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フォーリア18歳、アシェル28歳 ー秘密のハーブガーデンー
あの日の出来事 ーsideアシェル
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ヒートを起こして別宅へと逃げるように飛び込んだあの日、ズボンのポケットに忍ばせてあった発情抑制剤を三包纏めて口に流し込んだ。水もなく粉末に咽せたものの、どうにかヒートが収まるくらいには飲み込めたらしい。
誘発剤は本来ならば不妊治療に使われる。それも医師の十分な監視もと、発情期の周期に合わせて服用しなければならない。無理矢理発情させるため、普通の発情よりは苦しむことになる。なので妊娠し難いオメガでも使用してまで妊娠を望む人は少ない。
そんな誘発剤を発情期でもない時に飲んだものだから、少量なのに治療で飲むよりも酷いヒートに襲われたらしい。一口で直ぐ違和感に気づいて本当に良かったと、後に安堵した。
抑制剤が効いてようやく呼吸が楽になり、ウトウトと眠気に襲われた時だった。
突然物凄い物音と共に家が揺れた。ドアが壊されたと直ぐに分かり、布団に潜って身を隠した。まだ歩ける状態ではなかった為、見つからないよう息を潜めるしか咄嗟に出来なかったのだ。
だが家に押し入ったそいつが寝室まで到着するのに、そう時間は掛からなかった。バンッ!! という音と共に部屋に入って来たのがわかると、恐怖で震えた。どうやら一人らしいことも同時に分かった。
呆気なく布団を剥がされた後は、無理矢理服を剥ぎ取ろうと俺に襲い掛かる。その体格から、一瞬ブライアンかと思ったが、どうも違う。ブライアンは例えラット状態になったとしても、こんな乱暴はしないだろうと思うほどに温厚な奴だ。
じゃあコイツは誰だ? 必死に抵抗しながら顔を隠している仮面を取ろうとするが、体が今ひとつ思うように動かない。明らかに俺を狙って来ているようだが、知り合いの中でブライアンの他にこんな体格の良いやつは知らない。
伸びた爪が腕や首、腹を引っ掻いて痛かった。傷口から流血しているのが感じられた。シーツや壁にも俺の血が飛び散っている。ようやくヒートが治ったばかりでまだ意識もハッキリしないタイミングでの出来事だったから、抵抗するだけでも至難だった。
それでも俺はどうしてもフォーリア以外の人に体を許すなんて考えたくもない。その一心だけで抵抗出来るだけ暴れた。
暴れていると、運よく相手の急所に思い切りの蹴りが入る。勃起していたから相当なダメージを受けたはずだ。蹲ったところを逆に襲い掛かり、噛み付いた耳をそのまま引き千切ろうとした。銀狼の牙で本気を出せば耳くらいは千切ることも可能だ。するとそいつは、それまで絶対に出さなかった声をあげて唸った。
やはり聞き覚えのない声だった。
そいつは俺を振り落とし、蹴り飛ばした。それでも食い下がる様子のない俺にとうとう諦めたらしく走り去ったのだった。
追いかけることは出来なかったが、羽織ったマントが翻った瞬間、見えた尻尾は馬族のような感じがした。ジュニパーネトル街で馬族は見かけたことがない。勿論、全ての種類を知っているわけでもないが……。それともヒースマロウ村の住人だろうか?
息切れを整えながらなんとかベッドに這い上がると、糸が切れたように気を失い、その後どのくらいの時間が経ったのかは分からない。
次に意識を取り戻した時にはフォーリアの腕の中だった。
どうして此処にフォーリアがいるのだろうか。もしかして俺は死んだのか? 此処は天国なのだろうか。でも天国にいるなら体の痛みくらいは取って欲しかったなんて、虚な精神の中で考えていた。
「アシェルさん! フォーリアです」
本当に、フォーリアが来てくれたのか。本物のフォーリア……。嬉しくて、俺を包み込むその腕の中が温かくて、涙が溢れた。
(助かった……)
そう思うと力が抜け深い眠りについた。そして再び目覚めた時には見知らぬ場所に居た。目の前にはフォーリアがいる。あの時見たのは勘違いではなかったようだ。本当にフォーリアが助けに来てくれたのだ。
このまま、フォーリアの家に住んで欲しいと言われた時は嬉しかった。もう離れるなんて考えたくもない。そして“魔女の庭”と呼ばれるハーブ園は、想像以上に美しい場所だ。一眼で心を奪われた。一面に緑が広がり、所々に色とりどりの花も咲いている。フォーリアに保たれてこの景色を眺めるのが良い療養にもなった。
フォーリアは俺から一時も離れずに居てくれている。抑制剤や塗り薬もこの小屋で作っているのだそうだ。
作っているところを是非見たいと頼んでみると快く承諾してくれた。
「発情抑制剤には“聖なる九つのハーブ”を使います。これは三十と三の病に効くと父様から教わりました。ウァイブラード、アトルラーゼ、マッグウィルト、ステューン、カモミール、スティゼ、フェンネル、タイム、ウェルグル。これらを混ぜて粉末にしたものが抑制剤です。バース性問わず効果があります。そしてこの粉末の比率を変えて水を加えて煮立たせ、とろみをつけたものが塗り薬です」
