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フォーリア8歳、アシェル18歳 ——出会い——

見捨てられない ーsideフォーリア

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 森の中を泣きながら歩いた。アシェルさんが一番苦しい時に側で支えてあげられないなんて……、悔しくて涙が止まらない。

 何も知らずにオメガになりたいなんて言ったことを後悔した。オメガの苦しみも他の人よりは知っているつもりでいるが、さっきのアシェルさんを目の当たりにして怖くなったのも事実だ。

 でもだからと言ってアルファになんてなりたくない。アシェルさんと共に苦しみを分かち合えるならそのほうがいい。

 せっかく会えたのにまた三日も会えないなんて……。家路に着く足取りがどんどん重くなっていく。出来ることなら引き返して、どんなに怒られようとアシェルさんのそばに居たい。そんな勇気なんて無いのは、私自身が一番よく分かっている。だから余計に悔しいのだ。

 いつも聞こえる鳥の囀りさえ、今は耳に入ってこない。顔を上げれば抜けるような青い空が慰めてくれたかもしれないのに、私はそれに歯向かうようにただひたすら下を向いて歩いた。

 普段から人気のない森に佇んでいると、本当はこの世には私しか居ないんじゃないかと思えるくらいに静かだった。

 さっきアシェルさんと休憩した丸太に座ってみる。ほんの数時間前にはここに二人で座っていたのに……。アシェルさんの笑顔が浮かんでは消える。尻尾を抱きしめて気持ちを落ち着かせようと努力した。

 しかし、何時迄も物思いに耽てもいられない。山は夏だろうが日が陰るのが早いのだ。影が長く伸びてきたので重い腰を上げ、家路についた。

 それからの二日は学校以外の時間をずっとハーブ園で過ごした。母様が落ち込んでいる私を心配して、配達を代わってくれた。その代わりにハーブの手入れをしていると言うわけだ。

 落ち込んでいる理由を尋ねられたらなんと答えようかと考えていたが、私が話したくなったらでいいと言ってくれたので、今は何も言えません、と伝えた。


 三日目は朝からダンテさんが訪ねてくれた。孤児院に往診に行くからと、私を誘いにきてくれたのだ。あのあと、ディルが私に会いたがっていたらしい。私も孤児院に行く機会はないので興味があった。

 孤児院には現在六人の子供が暮らしているそうで、下は五歳、上は十六歳の子供が生活を共にしているそうだ。
 ディルは今年に入って孤児院に来たという。両親を不慮の事故で亡くし、身寄りなく孤児院に入ったそうだ。

 何度も森へ行って飛ぶ練習をしていたのは、孤児院の子と喧嘩になった時、八歳にもなって飛べないのを馬鹿にされて悔しかったからと話していたと言う。だからって、あんなに小さな体でよく森まで行ったもんだと感心してしまった。

 私が見た限りでは脚を怪我していたようだったが、あの後よく診ると羽も傷付いていたそうで、木の枝から派手に落ちたのだろうとダンテさんが教えてくれた。

 今日はその経過を診に行くのだという。

 ディルは私を命の恩人だと孤児院の院長さんに話しているらしく、院長さんからも私にお礼が言いたいから連れてきて欲しいと頼まれていたらしい。

 孤児院に着くと、すぐに院長で山羊族のメイポップさんが出迎えてくれた。メイポップさんが食堂に案内してくれた後、ディルを連れてきた。

「フォーリア!!」
 ディルがメイポップさんに連れられてきた途端に大きな声を出す。良かった、元気そうだ。

「ディル、怪我はどうです?」
「あぁ、もうほとんど治ったぜ!」
 羽をパタパタと靡かせた。

「でも、もう少しの間はおとなしくしておくんだぞ」
 横からダンテさんが口を挟む。せっかく完治しかけている部分がまた傷ついたら大変だからな、と付け加えた。

 ディルは早く練習を再開したいと口を尖らせている。机の上で地団駄を踏むその様子がおかしくて笑ってしまった。

「おい、フォーリア。何を笑っているんだ! 俺は早く飛べるようになって森中を飛び回りたいんだ!」
「ゴメン、ディル。練習を再開したら、私にも付き合わせてくれる?」
 私が言うとディルは嬉しそうに頷いた。後五日くらいで再開出来そうだとダンテさんが言った。

