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フォーリア18歳、アシェル28歳 ー秘密のハーブガーデンー
未来の選択 ーsideアシェル
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目覚めると、フォーリアの腕の中だった。まだ眠っている彼の長い睫毛が綺麗なアーチを描いている。昨夜、俺はとうとうフォーリアに抱かれたのだ。心地よい疲労感を感じながら、フォーリアの頬にそっと触れる。
寒がりな俺なのに、フォーリアに包まれていると少しも寒さを感じなかった。無防備な寝顔をしばらく見つめていた。
ずっとこのまま居たいところだが、仕事に行かなければならない。着替えようと、ソッとベッドを降りようとすると、腕を引かれた。
「何処に行くのですか?」
「起きたのか。生憎、仕事なんだ。フォーリアも村に帰るんだろう?」
「もう少し、このまま居たかったです」
目を擦りながら一緒に身支度を始める。
「フォーリア、昨日の話だが……やはり少し考えさせてくれ」
「分かりました。無理を言っているのは重々分かっています。決して強要はしたくありませんから」
いっその事、強要してくれれば……なんてずるい考えも浮かんでしまった。
でも実際ローウェル病院の今後を考えると、フォーリアと村に移住なんて叶うのか? それに、都会でしか暮らしたことのない俺が果たして田舎で暮らしていけるのか……。仮に村へ移住したあと、仕事はどうするのか……。問題が山積みである。
これがもっと若ければ、勢いに身を任せて飛び込めただろうに。今の俺では責任感ばかりが前面に出てしまう。
朝の街はまだ肌寒い。さっきまでのフォーリアの体温を思い出してしまう。足は病院へと向かっているが、気持ちは後ろへ後ろへと戻っている。踵を返して直ぐにでもフォーリアのところへ戻りたい。
病院の裏口でオリビアに会った。オリビアにも番を約束した人がいる。左手にキラリと光るリングがその存在を示している。
「おはよう、アシェル。昨日はあのあと楽しめたの?」
「あぁ、おはよう。フォーリアからプロポーズされたよ」
「本当に⁉︎ それはおめでとう!」
「それが……返事を待ってもらっているんだ」
オリビアはなぜ即答で受け入れなかったのか、と責め立てた。愛する人と十年越しに結ばれるという時になって、踏みとどまる理由がどこにあるのかと。
「アシェル、私もパートナーの次の発情期に番う約束をしているの。そうしたら、もうあなたの香りにも気付いてあげられないわ。それにもうすぐ新病棟併設の件の会議も、どんどん忙しくなってくるわよ。もたもたしてると、番うタイミングすら失っちゃうわ」
オリビアがハッキリと正論を言ってくれるのは本当に有難い。今日はお互い仕事が早く終わるので、晩御飯の約束をしてそれぞれの持ち場へと向かった。
フォーリアから村へ来てほしいと言われた時、不安もあるが少し安堵したのも事実としてあった。こうしてオメガを隠して働くのもカナリ疲れる。もしヒースマロウ村へ行けたら……。オメガを隠さずに堂々と生きていける。それに、銀狼という柵からも逃れられる。
でもこのままローウェル病院を継げば、俺は一生アルファだと偽り続けなければいけない。今までは意地で乗り越えてきたが、今は一番の足枷となっている。
思い切ってオリビアに本音を打ち明けてみた。温野菜のサラダを飲み込むと叱るように彼女は言う。
「悩む必要なんてないじゃない。今どき長男が必ず後継……なんて流行らないわよ? それに、銀狼じゃないフォーリアとの番を許した時点で、ローウェル院長も覚悟してるんじゃない?」
オリビアに言われるとすんなりと受け入れられる。自分だけでは全てを丸く収めようと必死になるあまり、どうしても自分の意見を後回しに考えてしまうのだ。それで事が治るのなら……と、これまでなら何も問題はなかった。
