしそうでなかったとすれば、今でも自分のバース性を責めつづけているだろう。


 オメガのフェロモンに抗えないのは『仕方ない』で済まされてきたが、私はそうは思わない。原因が分かっているなら対処できるはずなのだ。昔はオメガは馬鹿にされ、コケにされて隠れるように暮らしていたが今は違う。オメガも他のバース性の人達に混ざって仕事だってしている。

 それはオメガがこのままではいけないと、努力をし続けた賜物だ。ならばアルファだってフェロモンに当てられてもラット状態にならない努力をしなければならない。

 私は薬草学をもっと勉強して研究して、アルファがそうならないための薬を必ず作ってみせる。これは父様の意志を引き継いでいるのもあるし、アシェルさんという大切な人が出来たからこそ、余計に達成しなければならない目標なのだ。



 いよいよ別宅が見えてくると、気を引き締め慎重に近寄った。ドアは壊されたままだ。
 部屋の中も荒れ放題だった。

「イヤ……待てよ……」
 うろ覚えだが、ここまで荒らされてはいなかったように記憶している。やはりあの後犯人はここへ来たのか?
 息を飲み、じっくりとダイニングからキッチンまでを見渡して回る。

 あの日は玄関からダイニング、リビングへ続く家具などは薙ぎ倒されていたが、棚の物には手をつけていなかったように思う。だが、今は棚の物も床に投げられお皿やコップも粉々に割れている。

 その中にアシェルさんがプレゼントしてくれたティーカップもあった。

「……割れている」
 とても使い物にはならない状態のお揃いのティーカップの欠片が散らばっている。かろうじて大きな欠片を拾うと、ハンカチにそっと包んで腰に下げた巾着に入れた。

 寝室はあの日のままだ。テーブルや花瓶は転がっているものの、何かが盗まれた様子も見受けられない。
 と言うことは、犯人はもう一度戻ってきた時ダイニングまでしか入っていないのか……。

 もう一度ダイニングに戻り、倒れた椅子を立たせ棚に残った食器を手に取った。

 その時、一枚の紙切れが目に入る。
「これは……!!」

 棚にピンを刺して留められている紙を取った。

『羊女は預かった』

 ……羊女……?

 オリビアさん!? 失踪した後、オリビアさんはここに来ていたのか。……と言うことは、オリビアさんは犯人を知ってしまった……?

 急いでローウェル病院まで走って行った。ブライアンさんもイアソンさんもずっとオリビアさんを探している。早く知らせなければ……。

 病院へ着くと急いでブライアンさんを呼んでくださいと受付で頼み込んだ。

「申し訳ありませんが、ブライアン医師は只今診察が立て込んでおりまして……ご予約はされてないんですよね?」
「そんな場合じゃないんです!! あの、イアソンさんは? 院長先生は会えますか?」
「院長先生なんて、なおさらアポを取ってからにして下さい」
 全く常識もない……という目をこちらに向ける。それは重々承知の上言っているのだ。

 いけないとは分かっていながらも、裏口へと周り関係者入り口から院内へ侵入した。受付の人はイアソンさんは居ないとは言っていなかった。きっと院長室に居るはず……。

 人がいないのを確かめると、階段を駆け上がり一番奥の部屋を目指す。

「イアソンさん!! フォーリアです!! 開けてください!!」
 ドアを叩きながら叫ぶ。
「フォーリアだって⁉︎」
 イアソンさんは突然の訪問で驚いていたが、大急ぎでドアを開けてくれた。
「お忙しいときにすみません。あの、この紙を今さっき別宅で見つけたのです」

 さっきの置き手紙をイアソンさんに渡すと、みるみる顔色を失った。
「これは……」
「きっとオリビアさんです。誰かに攫われたようです」
「オリビア……」
「直ぐにブライアンさんに伝えてください。それに、オリビアさんのパートナーや、ご家族にも!」
「分かった!!」
「私は村に戻ってアシェルさんに伝えます!!」

 イアソンさんが馬車を準備してくれたので帰りは早かった。馬車が回せるギリギリのところまで行ってもらうと、そこで待機してもらった。アシェルさんに伝えるときっとローウェル病院へ行くと言うだろう。私もそれを止めたくはない。

