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フォーリア8歳、アシェル18歳 ——出会い——

会いたい ーsideフォーリア

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 とうとうアシェルさんが帰ってしまった。家を出る間際に茶葉を渡せたのは良かった。でも振り返りもせず歩く姿を見送るのは、想像より遥かに悲しかった。

 アシェルさんが見えなくなるまでその場から動けないでいた。少しでも長くその姿を見ていたかった。心地よい風がアシェルさんの白銀の髪をすり抜ける。凛とした歩き方にまで私は見惚れていた。

 今からの三ヶ月をどう過ごそうかと考えながら家路に着く。この一週間があまりにも楽しくて、思い出になってしまうのがどうしても受け入れられない。振り向いたら戻って来ていないかと何度も振り返るが、期待も虚しく森の景色だけが私を見守っていた。

「フォーリア、友達とケンカでもしたの?」
 あまりの私の落ち込みように、母様が心配して尋ねてきた。
「ケンカなんて何もしていません。今日は沢山動いたから疲れただけなんです」

 母様にはまだアシェルさんの話はしていない。どうしようかと悩んでいるうちに、話すタイミングを逃してしまったのだ。

「もうすぐ発情期に入る人が多くなるから、寝る前にオメガリストの確認をしておいてね。今日はゆっくりお休みなさい」
 母様に言われ、はいと返信をした。

 そうだ、オメガはアシェルさんだけではない。同じように苦しむ人が沢山いるんだ。
 アシェルさんが居ない間は他のオメガの人たちの役に立たなければ!

 次の日からは今までよりももっと丁寧にハーブの手入れをした。またアシェルさんに喜んでもらいたい、また笑顔になって欲しいから、私が出来ることはなんでも頑張りたいのだ。

 もっとアシェルさんの期待に応えられるように、薬草の勉強にも力を入れた。他にも何かしてあげられればいいのだけれど……。

 もう十八歳のアシェルさんに子供の私が出来ることなんてたかが知れている。早く大人になりたい。どうにかして年齢の差を埋めたい。そうしたらもっと力になってあげられるかも知れないと思う。

 今頃アシェルさんはどうしているだろうか。もう私なんて忘れられているかも……。そう思うと怖かった。

 八歳の私に三ヶ月という時間はあまりにも長すぎる。アシェルさんが帰ってからの数日は泣き疲れて眠りについた。私が目を真っ赤に腫らして起きてくるものだから母様はとても心配していた。それでもアシェルさんの話はしなかった。思い出になった今、自分の中だけで存在して欲しいと思ったから。私の他の誰の中にもアシェルさんを入れたくなかったのだ。

 泣いても喚いても日々は過ぎていく。

 ある日、フッと思った。もし会えない時間を私がずっと泣いて過ごしていたと知ったらアシェルさんはどう思うだろうと。優しいアシェルさんなら、きっと私に笑って過ごしてほしいと願うに違いない。それくらい私のことを気遣ってくれていた。

 忘れられているかも……なんて気持ちは封印した。もし本当に忘れられていたなら、また思い出して貰えばいいだけじゃないか。

 それ以来、泣くのをやめた。次会える時に楽しい話ができるように、なるべく明るい話題作りに努めた。毎日の日記も事細かく書いて忘れなうよう、しょっちゅう読み返した。何かの役に立てばと、ヒースマロウ村のオメガリストとは別に、こっそりアシェルさんの発情期も記録しておくことにした。そのノートは誰にも見られないように机の鍵のかかる引き出しに入れた。


「フォーリア、急で悪いけどラムズさんの所へ行ってくれる?」
 翌朝一番に、母様からオメガのラムズさんへ抑制剤を届けて欲しいと頼まれた。ラムズさんはフェレットの種族で私の友達のお母さんでもある。なんでも急ぎで来てほしいと言っていたらしく、私は朝食も摂らずにラムズさんの家まで走った。


「おはようございます。ラムズさん」
「おはよう、フォーリア。ごめんね急に頼んじゃって」
 ラムズさんが申し訳なさそうに言った。

「いえ、構いませんよ。もうすぐ発情期ですものね」
「それもあるんだけどね、今日はどうしても街まで出掛けないと行けないんだよ。万が一、街で発情したら大変だからね。抑制剤とお茶を持って行きたかったんだ」

(街……。ジュニパーネトルまで行くのか。いいなぁ、アシェルさんの住む街だ)

 私はラムズさんを羨ましく思った。街に行ったところでアシェルさんに会える保証なんてない。それに、子供が無闇に街に出かけるのは学校から禁止されている。私も母様にお使いを頼まれた時しか街には行けなかった。