でも今回は違う。自分の人生を決める決断をしなければならない。気持ちはフォーリアへと一直線なのだが、色んな責任を誰かに押し付けるのがどうしても気がかりだ。
「すぐにでもローウェル院長に相談することね。早くしないと、フォーリアに悪い虫がついちゃうかもよ?」
「それはダメだ!!」
「なら、迷ってる時間はなんじゃない?」
「はぁ……。ありがとう、オリビア。俺はどうも考えすぎるのが悪い癖だ」
「あなたは責任感が強すぎるのよ。もっと貪欲になるべきだわ」
幸せになりなさい、と彼女が言う。
レストランを出たあと、フォーリアの借家へと向かった。こっちに帰っているだろうか。またあれこれ考え込んで気持ちが揺るがないうちに返事がしたい。共に幸せになる選択肢を失う前に……。
でもフォーリアの部屋に灯りはついていなかった。もしかすると、今日は実家で過ごすのかもしれない。卒業のお祝いを、お母様もしたい筈だ。明日、再び来るとしよう。
そういえばフォーリアが秘密のハーブ園に来てほしいと言っていた。それについても予定を合わせなければいけない。フォーリアが村に帰るまであと十日。早急に決めることが沢山ある。
とりあえず、屋敷に帰ると父の部屋を訪ねた。病院だとどうしても仕事モードになってしまう。
父は俺の話を黙って聞いてくれた。
次の発情期で番になりたいということ、その後はローウェル病院での仕事を辞めてヒースマロウ村へ移住して欲しいと言われたこと、そして俺はフォーリアの要望に応えたいと。
そもそも、今までの決まりだと銀狼以外の種族との結婚が許されない。俺はそこから銀狼としての掟を破るのだ。もう銀狼だと言えなくなっても仕方がないと思っていた。
正直、父の返事を聞くのは怖い。だが父は全て俺の願うままにしなさいと言ったのだ。
「アシェルがオメガになっても、違う種族と結婚しても、離れた場所で暮らしたとしても、私の息子に変わりはない。アシェルが一番幸せになれる未来を選びなさい」
「ありがとう……ございます……」
また涙が溢れて止まらなくなってしまった。父にはフォーリアと共に生きていきますと告げ、深々と頭を下げた。
寒がりな俺なのに、フォーリアに包まれていると少しも寒さを感じなかった。無防備な寝顔をしばらく見つめていた。
ずっとこのまま居たいところだが、仕事に行かなければならない。着替えようと、ソッとベッドを降りようとすると、腕を引かれた。
「何処に行くのですか?」
「起きたのか。生憎、仕事なんだ。フォーリアも村に帰るんだろう?」
「もう少し、このまま居たかったです」
目を擦りながら一緒に身支度を始める。
「フォーリア、昨日の話だが……やはり少し考えさせてくれ」
「分かりました。無理を言っているのは重々分かっています。決して強要はしたくありませんから」
いっその事、強要してくれれば……なんてずるい考えも浮かんでしまった。
でも実際ローウェル病院の今後を考えると、フォーリアと村に移住なんて叶うのか? それに、都会でしか暮らしたことのない俺が果たして田舎で暮らしていけるのか……。仮に村へ移住したあと、仕事はどうするのか……。問題が山積みである。
これがもっと若ければ、勢いに身を任せて飛び込めただろうに。今の俺では責任感ばかりが前面に出てしまう。
朝の街はまだ肌寒い。さっきまでのフォーリアの体温を思い出してしまう。足は病院へと向かっているが、気持ちは後ろへ後ろへと戻っている。踵を返して直ぐにでもフォーリアのところへ戻りたい。
病院の裏口でオリビアに会った。オリビアにも番を約束した人がいる。左手にキラリと光るリングがその存在を示している。
「おはよう、アシェル。昨日はあのあと楽しめたの?」
「あぁ、おはよう。フォーリアからプロポーズされたよ」
「本当に⁉︎ それはおめでとう!」
「それが……返事を待ってもらっているんだ」
