ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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9 学園祭

9-14

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 二杯目のウーロン茶を飲み干そうとした瞬間、紗絵の言葉を聞いて、思わずウーロン茶を鼻から吹き出しそうになってしまった。

「ちょっと紗絵! どういう事?」
「和葉、私らも有志でバンドやろうよ! 店の宣伝になるしさ、お化けの格好でもして、ステージ立つの」
「そうじゃなくって! どうして私がそれに混ざってる訳!」
「あんたの別の使いどころ浮かんだって言ったでしょ?」
「それが、これなの?」
「そう。どう、大藤、お願い出来ないかな?」
「バンドって、そんなに甘いもんじゃねぇぞ?」

 玲央君の声に、若干真剣味が増す。

「あんたや順哉さんみたいに、本気でやってる人達からしてみれば、時間も無いだろうし、鼻くそみたいなもんしか出来ないかもしれない。だけど、折角青春してるんだから、やりたい事全部やらなきゃ勿体ないじゃん!」
「紗絵、道子は誘わないの?」
「この女はそう言うタイプじゃないのよ」
「お、よく分かってるわね。和葉、私は二人がステージに立ってるのを見て、感動する側に回らせて貰うわ」

 ――好き勝手言ってくれる!

「お願い! こんな事、プロみたいなあんたに頼む事自体、お門違いだって事は分かってるんだ! でも、あんたの歌めっちゃ凄かったじゃん! ギターも弾けるって和葉が言ってたし、すっごい頑張るって約束するから!」

 紗絵は両手を前で合わせて、懇願するように玲央君に拝み倒す。
 玲央君は後頭部を一、二度掻いた後、私の方へ目線をずらした。

「友野は?」
「へ?」
「お前は、今初めて聞かされたんだろ? 本当に、本気でやる気あんのか?」

 髪の毛の奥から、玲央君の眼差しがちらりと見える。
 そもそも、紗絵がバンドの話を聞いた時から、自分もやりたいと言い出すんじゃないかと言う気はしてた。だけど、まさかその頭数に私も入っているだなんて、想像だにしていなかった事だ。
 私は、玲央君の歌に対する、音楽に対するストイックさを良く知っている。玲央君が音楽に、バンドに、歌に、どれだけ情熱を傾けているかと言う事を良く知っている。
 だから、生半可な返事を、その場限りで返すのは、そんな彼に対して失礼だ。
 後の後の事まで考え、よく思案してするべき発言だ。
 だけど、私はその時、玲央君の言葉に対し、本当にごく自然に、言葉が漏れたのだ。

「……やる。……やってみたい」

 ステージに立つ側を望んでいる。
 そんな事、この場に至るまで一ミリも考えた事など無かったのに。
 紗絵の勢いに気圧されたのだろうか?
 玲央君の歌に、魅了されたからだろうか?
 理由なんて、後からいくらでも考えればいい。
 もしかしたら、玲央君との共通言語が欲しかっただけなのかもしれない。
 だけどその時確かに、私の内側の、心の奥底の、目には見えない小さな細胞の深奥に、火が灯ったのだと思う。

「宜しくお願いします」

 頭を下げる私の頭上から、玲央君の声が降ってくる。

「分かった。協力する」

 こうして私達は、学園祭に向けて動き出した。
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