上 下
3 / 61
フォーリア8歳、アシェル18歳 ——出会い——

雪豹フォーリアとの出会い ーsideアシェル ※挿絵あり

しおりを挟む
 発情期が本格的に始まる前に自宅を出た。それなのに、別宅に向かう途中で突然動悸が激しくなり酷い目眩に見舞われた。

(なんで……今、発情……!?)

 気づいた時にはもう遅かった。足が震えて立てなくなり、その場に踞ってしまった。
(呼吸が……出来ない……)

 予定外のヒートで、普段よりも症状が重い。別宅までは後十分も歩けば着くのに……。走ればもっと早く着く。それなのに体がいうことを聞かない。人気はないが、もしこんなところでアルファに見つかれば助かる余地はない。地面を這いつくばって茂みに隠れた。

 自慢の白銀の毛は泥に塗れた。でも今はそんなことを気にしている余裕もない。

(どうか治ってくれ。誰も来るな。俺を見るな)
 
クソッ!何で俺がオメガなんかに……。悔しくて涙が止まらない。バース性なんて関係ないと自分が証明したいって思っているのに、俺自信がそのバース性を恨むなんて。

 これじゃあ母や弟と同じじゃないか。結局俺も頭のどこかでアルファに戻りたいと願っているんだ。

 嫌だった、全てが。オメガになったのも、アルファに戻りたいと思っている自分も。

 どんなに足掻いても元になんて戻れない。分かっているだけに余計に虚しさが増す。またあの時みたいな高熱で突然変異が起きないかと何度も思った。


 屋敷から離れるのは開放感がある。全ての柵から解き放たれた感覚になれるから、気が楽になる。でもそれと同時に心の片隅には常に焦りがあった。成績は大丈夫か、学校に暴露ていないか、屋敷に帰った時、母は俺を受け入れてくれるだろうか。父の期待に応えられるのか。不安を考え始めるとキリがない。悪循環で嫌な想像しか出来ず、ヒートの上に体調を崩すから厄介なのだ。

 またネガティブに考えてしまった。呼吸を荒げながら疼きが酷くなる。
(落ち着け、落ち着け……)
 自分に言い聞かせながらゆっくり息を吐き、徐々に脈を落ち着かせた。

 少し落ち着いたら直ぐに動き出そうと思っていたのに、起き上がるどころか意識が遠くなっていった。早く行かないと……。いつまでもここでなんか居られない。もし意識を失っている間に襲われでもしたら、それこそ人生終わったも同然だ。
 しかし、俺の意思とは逆に視界がボヤけ暗くなる。あぁ、せっかくヒートが落ち着いたのに……。


 「大丈夫ですか? お兄さん、大丈夫ですか? 起きられますか?」


 薄れゆく意識の中で見知らぬ声が聞こえた。ついに幻聴まで聴こえるようになったのか。いよいよ俺も潮時かもしれないな。もうこのまま天国に逝ければ……。

 もう、どうでもいいや。疲れた。家族や学校に気を使うのも。それに、病院だって弟が継げばいい。何をそんなに拘っていたのだ。オメガになった俺なんて、誰も必要となんてしてる筈がない。薄れていく意識に身を委ね、このまま消えてしまいたかった。

 それなのに、僅かに聴こえる声はどんどん鮮明さを増していった。
「お兄さん、ヒートですか?」
 その言葉に凍りついた。アルファか? アルファに見つかったのか? 俺のことを襲うのか? 嫌だ。やめてくれ。思い通りに動かない体を無理やり動かしてそいつの腕から逃れた。

「ゴホッゴホッ!」

 地面に落ちた衝撃で咽せた。でもそんなことは気にしてられない。アルファに襲われるのだけは嫌だ。必死にそいつから逃れようともがく。それでもまだしつこく俺にしがみついてきた。

「お兄さん、今はジッとしてください! これ、飲めますか?」
 そう言ったかと思うと、乾いた俺の口に何かの粉末を流し込み、続けて暖かいお茶を流し込んだ。

 ハーブだ。

 いい香りが口に広がる。鼻を抜けるミントの香りが乱れた気持ちを落ち着かせてくれた。何かの粉末とともにお茶を飲み込むと、少し様子を伺ってまたハーブのお茶を流し込んでくれた。

「これで大丈夫ですよ。少し休めば落ち着くはずです」
 その人は当たり前のように言った。ハーブの香りで頭がすっきりとしていくのを感じると、確かに自然と呼吸も整った。

 そしてようやくまともにその人の顔を見た。

 頭には白くて丸い耳が付いている。薄らと黒っぽい模様も見られた。

 これは珍しい。雪豹の種族など初めて会った。年は……おおよそ十歳になるかならないか……と言ったところだな。病院では見かけたことがない。っということは……こいつもオメガ……なのか?