オリビアはなぜ即答で受け入れなかったのか、と責め立てた。愛する人と十年越しに結ばれるという時になって、踏みとどまる理由がどこにあるのかと。
「アシェル、私もパートナーの次の発情期に番う約束をしているの。そうしたら、もうあなたの香りにも気付いてあげられないわ。それにもうすぐ新病棟併設の件の会議も、どんどん忙しくなってくるわよ。もたもたしてると、番うタイミングすら失っちゃうわ」
オリビアがハッキリと正論を言ってくれるのは本当に有難い。今日はお互い仕事が早く終わるので、晩御飯の約束をしてそれぞれの持ち場へと向かった。
フォーリアから村へ来てほしいと言われた時、不安もあるが少し安堵したのも事実としてあった。こうしてオメガを隠して働くのもカナリ疲れる。もしヒースマロウ村へ行けたら……。オメガを隠さずに堂々と生きていける。それに、銀狼という柵からも逃れられる。
でもこのままローウェル病院を継げば、俺は一生アルファだと偽り続けなければいけない。今までは意地で乗り越えてきたが、今は一番の足枷となっている。
思い切ってオリビアに本音を打ち明けてみた。温野菜のサラダを飲み込むと叱るように彼女は言う。
「悩む必要なんてないじゃない。今どき長男が必ず後継……なんて流行らないわよ? それに、銀狼じゃないフォーリアとの番を許した時点で、ローウェル院長も覚悟してるんじゃない?」
オリビアに言われるとすんなりと受け入れられる。自分だけでは全てを丸く収めようと必死になるあまり、どうしても自分の意見を後回しに考えてしまうのだ。それで事が治るのなら……と、これまでなら何も問題はなかった。
でも今回は違う。自分の人生を決める決断をしなければならない。気持ちはフォーリアへと一直線なのだが、色んな責任を誰かに押し付けるのがどうしても気がかりだ。
「すぐにでもローウェル院長に相談することね。早くしないと、フォーリアに悪い虫がついちゃうかもよ?」
「それはダメだ!!」
「なら、迷ってる時間はなんじゃない?」
「はぁ……。ありがとう、オリビア。俺はどうも考えすぎるのが悪い癖だ」
「あなたは責任感が強すぎるのよ。もっと貪欲になるべきだわ」
幸せになりなさい、と彼女が言う。
レストランを出たあと、フォーリアの借家へと向かった。こっちに帰っているだろうか。またあれこれ考え込んで気持ちが揺るがないうちに返事がしたい。共に幸せになる選択肢を失う前に……。
でもフォーリアの部屋に灯りはついていなかった。もしかすると、今日は実家で過ごすのかもしれない。卒業のお祝いを、お母様もしたい筈だ。明日、再び来るとしよう。
そういえばフォーリアが秘密のハーブ園に来てほしいと言っていた。それについても予定を合わせなければいけない。フォーリアが村に帰るまであと十日。早急に決めることが沢山ある。
とりあえず、屋敷に帰ると父の部屋を訪ねた。病院だとどうしても仕事モードになってしまう。
父は俺の話を黙って聞いてくれた。
次の発情期で番になりたいということ、その後はローウェル病院での仕事を辞めてヒースマロウ村へ移住して欲しいと言われたこと、そして俺はフォーリアの要望に応えたいと。
そもそも、今までの決まりだと銀狼以外の種族との結婚が許されない。俺はそこから銀狼としての掟を破るのだ。もう銀狼だと言えなくなっても仕方がないと思っていた。
正直、父の返事を聞くのは怖い。だが父は全て俺の願うままにしなさいと言ったのだ。
「アシェルがオメガになっても、違う種族と結婚しても、離れた場所で暮らしたとしても、私の息子に変わりはない。アシェルが一番幸せになれる未来を選びなさい」
「ありがとう……ございます……」
また涙が溢れて止まらなくなってしまった。父にはフォーリアと共に生きていきますと告げ、深々と頭を下げた。
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