ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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9 学園祭

9-13

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「よぅ」
「わざわざすまんね」
「何だよ、頼みたい事って?」
「まぁ、とりあえず座って。大藤、何飲みたい? 奢るから」
「……じゃあ、メロンソーダ」
「道子、頼むわ」
「はいは~い」
「ほら和葉、ずれてずれて、大藤座れないでしょ?」

 言われるがまま座席を移り、玲央君の座る場所を空ける。
 見事に私抜きで行われた会話のキャッチボールを傍観しながら、条件反射のように高鳴る心臓に深い呼吸を与える。
 教室ではすっかり慣れたが、ファミレスの席で隣同士と言うのは、また趣が違う。

「は~い大藤、お待たせ~」

 先程の紗絵の時と同様に、道子はコップに溢れんばかりのメロンソーダを玲央君の前に差し出した。

「佐藤、お前、これ、入れ過ぎだろ?」
「零れてないんだからいいじゃない」
「飲む時零れるだろ?」
「零れないように飲めば大丈夫よ」

 得意気に笑う道子の顔を見て諦めたのか、玲央君はヘッドホンを外し、先程の紗絵と同様に、口でメロンソーダを迎えに行った。
 こう言う時、本能的に人は同じような行動を取るのだなぁ、と言うような事が頭に浮かんだ。

「そんじゃ、本題ね」

 紗絵が改めて玲央君に向き直る。

「和葉もよく聞いてて」

 私にも関係があるらしい。

「単刀直入に言うね。大藤、あんたに今度の学園祭の、大道具とか小道具とかの責任者を頼みたいんだ」

 玲央君を見つめる紗絵の目は、真剣そのものだ。

「うちはちょっと奇抜な喫茶店やる事になったでしょ? だから、どうしてもセット的な物は凝りたいんだ。だけど、予算は限られてるから、センスが頭抜けた奴じゃ無いと駄目だと思ったのよ。それで浮かんだのがあんたよ」
「どうして俺なんだよ?」
「あんたねぇ、あんだけ見事な砂の城見せられて、どうして俺なんだよ、は無いでしょうが?」

 紗絵の発言に、あの時の砂浜での光景が頭を過ぎ去っていく。玲央君の手で生み出された砂の城、私はお城には明るく無いのだが、誰かが言っていた事を鵜呑みにするなら、たしか小田原城、その姿が神々しく脳裏に蘇ってくる。

「手先の器用さと、センスは別物だぞ?」
「分かってる。だけど、あんたはきっとそういうセンスも持ってるはず」
「根拠は?」
「私はあんたの歌を聞いてる」

 グラスの中のコーラを飲み干し、紗絵は不敵に笑った。

「悔しいけど、あの時あんたに非凡な才能を感じたのよ。芸術的なセンスはあらゆる面で繋がっているって私は思ってる。それに加えて、あんたはそのセンスを表現出来る指先も持ってる。あんたしかいない、じゃちょっと違うな、あんた以上の物を出来るのは、うちのクラスにはいないって判断したのよ」

 熱を上げ捲し立てる紗絵の言葉を、玲央君は静かに聞いていた。持てるようになったグラスを持ち、メロンソーダを一口啜ってから、彼は一つ息を吐いた。

「鈴原、お前、それは俺を買いかぶり過ぎだ」
「いいや、あんたが自分を過小評価してるだけだよ」
「何にせよ、俺は……」
「学校では、人前で動く気は無い、って言うんでしょ?」

 紗絵が得意気に、空になったグラスを指先で弾いた。キィンと言う高い音が、刹那か細く空気を震わせる。

「そこで和葉の出番」
「私?」

 思わぬ所で水を向けられた。

「表向きは、和葉に道具関係を担当して貰うって事にする。実質的な指示とかは、最終的には全部私のとこに来るようにするから、和葉の仕事は、大藤の存在を隠す為のカモフラージュ程度でいいわ。何人かで道具関係のチームを作って、その中に大藤も入って貰う。そこのトップに和葉を置いて、大藤はさり気無く和葉をフォローするように、場を動かして欲しいの。その位なら目立たないし、指示が行き渡れば、後は黙々と作業するだけだから問題は無いはず。それならどう?」
「まぁ、その位なら……」
「和葉もいいよね?」
「うん、頑張ってみる……」

 実際、私にそんな器用な立ち回りが出来るのかと考えると、些か自信が無い。だけど、燃えている紗絵の手前、ここで私が尻込みする訳には行かない。

「んで、具体的には何をやればいいんだ?」
「細かい部分は、後の会議で決めるから、それはまた和葉伝いに報告させるよ。セットに関しては、ある程度の方向性が決まったら、出来れば設計図とかもお願いしたいんだけど、いけそう?」
「そこまで専門的な物じゃ無くていいか? 簡単な図面くらいで?」
「どうせあんたも一緒に作るんだから、あんたが分かればいいわよ」
「分かった」
「よっしゃ! よろしく!」

 紗絵がテーブル越しに、玲央君に手を伸ばした。少し躊躇い、彼がその手を握り返すと、紗絵が私に目配せをした。二人が握手している上から、その手を包み込むように手を重ねる。

「そんじゃ、ついでに私も」

 その更に上から、道子が手を重ねてくる。
 折り重なった四つの手は、二度三度、感触を確かめあうように振られた後、緩やかに綻んだ。

「そんでさ、大藤。ここまでは、実行委員としてのお願いだったのね。こっからは、ちょっと個人的なお願い」
「何だよ?」
「私と和葉にさ、ギターと歌を教えて欲しいんだ」
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