上 下
26 / 61
フォーリア10歳、アシェル20歳 ーバース性判明からー

マティアス家からの提案 ーsideアシェル

しおりを挟む
 フォーリアの強張った表情と、真剣なお母様の顔。マティアス先生の話を避けているし、何か秘密があるのか? そして、その秘密を俺が聞いても良いのだろうか……。

 二人は俯いてしばらく考え込んでいる。
 フォーリアが、俺の父と会うのは自分の一存では決められないと言ったことにも関係しているのかもしれない。マティアス先生と父が知り合いだと分かった瞬間からフォーリアの様子はおかしかった。

 ハーブ園のことを尋ねた時もそうだ。何か誤魔化された気になったのを思い出した。ずっと違和感を覚えながらも、言いたくないのならと流していたが、この状況から全ては繋がるんじゃないかと推測した。

「あの……! 俺を信用してくれるかどうかはお母様とフォーリアにお任せします。言いにくいのでしたら追求も致しません。俺にとって一番必要なのはフォーリアとの時間ですし……でもお二人が抱えている物を俺が共有しても良いのでしたら、是非教えて頂きたい」

 今直ぐじゃなくても構いません、と付け加えた。二人だけで守ってきた何かがあるのなら大切にして欲しい。いつかはその中に自分も加われたら嬉しいけれど。

 真っ直ぐお母様を見つめてしまっていた。ハッと我に帰り、視線を逸らせた。

「すみません。興奮してしまいました……。あの、本当に無理じゃない範囲で良いので。いつでも、構いませんし……」
 語尾に向かうほど小声になってしまった。余計に恥ずかしくなる。

 耳の垂れ下がった俺を見て、二人ともキョトンとした表情に変わってしまった。
「ふふ……あはは! アシェルさん!! ありがとうございます」
「え? 何にありがとうなのか分からないのだが……」
「アシェルさんが私たちの秘密を共有したいって言ってくれたの、嬉しいです」

 と言うことは……やはりこの二人だけの秘密があるということだ。人には知られてはいけない何かが……。

「ローウェルさん。今の言葉であなたを信用すると決めました」
 少しの間、黙って聞いていたお母様が口を開いた。

「……話して下さるのですか?」

「はい。そのかわり、身内の方にも誰にも口外しないで下さい。これは私達だけではなく、ヒースマロウ村のオメガの方々にも関わってくる話なのです。本当なら、あなたのような立場の方には一番知られてはいけないのです」

 お母様の視線に熱がこもっていた。それだけで、いかに真剣に聞かなければならないかが伺える。一度姿勢を正して一言一句聞き逃すまいという気持ちに切り替えた。

 その後お母様から聞いた話は、マティアス先生が結婚を機に医師会から離脱。ヒースマロウ村に移り住んだ後、薬草の知識を活かしてオメガ専用の抑制剤を研究し始め、それを村のオメガに飲ませているという内容だった。

 フォーリアはその抑制剤を俺のお茶にも混ぜて飲ませていたらしい。これは認定外の薬のため、村のオメガリストに載っている人以外には渡さないと言う約束をしているのだそうだ。

 今まで俺のことをお母様に隠していたのは、フォーリアが隠れて俺にその抑制剤を飲ませてくれていたからなのだろう。

「私の村は貧困に悩むオメガが沢山おりました。医師会から認定を受けている薬はとても高額で手に入りません。オルダーはそんな村人の為に、安全性も高く、よく効く抑制剤を作ってくれたのです。なのでこの薬が医師会の人にバレて認定を受けてしまえば、村のオメガは路頭に迷うことになります」

「なるほど……その効果は俺自身が一番分かります。不思議とフォーリアの淹れてくれたハーブティーを飲んだ時だけ体が楽になっていましたから。それに、医師会の認定を受ければ効果は保証されるがどうしても高額になってしまうのも確かです。それだけの研究費用が掛かっていますので」