フォーリアは慣れた手つきで九種類のハーブを測りながらブレンドしていった。
「アシェルさんの分、出来ましたよ」
俺にとってはフォーリアのこの笑顔が何よりの精神安定剤だな。と密かに思った。
誘発剤は本来ならば不妊治療に使われる。それも医師の十分な監視もと、発情期の周期に合わせて服用しなければならない。無理矢理発情させるため、普通の発情よりは苦しむことになる。なので妊娠し難いオメガでも使用してまで妊娠を望む人は少ない。
そんな誘発剤を発情期でもない時に飲んだものだから、少量なのに治療で飲むよりも酷いヒートに襲われたらしい。一口で直ぐ違和感に気づいて本当に良かったと、後に安堵した。
抑制剤が効いてようやく呼吸が楽になり、ウトウトと眠気に襲われた時だった。
突然物凄い物音と共に家が揺れた。ドアが壊されたと直ぐに分かり、布団に潜って身を隠した。まだ歩ける状態ではなかった為、見つからないよう息を潜めるしか咄嗟に出来なかったのだ。
だが家に押し入ったそいつが寝室まで到着するのに、そう時間は掛からなかった。バンッ!! という音と共に部屋に入って来たのがわかると、恐怖で震えた。どうやら一人らしいことも同時に分かった。
呆気なく布団を剥がされた後は、無理矢理服を剥ぎ取ろうと俺に襲い掛かる。その体格から、一瞬ブライアンかと思ったが、どうも違う。ブライアンは例えラット状態になったとしても、こんな乱暴はしないだろうと思うほどに温厚な奴だ。
じゃあコイツは誰だ? 必死に抵抗しながら顔を隠している仮面を取ろうとするが、体が今ひとつ思うように動かない。明らかに俺を狙って来ているようだが、知り合いの中でブライアンの他にこんな体格の良いやつは知らない。
伸びた爪が腕や首、腹を引っ掻いて痛かった。傷口から流血しているのが感じられた。シーツや壁にも俺の血が飛び散っている。ようやくヒートが治ったばかりでまだ意識もハッキリしないタイミングでの出来事だったから、抵抗するだけでも至難だった。
それでも俺はどうしてもフォーリア以外の人に体を許すなんて考えたくもない。その一心だけで抵抗出来るだけ暴れた。
暴れていると、運よく相手の急所に思い切りの蹴りが入る。勃起していたから相当なダメージを受けたはずだ。蹲ったところを逆に襲い掛かり、噛み付いた耳をそのまま引き千切ろうとした。銀狼の牙で本気を出せば耳くらいは千切ることも可能だ。するとそいつは、それまで絶対に出さなかった声をあげて唸った。
やはり聞き覚えのない声だった。
そいつは俺を振り落とし、蹴り飛ばした。それでも食い下がる様子のない俺にとうとう諦めたらしく走り去ったのだった。
追いかけることは出来なかったが、羽織ったマントが翻った瞬間、見えた尻尾は馬族のような感じがした。ジュニパーネトル街で馬族は見かけたことがない。勿論、全ての種類を知っているわけでもないが……。それともヒースマロウ村の住人だろうか?
息切れを整えながらなんとかベッドに這い上がると、糸が切れたように気を失い、その後どのくらいの時間が経ったのかは分からない。
次に意識を取り戻した時にはフォーリアの腕の中だった。
どうして此処にフォーリアがいるのだろうか。もしかして俺は死んだのか? 此処は天国なのだろうか。でも天国にいるなら体の痛みくらいは取って欲しかったなんて、虚な精神の中で考えていた。
「アシェルさん! フォーリアです」
本当に、フォーリアが来てくれたのか。本物のフォーリア……。嬉しくて、俺を包み込むその腕の中が温かくて、涙が溢れた。
(助かった……)
そう思うと力が抜け深い眠りについた。そして再び目覚めた時には見知らぬ場所に居た。目の前にはフォーリアがいる。あの時見たのは勘違いではなかったようだ。本当にフォーリアが助けに来てくれたのだ。
このまま、フォーリアの家に住んで欲しいと言われた時は嬉しかった。もう離れるなんて考えたくもない。そして“魔女の庭”と呼ばれるハーブ園は、想像以上に美しい場所だ。一眼で心を奪われた。一面に緑が広がり、所々に色とりどりの花も咲いている。フォーリアに保たれてこの景色を眺めるのが良い療養にもなった。
フォーリアは俺から一時も離れずに居てくれている。抑制剤や塗り薬もこの小屋で作っているのだそうだ。
作っているところを是非見たいと頼んでみると快く承諾してくれた。
「発情抑制剤には“聖なる九つのハーブ”を使います。これは三十と三の病に効くと父様から教わりました。ウァイブラード、アトルラーゼ、マッグウィルト、ステューン、カモミール、スティゼ、フェンネル、タイム、ウェルグル。これらを混ぜて粉末にしたものが抑制剤です。バース性問わず効果があります。そしてこの粉末の比率を変えて水を加えて煮立たせ、とろみをつけたものが塗り薬です」
フォーリアは慣れた手つきで九種類のハーブを測りながらブレンドしていった。
「アシェルさんの分、出来ましたよ」
俺にとってはフォーリアのこの笑顔が何よりの精神安定剤だな。と密かに思った。
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