 馬車での移動で休憩も出来たので、村まで最速で帰ることが出来た。

「アシェルさん!!」
「フォーリア、どうした? そんなに慌てて」
「オリビアさんが、攫われました」
「オリビアが!!?」
 顔面蒼白になり体の力が抜けたアシェルさんを咄嗟に抱き止めた。

「いきなり驚かせてすみません。別宅に置き手紙がありました。その足でローウェル病院まで行って、イアソンさんに伝えてきました。私も今からローウェル病院まで戻ります」
「俺も……俺も連れて行ってくれ……」
 アシェルさんはまだ体調が万全ではないと自覚している。だから私が反対すると思っていたのだろう。手を震わせ、祈るように行きたい……と囁いた。

「勿論、つれて行きますよ。アシェルさんを一人になんて出来ませんし」
「本当か? フォーリア」
「はい、森の途中で馬車を待たせてあります。そこまでは私が抱いて移動します」

 アシェルさんはありがとうと言い、涙ぐんだ。

 ディルには直ぐにローウェル病院まで飛んで来てほしいと、母様に伝言を頼んだ。

「オリビア……無事でいてくれ……」
 馬車に揺られながら、両手を握り締め祈った。
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

【完結】オオカミ様へ仕える巫子はΩの獣人

亜沙美多郎
BL
 倭の国には三つの世界が存在している。  一番下に地上界。その上には天界。そして、一番上には神界。  僕達Ωの獣人は、天界で巫子になる為の勉強に励んでいる。そして、その中から【八乙女】の称号を貰った者だけが神界へと行くことが出来るのだ。  神界には、この世で最も位の高い【銀狼七柱大神α】と呼ばれる七人の狼神様がいて、八乙女はこの狼神様に仕えることが出来る。  そうして一年の任期を終える時、それぞれの狼神様に身を捧げるのだ。  もしも"運命の番”だった場合、巫子から神子へと進化し、そのまま神界で狼神様に添い遂げる。  そうではなかった場合は地上界へ降りて、βの神様に仕えるというわけだ。  今まで一人たりとも狼神様の運命の番になった者はいない。  リス獣人の如月(きさら)は今年【八乙女】に選ばれた内の一人だ。憧れである光の神、輝惺(きせい)様にお仕えできる事となったハズなのに……。  神界へ着き、輝惺様に顔を見られるや否や「闇の神に仕えよ」と命じられる。理由は分からない。  しかも闇の神、亜玖留(あくる)様がそれを了承してしまった。  そのまま亜玖瑠様に仕えることとなってしまったが、どうも亜玖瑠様の様子がおかしい。噂に聞いていた性格と違う気がする。違和感を抱えたまま日々を過ごしていた。  すると様子がおかしいのは亜玖瑠様だけではなかったと知る。なんと、光の神様である輝惺様も噂で聞いていた人柄と全く違うと判明したのだ。  亜玖瑠様に問い正したところ、実は輝惺様と亜玖瑠様の中身が入れ替わってしまったと言うではないか。  元に戻るには地上界へ行って、それぞれの勾玉の石を取ってこなくてはいけない。  みんなで力を合わせ、どうにか勾玉を見つけ出し無事二人は一命を取り留めた。  そして元通りになった輝惺様に仕えた如月だったが、他の八乙女は狼神様との信頼関係が既に結ばれていることに気付いてしまった。  自分は輝惺様から信頼されていないような気がしてならない。  そんな時、水神・天袮(あまね)様から輝惺様が実は忘れられない巫子がいたことを聞いてしまう。周りから見ても“運命の番”にしか見えなかったその巫子は、輝惺様の運命の番ではなかった。  そしてその巫子は任期を終え、地上界へと旅立ってしまったと……。  フッとした時に物思いに耽っている輝惺様は、もしかするとまだその巫子を想っているのかも知れない。  胸が締め付けられる如月。輝惺様の心は掴めるのか、そして“運命の番”になれるのか……。 ⭐︎全て作者のオリジナルの設定です。史実に基づいた設定ではありません。 ⭐︎ご都合主義の世界です。こういう世界観だと認識して頂けると幸いです。 ⭐︎オメガバースの設定も独自のものになります。 ⭐︎BL小説大賞応募作品です。応援よろしくお願いします。

