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フォーリア18歳、アシェル28歳 ー秘密のハーブガーデンー

信じがたい地獄絵図 ーside フォーリア

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「フォーリア、お待たせ!」
「ディル、大丈夫だよ。行こうか」

 いよいよ最後の荷物を取りに行く日。今日はアシェルさんも一緒に村へ連れて行く。どんな反応をするだろうか。田舎過ぎてびっくりするかもしれない。長閑だと言ってくれるといいが……。


 五年間の学校生活が終わり、村へ頻繁に帰るようになった。やはり私は街よりも村での暮らしの方が合っている。朝からハーブの手入れをしたり、今日飲む茶葉を調合したり、村のオメガの人の体調を伺ったり。やることは沢山だ。

 アシェルさんもハーブ園を見ればきっと喜んでくれるだろう。いつも暖かくて、いい香りに包まれているあの庭に招待する時がついに来たのだ。朝からワクワクして落ち着かなかった。

 朝ご飯を済ませて支度を整えると、ディルと共に村を出た。ディルは飛んだり私の肩に止まったりしている。森の中は湿気を帯びてまだ少し肌寒い。それでも木々の新緑が目立ってきて、もうすっかり春らしい景色になっていた。

 でもアシェルさんは寒がりだから、薄手のアウターはまだ必要だろう。先に伝えておけば良かったと、今になって気づいてしまった。

 ディルが運んできたブラックベリーの実を食べながらしばらく歩み進めると、森の終わりが見えてきた。


 突然、とても嫌な予感がした。“虫の知らせ”のように胸がざわつく。
(アシェルさん?)

 森と草原の狭間で立ち尽くす。ディルが不思議そうに顔を覗き込んでいる。
「フォーリア、どうかしたのか?」
「………………」

 何となく、この虫の知らせを無視しない方がいいように感じて、森へと引き返した。

「フォーリア⁉︎」
 ディルも驚きながら後ろから飛んで付いて来た。このままでは別宅が暴露てしまうが、そんなことも言ってられない。近づくほどに胸騒ぎは強くなる。

 東へ向かう小道に入ると、アシェルさんの別宅まで猛ダッシュした。どうか思い違いであって欲しい。街の借家で待ち合わせをしている。ここにアシェルさんが居るはずはない。念の為に確認するだけ……。


 だが私の願いは引き裂かれた。目に一番に入ったのは壊されたドアだった。頭が真っ白になる。誰が何の目的で?まさか、あの中にアシェルさんがいるのか!?

 家の中に飛び込むと、盗賊でも入ったかのような荒された痕跡がひろがっている。そしてそれは、リビングの奥の寝室まで続いていたのだ。

「アシェルさん……?」
 なんで……。発情期じゃないはずなのに、ここに居るのか……?
 寝室へ走りこむと、そこには服をズタズタに切り裂かれ気を失っているアシェルさんがいたのだ。

「アシェルさん!! アシェルさんっ!!」
 誰が……誰がこんなことを……。アシェルさんを抱きしめ、シーツで体を包んだ。

「フォーリア、これは……一体……」
 ディルも状況が飲み込めずに立ち尽くしている。

「ディル、この家はアシェルさんが発情期の時にだけ身を隠す家なんだ」

 ディルは涙目になり、恐怖で震えている。

「フォー……リ……」
 かすかにアシェルさんの声がした。視線を戻すと、アシェルさんの目から一筋の涙が流れた。

「アシェルさん、フォーリアです」
 アシェルさんの身体を全て包み込むように抱きしめた。限られた人しか知らないはずのこの家が襲われるなんて……。ここはもう安全ではない。

「アシェルさん、村まで運びます。体を動かしても大丈夫ですか?」
 本当なら少しでも意識と体力が戻るまで休ませたい。しかし今は一刻も早く安全な場所に移動するのが先決だ。傷もある。早く手当をしなければ……。

 アシェルさんは力なく頷いた。ディルに頼み新しいシーツを出してもらうと、銀狼と分からないように包み、大切に抱き上げた。
「ディル、私はこのまま家に帰って手当をする」
「分かった。俺はブライアンさんのところに行くよ」
 ディルが家から飛び立つと、私も村へと向かった。

 涙で視界が霞むが、両手が塞がっていて拭くことも出来ない。それでも足を止めることなく自宅へと急ぐ。時折、誰も付いてきていないか辺りを見渡した。

 怒りと悲しみで頭がグチャグチャだ。許せない。もし今目の前に犯人がいたら、迷わず噛み殺しただろう。それでも愛おしい人を助ける為に気を奮い立たせ、アシェルさんを運ぶことだけに集中した。


 家に着くと、母様が驚いた様子で走り寄ってきた。
「フォーリア! どうしたの? その大きな荷物は一体……」
「アシェルさんが襲われていました。手当をします」
 母様も顔色を変えながら魔女の庭へと移動し、傷口に塗る薬を大急ぎで作ってくれた。

 魔女の庭にある小屋の中には昼寝や仮眠に使うベッドがある。そこにアシェルさんを寝かしてシーツをそっと剥がした。意識がないのかと焦ったが、よく見ると眠っているようで安心した。体のあちこちに引っ掻き傷が見受けられた。相当揉み合いになったのが一目で分かるほどである。アシェルさんはやはり何者かに襲われたのだ。

 怖かっただろう。どこにも逃げられず、ひとりぼっちで……。
 何も出来なかった自分が悔しくて、また涙が溢れてきた。

「フォーリア、ガーゼを持ってきたわよ」
「……ありがとうございます」

 気持ちを切り替え治療に励む。アシェルさんは薬を塗るたび痛そうに顔を顰めたが、鎮痛の効果もある塗り薬なので直にぐっすりと眠れるだろう。

 全ての傷口の治療が終わると、また新しいシーツを掛けた。呼吸の乱れも発熱もなさそうだ。ヒートを起こしたわけでもないだろうに、アシェルさんはなぜ別宅にいたのか。答えの見つからない疑問ばかりが脳裏を過ぎる。

 アシェルさんはそのまま三日眠り続けた。


「フォーリア……」
「アシェルさん、目を覚ましたのですね」
「ここは?」
「我が家のハーブ園ですよ。起き上がれますか?」
 ゆっくりと上半身を起こすと、私の体にしがみついてガラス張りの向こうに広がるハーブ園に目をやった。

「はぁ……!!」
 声にならないため息を漏らしたアシェルさんの目には涙が浮かんでいた。


 街に行ったディルは、まだ戻ってはいなかった……。
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