上 下
43 / 61
フォーリア18歳、アシェル28歳 ー秘密のハーブガーデンー

あの日の出来事 ーsideアシェル

しおりを挟む
 ヒートを起こして別宅へと逃げるように飛び込んだあの日、ズボンのポケットに忍ばせてあった発情抑制剤を三包纏めて口に流し込んだ。水もなく粉末に咽せたものの、どうにかヒートが収まるくらいには飲み込めたらしい。

 誘発剤は本来ならば不妊治療に使われる。それも医師の十分な監視もと、発情期の周期に合わせて服用しなければならない。無理矢理発情させるため、普通の発情よりは苦しむことになる。なので妊娠し難いオメガでも使用してまで妊娠を望む人は少ない。

 そんな誘発剤を発情期でもない時に飲んだものだから、少量なのに治療で飲むよりも酷いヒートに襲われたらしい。一口で直ぐ違和感に気づいて本当に良かったと、後に安堵した。

 抑制剤が効いてようやく呼吸が楽になり、ウトウトと眠気に襲われた時だった。

 突然物凄い物音と共に家が揺れた。ドアが壊されたと直ぐに分かり、布団に潜って身を隠した。まだ歩ける状態ではなかった為、見つからないよう息を潜めるしか咄嗟に出来なかったのだ。

 だが家に押し入ったそいつが寝室まで到着するのに、そう時間は掛からなかった。バンッ!! という音と共に部屋に入って来たのがわかると、恐怖で震えた。どうやら一人らしいことも同時に分かった。

 呆気なく布団を剥がされた後は、無理矢理服を剥ぎ取ろうと俺に襲い掛かる。その体格から、一瞬ブライアンかと思ったが、どうも違う。ブライアンは例えラット状態になったとしても、こんな乱暴はしないだろうと思うほどに温厚な奴だ。

 じゃあコイツは誰だ? 必死に抵抗しながら顔を隠している仮面を取ろうとするが、体が今ひとつ思うように動かない。明らかに俺を狙って来ているようだが、知り合いの中でブライアンの他にこんな体格の良いやつは知らない。

 伸びた爪が腕や首、腹を引っ掻いて痛かった。傷口から流血しているのが感じられた。シーツや壁にも俺の血が飛び散っている。ようやくヒートが治ったばかりでまだ意識もハッキリしないタイミングでの出来事だったから、抵抗するだけでも至難だった。

 それでも俺はどうしてもフォーリア以外の人に体を許すなんて考えたくもない。その一心だけで抵抗出来るだけ暴れた。

 暴れていると、運よく相手の急所に思い切りの蹴りが入る。勃起していたから相当なダメージを受けたはずだ。蹲ったところを逆に襲い掛かり、噛み付いた耳をそのまま引き千切ろうとした。銀狼の牙で本気を出せば耳くらいは千切ることも可能だ。するとそいつは、それまで絶対に出さなかった声をあげて唸った。
 やはり聞き覚えのない声だった。

 そいつは俺を振り落とし、蹴り飛ばした。それでも食い下がる様子のない俺にとうとう諦めたらしく走り去ったのだった。
 追いかけることは出来なかったが、羽織ったマントが翻った瞬間、見えた尻尾は馬族のような感じがした。ジュニパーネトル街で馬族は見かけたことがない。勿論、全ての種類を知っているわけでもないが……。それともヒースマロウ村の住人だろうか?

 息切れを整えながらなんとかベッドに這い上がると、糸が切れたように気を失い、その後どのくらいの時間が経ったのかは分からない。

 次に意識を取り戻した時にはフォーリアの腕の中だった。

 どうして此処にフォーリアがいるのだろうか。もしかして俺は死んだのか? 此処は天国なのだろうか。でも天国にいるなら体の痛みくらいは取って欲しかったなんて、虚な精神の中で考えていた。

「アシェルさん! フォーリアです」
 本当に、フォーリアが来てくれたのか。本物のフォーリア……。嬉しくて、俺を包み込むその腕の中が温かくて、涙が溢れた。

(助かった……)
 そう思うと力が抜け深い眠りについた。そして再び目覚めた時には見知らぬ場所に居た。目の前にはフォーリアがいる。あの時見たのは勘違いではなかったようだ。本当にフォーリアが助けに来てくれたのだ。