 メイポップさんとの約束で、もう少し安定して飛べるようになるまでは練習は教会周辺でのみとされたらしい。

 机の上のディルにソッと手を差し伸べた。ディルが私の掌に座ると、目の高さまで持ち上げた。本当に小さくて改めて見ても赤子のようだ。

「また俺を小さいと思ったな! 成長期が来たらフォーリアの背も抜くからな、覚悟しておけよ!」

 どうやら、お前より大きくなる! はディルの口癖らしい。喋りは立派なのがギャップがあって面白い。しかもディルはカワセミ族だから、元々大きくはならない種族だとダンテさんから聞いている。でも本人が体が小さいことを気にしているようなので言わないでおこうと思った。

 それにこんなに小さくても私より威勢が良い。両親を亡くしたのにそれを感じさせない明るさも驚きだった。

 私の父が亡くなった時は、私はまだ幼くて記憶の殆どは母から聞いたものだ。とても大切にしてくれていたと、繰り返し母が言っている。ディルの明るさから推測すると、きっとディルの両親も愛情をたっぷり注いで育ててくれていたのだろう。

 ディルの頬を突っつくと、ヤメロ! と怒ったが、その割には楽しそうな表情をしていた。

 こんなに小さな友達は初めてだ。しかもキレイな羽まで付いている。また練習をする時には知らせてくれるよう、院長さんと約束をして孤児院を後にした。

 思っていたよりも長居してしまった。急いで家に帰ってお昼ご飯を食べた。今日の午後はアシェルさんの様子を見に行く日なのだ。

「フォーリア、また出かけるの?」
「はい、森へ行ってきます。暗くなるまでには帰りますから」

 予め準備していた茶葉をカバンに入れて、アシェルさんの家まで走っていった。

 鍵を持っているものの、勝手に開錠して入っても良いのだろうか……。
 もしまだ体調が悪ければ入らないほうがいいかもしれない。玄関ドアをノックする。しばらく様子を伺うが応答は無いようだ。どうしようかしばらく考えた。

 アシェルさんなら一番上等の抑制剤を飲んでいるはずだ。それなのに、予定日が大幅にズレるなんて……もしかすると薬が合っていないのかもしれないと推測した。念のためにコッソリ抑制剤を持ってきている。
 
 今もヒートに苦しんでいるのなら、またハーブティーに混ぜて飲ませば気付かれないはずである。

 私は鍵で開錠し、ゆっくりとドアを開け中に入った。やはり想像した通り、奥の部屋から苦しんでいる呼吸が漏れていた。これは確実に薬が合っていない。急いでお湯を沸かすと、カモミールにペパーミント、そこに少しオレンジピールを入れたハーブティーを淹れた。

 ティーカップに注ぐと、そこに抑制剤の粉末を混ぜた。これを飲めれば……。

 溢さないよう、アシェルさんの部屋へ運ぶ。
「……だ……誰だ?」
 吐く息荒く、アシェルさんが叫ぶ。そりゃそうだ。私以外に鍵を持っていないのに、もしも他の誰かなら危険すぎる。

「アシェルさん、私です! フォーリアです!」
「フォー……リア……。来るな……来るな!! こんな俺を見ないでくれ!!」

 ドア越しに泣いているのが分かった。こんな苦しみを三日間も……。でも私もここで引き下がるわけにはいかない。

「アシェルさん、入ります」
 思い切ってドア開けると、鼻を突くような匂いが私を迎え入れた。思わず目と口を閉じてしまった。

 ベッドに横になっているアシェルさんは、下半身を露わにし、何度も射精した精液に塗れていた。

 胸に私のベストを抱えて……。

「フォーリア、今は帰ってくれ……こんな姿は見せたくないんだ」

 確かに想像もしていない姿にたじろきそうになったが、アシェルさんに懇願されようと、このまま見過ごすことなんて出来ない。

「いいえ、帰りません。アシェルさん、このハーブティーを飲んでください。ろくに水分も摂ってないでしょう?」
 アシェルさんの脇に腰を下ろし、私にしがみつくように上半身を起こさせた。

「ヒートが……ヒートが治らないんだ……」

 泣きすぎて凛々しく整った顔がぐちゃぐちゃになっている。上流階級の証である白銀の髪も耳も掻き乱していた。誰も頼れず、一人で苦しんでいたのだ。私はしっかりとアシェルさんを抱きしめた。

「大丈夫です。直に治ります」
 深呼吸を促し、少し落ち着いたところでハーブティーを口内に流す。少しずつ少しずつ、飲むほどに水分も補給され、呼吸も落ち着いてきた。ティーカップに入っているお茶を全て飲み干すと、また横にならせた。

 しばらくすると、乱れていた呼吸も静かになり、そのまま眠ってしまったようだ。
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