 考えてみればヒートを起こした俺を見ても襲わなかった。冷静になると、取り乱していた状態を思い出すのも恥ずかしかった。

「すまない。取り乱したところを見られてしまったな。迷惑をかけた」
 こんな子供に情けない姿を曝け出すなんて……反省と恥ずかしさで耳が垂れた。

「いえ! 私は迷惑だなんて思っていませんよ。歩けますか?お家は近くですか?」
 透き通るようなグレーの瞳を潤ませて俺の顔を覗き込む。

「大丈夫だ。家も近いし一人で歩ける」
 俺の方が年上なのに心配されるなんて。本当に情けない。一刻も早く別宅へ行きたかった。でも慌てて立ち上がったからか、立ちくらみがしてよろめいく。

「やっぱり大丈夫じゃないですよ! もしよかったら私の肩を杖の代わりにしてください」
「何故見ず知らずの俺に、そんなにも親切にしてくれるんだ?」
「困っている人がいたら誰でも放って置けません」

 また当たり前のように言い放った。家族でも助けてなんかくれないのに……。自分よりも体の小さい子供に頼って歩くなんて申し訳ないが、遠慮なく助けてもらうことにした。一人では到底別宅まで帰れそうになかった。

 雪豹のお陰でどうにか別宅に辿り着いた。
「ありがとう、本当に助かったよ」
「お礼なんて結構ですよ。それでは、失礼します」
 礼儀良くお辞儀をすると、雪豹は踵を返し帰ろうとした。その時、なぜかこの子に側にいて欲しいと思ってしまった。一人になりたいと此処に来たのに、どうしようもなく一人になりたくなかった。

「あっ! あの!!」
 雪豹の背中を呼び止める。ふわふわのグレーの髪の毛を揺らして振り返った。
「どうかされました? まだ、気分がすぐれないですか?」
 どうやら、俺がまだ体調が悪いと感じたようだ。多少の目眩はあるが不思議とヒートは治っている。でも引き止められるなら……もう少し体調が悪いふりをしててもいいだろうか。

「さっき、ハーブのお茶を飲ませてくれただろう? あれをまた飲みたいのだが、まだあるか?」
「はい! さっきのは私が少し飲んでしまっていますが、お湯があれば茶葉からお淹れしますよ」
 あどけない笑顔が可愛らしい子供だ。見知らぬ俺なんかの家に招き入れて良いのか躊躇いはあったが、その子は何を疑うでもなく家に入ってきた。

 聞けば母とお茶屋さんを営んでいると言う。それで色んな茶葉を持ち歩いているのか。この森をずっと奥に進むと小高い山になっていて、そこにある集落に住んでいると教えてくれた。

 そんなところに村があったなんて知らなかった。考えてみれば、俺は自分の街から出たことがない。俺が住むジュニパーネトル街はこの近辺の街の中でも一番栄えていて、他の街や村にいく必要性がない。街とは正反対に行くと、途端に自然豊かな風景が広がる。自分の屋敷の裏がまさしくそうだった。

 オメガになり、人気を避けるためにワザと街から離れた場所に別宅を構えてもらったのだ。この家から奥に村があるなんて考えたこともなかった。

「そういえば、名を聞いても良いか?俺はアシェル。十八歳だ」
「私はフォーリアと言います。年は八歳です」
「そうか。フォーリア、まだ幼いのにしっかりしているな」
「幼いなんて! 私はもう赤子ではありません! お茶だって、美味しく淹れられます」

 少し赤めた頬に、思わず口元を緩めてしまった。それに、確かにフォーリアの淹れてくれたお茶は美味しいのだ。数種類のハーブをブレンドしてくれた。

「確かに、こんなに美味しいハーブのお茶は初めてだ」
「カモミールにリンデンとオレンジピールをブレンドしました。少し余分に置いていきますので、寝る前にも飲んでくださいね」
 まだ声変わりのしていない濁りのない少し高い声が、心地よく脳内に響く。この声を聞きながらだとよく寝られそうだ。

 ティーカップを持ち上げると、オレンジの香りが鼻を通り抜けた。



しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

俺にとってはあなたが運命でした

ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会 βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂 彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。 その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。 それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

真柴さんちの野菜は美味い

晦リリ
BL
運命のつがいを探しながら、相手を渡り歩くような夜を繰り返している実業家、阿賀野(α)は野菜を食べない主義。 そんななか、彼が見つけた運命のつがいは人里離れた山奥でひっそりと野菜農家を営む真柴(Ω)だった。 オメガなのだからすぐにアルファに屈すると思うも、人嫌いで会話にすら応じてくれない真柴を落とすべく山奥に通い詰めるが、やがて阿賀野は彼が人嫌いになった理由を知るようになる。 ※一話目のみ、攻めと女性の関係をにおわせる描写があります。 ※2019年に前後編が完結した創作同人誌からの再録です。

その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい

海野幻創
BL
「その溺愛は伝わりづらい」の続編です。 久世透(くぜとおる)は、国会議員の秘書官として働く御曹司。 ノンケの生田雅紀(いくたまさき)に出会って両想いになれたはずが、同棲して三ヶ月後に解消せざるを得なくなる。 時を同じくして、首相である祖父と、秘書官としてついている西園寺議員から、久世は政略結婚の話を持ちかけられた。 前作→【その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました】 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/33887994

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

処理中です...