 このまま、フォーリアの家に住んで欲しいと言われた時は嬉しかった。もう離れるなんて考えたくもない。そして“魔女の庭”と呼ばれるハーブ園は、想像以上に美しい場所だ。一眼で心を奪われた。一面に緑が広がり、所々に色とりどりの花も咲いている。フォーリアに保たれてこの景色を眺めるのが良い療養にもなった。

 フォーリアは俺から一時も離れずに居てくれている。抑制剤や塗り薬もこの小屋で作っているのだそうだ。

 作っているところを是非見たいと頼んでみると快く承諾してくれた。

「発情抑制剤には“聖なる九つのハーブ”を使います。これは三十と三の病に効くと父様から教わりました。ウァイブラード、アトルラーゼ、マッグウィルト、ステューン、カモミール、スティゼ、フェンネル、タイム、ウェルグル。これらを混ぜて粉末にしたものが抑制剤です。バース性問わず効果があります。そしてこの粉末の比率を変えて水を加えて煮立たせ、とろみをつけたものが塗り薬です」

 フォーリアは慣れた手つきで九種類のハーブを測りながらブレンドしていった。

「アシェルさんの分、出来ましたよ」
 俺にとってはフォーリアのこの笑顔が何よりの精神安定剤だな。と密かに思った。
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】運命の番じゃないけど大好きなので頑張りました

十海 碧
BL
拙作『恋愛経験ゼロ、モテ要素もないので恋愛はあきらめていたオメガ男性が運命の番に出会う話』のスピンオフです。 東拓哉23歳アルファ男性が出会ったのは林怜太19歳オメガ男性。 運命の番ではないのですが一目惚れしてしまいました。アタックしますが林怜太は運命の番に憧れています。ところが、出会えた運命の番は妹のさやかの友人の女子高生、細川葵でした。葵は自分の将来のためアルファと結婚することを望んでおり、怜太とは付き合えないと言います。ショックを受けた怜太は拓哉の元に行くのでした。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

運命の番が解体業者のおっさんだった僕の話

いんげん
BL
僕の運命の番は一見もっさりしたガテンのおっさんだった。嘘でしょ!?……でも好きになっちゃったから仕方ない。僕がおっさんを幸せにする! 実はスパダリだったけど…。 おっさんα✕お馬鹿主人公Ω おふざけラブコメBL小説です。 話が進むほどふざけてます。 ゆりりこ様の番外編漫画が公開されていますので、ぜひご覧ください♡ ムーンライトノベルさんでも公開してます。

オメガな王子は孕みたい。

紫藤なゆ
BL
産む性オメガであるクリス王子は王家の一員として期待されず、離宮で明るく愉快に暮らしている。 ほとんど同居の獣人ヴィーは護衛と言いつついい仲で、今日も寝起きから一緒である。 王子らしからぬ彼の仕事は町の案内。今回も満足して帰ってもらえるよう全力を尽くすクリス王子だが、急なヒートを妻帯者のアルファに気づかれてしまった。まあそれはそれでしょうがないので抑制剤を飲み、ヴィーには気づかれないよう仕事を続けるクリス王子である。

ミルクの出ない牛獣人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「はぁ……」  リュートスは胸に手をおきながら溜息を吐く。服装を変えてなんとか隠してきたものの、五年も片思いを続けていれば膨らみも隠せぬほどになってきた。  最近では同僚に「牛獣人ってベータでもこんなに胸でかいのか?」と聞かれてしまうほど。周りに比較対象がいないのをいいことに「ああ大変なんだ」と流したが、年中胸が張っている牛獣人などほとんどいないだろう。そもそもリュートスのように成体になってもベータでいる者自体が稀だ。  通常、牛獣人は群れで生活するため、単独で王都に出てくることはほぼない。あっても買い出し程度で棲み着くことはない。そんな種族である牛獣人のリュートスが王都にいる理由はベータであることと関係していた。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

処理中です...