 マティアス先生が結婚後、医師会に戻らなかった理由はこれだったのか。急に姿を消したから大騒ぎになったのをよく覚えている。ジュニパーネトル街の周辺にまで捜査が及んだと聞いていたが、まさかあんな森の奥に村があるとは誰も思わなかったのだろう。上手く身を隠したものだ。

 一通りの話を聞き終わると、大きなため息を漏らしてしまった。
「自分の知らない所でそんな事が起こっていたなんて……。聞かせてくれてありがとうございます。これからの仕事への意識も変わります」

「ローウェルさん、話はまだ終わっていないの。話……というか、提案なのですが」
「……なんでしょう?」
「今後、あなたの抑制剤をフォーリアに委ねてはみませんか?」
「フォーリアに? そんな……! こちらこそ、そんな待遇良いのでしょうか?」

 願ってもいない提案に驚いた。そりゃ、フォーリアの飲ませてくれたハーブティーは美味しい上に効果も絶大だ。それを今後も飲めるなら今直ぐにでもそうしたい。

「私たちの作っている抑制剤は百パーセント天然の材料しか使っていません。なので摂り過ぎる心配もありません。お仕事柄、薬の服用が困難な時もあるでしょうし。粉末なのでお茶に混ぜて飲めますし、周りにも暴露ないでしょう」
「それは、本当に嬉しいです。でもどうして俺にそこまでしてくれるのですか?」
「私はフォーリアの意思を尊重しただけです。最終的にどうするかは、勿論ローウェルさんに会ってから決めようと思っていました。実際会ってみれば、フォーリアがお慕いしているワケも分かります。それに、この子はオルダーに似て頑固だから……」

 フォーリアと目を合わせて微笑みあった。俺たちの関係も認めてもらった上、マティアス家の秘密も共有出来た。その上、マティアス先生が作り上げた抑制剤を飲めるなんて……。こんな幸福が訪れるとは思ってもみなかった。

「ありがとうございます……。ありがとう……ござ……」
 何度お礼を言っても伝えきれないほどの感謝を伝えたいのに、喋ると泣きそうで上手くお礼も言えない。

「母様、私からもありがとうございます。これからは私がアシェルさんを守れるように頑張ります!」
「はは……。まさか十歳も年下の恋人に守られる日が来るなんて……」

 フォーリアの言葉に思わず笑ってしまったが、その後直ぐ口を閉ざした。“恋人”なんて、まだ早い。それはフォーリアが十八歳の成人を迎えてからだ。

「……すまない。恋人……候補でも、いいですか?」
「アシェルさん!! 私達は番になるんです!! もう恋人でもいいじゃないですか!」
 フォーリアが大きな声で言ったが、それでは俺は今の時点で実質犯罪者だ。

「フォーリア、そんなに焦らなくても良いじゃない」
「母様! 私たちの関係を認めてくださったのではないのですか?」

 駄々をこねる辺りは、まだ年相応かと思うと可笑しかった。

「俺はフォーリアが成人するまで待っているから、早く大人になってくれ」
 まだ子供の恋人(候補)を引き寄せ、抱きしめた。
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

俺にとってはあなたが運命でした

ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会 βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂 彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。 その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。 それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

真柴さんちの野菜は美味い

晦リリ
BL
運命のつがいを探しながら、相手を渡り歩くような夜を繰り返している実業家、阿賀野(α)は野菜を食べない主義。 そんななか、彼が見つけた運命のつがいは人里離れた山奥でひっそりと野菜農家を営む真柴(Ω)だった。 オメガなのだからすぐにアルファに屈すると思うも、人嫌いで会話にすら応じてくれない真柴を落とすべく山奥に通い詰めるが、やがて阿賀野は彼が人嫌いになった理由を知るようになる。 ※一話目のみ、攻めと女性の関係をにおわせる描写があります。 ※2019年に前後編が完結した創作同人誌からの再録です。

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

処理中です...