【短編】売られていくウサギさんを横取りしたのは誰ですか?<オメガバース>

cyan
BL
ウサギの獣人でΩであることから閉じ込められて育ったラフィー。 隣国の豚殿下と呼ばれる男に売られることが決まったが、その移送中にヒートを起こしてしまう。 単騎で駆けてきた正体不明のαにすれ違い様に攫われ、訳が分からないまま首筋を噛まれ番になってしまった。 口数は少ないけど優しいαに過保護に愛でられるお話。

異世界転移した先は陰間茶屋でした

四季織
BL
気が付いたら、見たこともない部屋にいた。そこは和洋折衷の異世界で、俺を拾ってくれたのは陰間茶屋のオーナーだった。以来、俺は陰間として働いている。全くお客がつかない人気のない陰間だけど。 ※「異世界に来た俺の話」と同じ世界です。 ※謎解き要素はありません。 ※ミステリー小説のネタバレのようなものがありますので、ご注意ください。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

【完結】あなたの恋人(Ω)になれますか?〜後天性オメガの僕〜

MEIKO
BL
この世界には3つの性がある。アルファ、ベータ、オメガ。その中でもオメガは希少な存在で。そのオメガで更に希少なのは┉僕、後天性オメガだ。ある瞬間、僕は恋をした!その人はアルファでオメガに対して強い拒否感を抱いている┉そんな人だった。もちろん僕をあなたの恋人(Ω)になんてしてくれませんよね? 前作「あなたの妻(Ω)辞めます!」スピンオフ作品です。こちら単独でも内容的には大丈夫です。でも両方読む方がより楽しんでいただけると思いますので、未読の方はそちらも読んでいただけると嬉しいです! 後天性オメガの平凡受け✕心に傷ありアルファの恋愛 ※独自のオメガバース設定有り

【完結】それでも僕は貴方だけを愛してる 〜大手企業副社長秘書α×不憫訳あり美人子持ちΩの純愛ー

葉月
BL
 オメガバース。  成瀬瑞稀《みずき》は、他の人とは違う容姿に、幼い頃からいじめられていた。  そんな瑞稀を助けてくれたのは、瑞稀の母親が住み込みで働いていたお屋敷の息子、晴人《はると》  瑞稀と晴人との出会いは、瑞稀が5歳、晴人が13歳の頃。  瑞稀は晴人に憧れと恋心をいただいていたが、女手一人、瑞稀を育てていた母親の再婚で晴人と離れ離れになってしまう。 そんな二人は運命のように再会を果たすも、再び別れが訪れ…。 お互いがお互いを想い、すれ違う二人。 二人の気持ちは一つになるのか…。一緒にいられる時間を大切にしていたが、晴人との別れの時が訪れ…。  運命の出会いと別れ、愛する人の幸せを願うがあまりにすれ違いを繰り返し、お互いを愛する気持ちが大きくなっていく。    瑞稀と晴人の出会いから、二人が愛を育み、すれ違いながらもお互いを想い合い…。 イケメン副社長秘書α×健気美人訳あり子連れ清掃派遣社員Ω  20年越しの愛を貫く、一途な純愛です。  二人の幸せを見守っていただけますと、嬉しいです。 そして皆様人気、あの人のスピンオフも書きました😊 よければあの人の幸せも見守ってやってくだい🥹❤️ また、こちらの作品は第11回BL小説大賞コンテストに応募しております。 もし少しでも興味を持っていただけましたら嬉しいです。 よろしくお願いいたします。  

つまりそれは運命

える
BL
別サイトで公開した作品です。 以下登場人物 レオル 狼獣人 α 体長(獣型) 210cm 〃 (人型) 197cm 鼻の効く警察官。番は匿ってドロドロに溺愛するタイプ。めっちゃ酒豪 セラ 人間 Ω 身長176cm カフェ店員。気が強く喧嘩っ早い。番限定で鼻が良くなり、番の匂いが着いているものを身につけるのが趣味。(帽子やシャツ等)

オメガな王子は孕みたい。

紫藤なゆ
BL
産む性オメガであるクリス王子は王家の一員として期待されず、離宮で明るく愉快に暮らしている。 ほとんど同居の獣人ヴィーは護衛と言いつついい仲で、今日も寝起きから一緒である。 王子らしからぬ彼の仕事は町の案内。今回も満足して帰ってもらえるよう全力を尽くすクリス王子だが、急なヒートを妻帯者のアルファに気づかれてしまった。まあそれはそれでしょうがないので抑制剤を飲み、ヴィーには気づかれないよう仕事を続けるクリス王子である。

処理中です...