 何か街に行く理由が出来ればいいのに。会えなくとも、同じ街にいるというだけでも少しアシェルさんに近づいた気持ちになれる。


「フォーリアも今日は学校休みだろう? 良かったら一緒に行かないかい?」
「え? 私もですか?」
「ああ、うちの子も連れていくし……。って、本音を言うとね、あの子がいるとゆっくり買い物が出来ないから、フォーリアが一緒にいてくれると安心だろう?」
 ラムズさんは悪戯に笑った。

 街に行ける?本当に?
「是非、行きたいです!! 朝食を食べたらまたすぐに来ますね!」

 私は大急ぎで自宅まで走って帰った。走るのは得意だ。早く準備をしてラムズさんの家に戻らなければ! はやる気持ちを抑えられず、母様が驚くほど素早く支度を済ませて家を出た。

 ラムズさんも「もう来たのかい?」と豪快に笑う。友達のルートと手を繋ぎ出発した。

 嬉しい。街に行けるなんて! こんなことならアシェルさんの好きな店を聞いておくべきだった。アシェルさんのような上流階級の人が行くお店なんて私は入ることも出来ないだろうけど、店の前を通るだけでも良かったのに……。次に会った時には聞いてみよう。

 子供はなかなか街まで行けないので、ラムズさんは私がお出かけを喜んでいると思っているみたいだ。

 実際、隣のルートも楽しそうに浮き足立っている。二人で手を繋いで、途中からはスキップしながら森を抜けた。後ろから見ているラムズさんは、私達の尻尾がぴょこぴょこ跳ねるのが面白かったらしく、くくく……と時折り笑っていた。

 森を抜ける手前にアシェルさんの別宅があるが、意識して見ないようにした。あの家が見つかってはいけないから。

 アシェルさんがヒート中に隠れる家だから、家族でもお父さんと決まった使用人しか場所を知らないと言っていた。

 もちろん身内以外で知ってるのは私一人だけ。“私だけ“と言うのがなんとなく特別みたいで優越感に浸ってしまう。なんだか特別な存在になったようじゃないか。


 街に着くと、途端に人が沢山居て賑やかになった。真っ白の漆喰の外壁が軒を連ね、軒先やベランダには色とりどりの花が咲き誇っている。石畳の道もとても歩きやすい。

 辺りを見渡すと、お花屋さんや、お菓子屋さん、骨董品屋さんにパン屋さん……。目移りしてしまうほどの店がひしめき合っている。

 何処を見渡してもお洒落な街並みは、アシェルさんにとてもよく似合うと思った。

 あのカフェテリアのテラスで座っていても絵になるし、路面で売っているオレンジジュースを買っていても様になる。あの服屋さんには行ったことがあるだろうか……。何処を見てもアシェルさんの姿を通して見てしまい、一時も落ち着けないので困った。

 ラムズさんは慣れた様子で市場に向かって歩いて行った。

 毎週末にだけオープンする市場で、色んな街から採れたての野菜やフルーツ、パスタやスパイスを売っているお店もあれば、オモチャを売っているお店まで集まる。

 週末はこの市場に来るのが目的で沢山の人が集まるので、一層賑やかになるのだった。ラムズさんは大体ここで一週間分の食料を調達するのだそうだ。

 こんなに沢山の人がいるならアシェルさんもいても変ではない。……いや、やっぱりアシェルさんが居ては変だ。市場は庶民が集まる場所だから、来るはずなんてない。今は忘れて市場を楽しもう。ラムズさんと逸れないように色んなお店を回った。

「母ちゃん、疲れたー!!」
 ルークが言った。確かに私も少し休憩したい。沢山人に揉まれながら歩き回ったので足も疲れたし喉も乾いた。ラムズさんがレモネードを買ってくれたのでベンチに座り休憩することにした。

 脚を休ませながら辺りを見渡すと、色んな種族の獣人が行き交っている。犬、猫、狼が一番多いように思う。中には羽の付いている者や角が生えている者もいる。

 見た目だけでは誰がオメガで誰がベータやアルファなのかは分からない。七割の人はベータというから、このうちの殆どの人はベータなのだろう。

 キョロキョロと街並みを見渡していると、人混みの向こうにキラリと光る白銀の髪が一瞬見えた。
(アシェルさん!?)
 思わずベンチの上に立ち、背伸びをして凝視した。

「あっ……!」
 視線の先には間違いなくアシェルさんが歩いていた。
「……アシェルさん……」
 胸がグッと熱くなる。話しかけるには距離があり過ぎたが、その横顔は間違いなくアシェルさんだ。誰かと楽しそうに話しているようだ。友人だろうか。うーん、よく見えな……。


 その時、私は見てしまった。アシェルさんの隣に女性の姿を。
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