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フォーリア10歳、アシェル20歳 ーバース性判明からー

タリスの失錯 ーsideアシェル

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「タリスがいないだと⁉︎」
 タリスと同じ病棟で働いているナースが俺のところに泣き付いてきて発覚した。朝一番に行われる手術の予定時間になってもタリスが出勤していないという。

 ナースや各科の医師が手術の時間に合わせて準備もしているというのに、肝心の執刀医が居ないなんてあってはならない事態だ。

 急いで駆けつけると助手を務める先生やナース、麻酔科医や医療技術者が困惑したまま対応に追われている。

「アシェル先生! タリス先生に連絡も付かなくて困っています。今週は特に手術が詰まっていて延きも出来ませんし……」
 別のナースも半泣き状態だ。
「第一助手の医師を呼んでくれ」

 話を聞くと難しい手術ではないという。そして幸い第一助手の医師がベテランだった。
「執刀医をお願いできますか? 俺も助手で入ります」
「承知しました。直ぐに準備しましょう!」
 慌てて患者の病室へと向かう。患者にはタリスが急に体調を崩したとしか誤魔化しようが無い。

 俺の担当患者は別の医師に割り振ってもらい、手術に当たった。

 手術は無事成功したが、肝心のタリスが出勤したのは手術が終わって二時間も経てからだった。

 俺が院長室へ着く前から父からキツく叱られてはいるだろうが、それでは腹の虫が治らない。

「タリス!! 執刀医が手術の時間に居ないとはどういうことだ!!」
 飛び込んだ院長室から、微かにいつもと違う匂いが漂ってきた。

「……大きな声を出さないでくれ。頭が痛いんだ」
「お前……まさか二日酔いで……?」
 信じたくはないが、昼近くになって出勤したタリスには僅かにアルコールの匂いが残っている。

「昨夜の社交会は母さんが絶対に来てくれと、口煩く言ってきたから仕方なかったんだ。俺だって手術の前日くらいは飲みたくないに決まっている」
 酷すぎる言い訳を平然と言い放った。

「どれだけの人に迷惑がかかったか分からないのか!!」
 あまりの態度に思わずタリスの胸ぐらを掴む。すると、タリスは衝動的に苛立ちを露わにした。

「五月蝿い! オメガが偉そうに説教するな!!」
 全身の毛を逆立て、怒鳴ると同時に俺を突き飛ばした。

「タリス!!」
 飛ぶ瞬間に父の声が聞こえた。そしてその次の瞬間には院長室に置いてあるスタンド型のライトに当たり、倒れてきたライトの傘が割れて顔と手を切ってしまった。

 その状況の一部始終を目の当たりにした父が、ついにタリスに解雇を言い渡したのである。

「そんな!! 昨日は付き合いで仕方なかったんだ!! 父さんは何故いつもいつも兄さんの見方ばかりするんだ? 俺がアルファなのに!」

「アルファもオメガも関係ない! 私はタリスの勤務態度を見て決断したんだ」

 父の説明を聞いても納得がいかない様子で猛抗議を続けるタリス。その様子に痺れを切らした父が、さらに医師免許剥奪を言い渡した。

「今のタリスに医師の仕事はさせられない。またこの病院で働きたければ、もう一度学校へ通って免許を再取得してこい」

 逆上したタリスは院長室で思い切り暴れ周り、家具は壊れ、書類が部屋中に散乱した。そして院長室を出る間際、俺に向かって怒鳴った。

「兄さんがオメガになってから、俺の人生は狂い始めた」

 どうせ母さんが陰でそう言っているのだろう。プライドの高さは母さんとタリスはよく似ている。

「アシェル、大丈夫か?」
「はい、幸い切り傷だけです。部屋を片付けましょう」

 明日はフォーリアのラクヌンガ学院の合格祝いの食事に行くというのに、この顔の傷は隠せそうにない。きっと過剰に心配するだろう。

「アシェル、お前の所為なんかじゃないからな」
「分かっています。初めは俺もオメガになったのが嫌で嫌で仕方ありませんでした。でも今はオメガで良かったって思っているんです。そのおかげでフォーリアと出会えたし、バース性なんて何も気にすることもないって分かったから」

 俺がニッコリと微笑むと、父も安心したように息を吐いた。

 その後、改めて手術チームの人たちに謝罪に周り、ナースはすごいスピードで傷口の手当てをしてくれた。

「アシェル先生の綺麗な顔に傷をつけるなんて許せません!」
 口々に怒りをぶつけ合うナースを見ていると可笑しくなってきた。

「先生、何を笑っているのですか?」
「いや、ウチのナースは毎日忙しいのに活気があって素晴らしいと思ってね」

 今朝の事件から、とっくに気持ちを切り替えて仕事に励んでくれる彼女たちを誇りに思う。

「明日大切な人と会うんだ。手早く処置してくれてありがとう」
 お礼を言い、自分の診察室へと戻った。


 次の日、お昼に仕事を終わらせた俺は別宅までフォーリアを迎えに行った。
「アシェルさん!! どうしたのですか? 顔に傷が……」
 俺の顔を見るなりフォーリアに心配をされてしまった。

「話は馬車の中でするとしよう、とりあえずただの切り傷だから心配はいらないよ」
 馬車に並んで座るとフォーリアの肩を引き寄せる。

 フォーリアはこの三年でみるみる背が伸び、顔もグンと大人っぽくなった。クリンとした丸い瞳はそのままだが、雪豹らしい凛々しさも出てきたように感じる。あと数年経つ頃には俺の身長も抜いてしまうかもしれないなと思うと少し悔しい気もする。でもかっこいいフォーリアも悪くないと思っている自分もいた。

 二人きりのお祝いはとても幸せな時間だった。食事が運ばれてくる度に美しく盛り付けられた料理に感動するフォーリアが可愛くて仕方ない。食べ慣れた料理でも、一緒にいる人が違うだけでこんなにも味が変わるのかと驚くほどだ。

 美味しそうに食べるフォーリアを眺めながら、番になれる日に思いを募らせた。
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