ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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9 学園祭

9-9

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 翌日。

「おはよう、癒し担当大臣!」

 6組の教室を開けた瞬間私を出迎えたのは、楽しそうな紗絵の、突然の羞恥プレイだった。
 クラス中の視線が一斉に突き刺さるのを感じる。それを振り払うように、私は大急ぎで紗絵の元へ駆け寄った。

「ちょっと、いきなり何よ!」
「いきなりって、昨日メールで言ったじゃない。和葉は私の癒し担当大臣だって」
「いや、確かにメールに書いてはいたけど、そもそも、癒し担当大臣って何よ!」
「道子さん、ご説明してあげて」
「はいはい」

 紗絵の合図に、半笑いの道子が紗絵の後ろから顔を出した。

「何かね、紗絵の事癒せばいいらしいよ」

 ――無茶ぶりにも程がある。

「だから、具体的には何をすればいいの?」

 ご説明になってないご説明をのたまう道子に更に水を向ける。そこから返ってきた答えは酷く哲学的な物だった。

「和葉が和葉でいる事が、紗絵の心を癒す事になるんだってさ」
「まぁ、言っちゃえば私の秘書だね。とりあえず、今日は一日、敏腕秘書として、私の傍から離れないように。私の言う事をよく聞いて、指令を全うしてくれたまえ」

 紗絵は楽しそうにそう話し、ついでに私の頭も撫でてくる。

 ――だったら最初から、秘書って言ってくれればいいのに……。

 それでも、紗絵が昨日に比べて、随分と明るさを取り戻しているのが嬉しかった為、恥ずかしめは甘んじて受け入れる事にした。
 私がこの日、紗絵に呼ばれて行った仕事は、放課後に行われる会議に出席してもらう為、紗絵が目を付けたメンバーに声を掛けたり、図書室から必要な資料を借りて来たり、自分のお弁当箱から栄養物資を渋々差し出した事位だった。

『大藤からヘッドホン奪って、その耳を引っ張って来い!』

 その要求だけは、頑として拒否させてもらったけれども……。
 そんなこんなで放課後、私と紗絵と道子、それに休み時間に声を掛けた他3人、計6人で、一回目の会議が行われる運びとなった。

「そんじゃ、ぼちぼち始めますか」

 放課後、紗絵は並んだ私達の顔をぐるりと見まわしてから、意気込むように呟いた。

「鈴原、これ遅くなるか?」
「いや、予定では今日は何となくの方向性と、仕事振る目安決めるだけだから、そんなに時間はとらせないつもり」
「部活遅れたくねぇんだよな」
「大丈夫、川口ちょっとクラスで拉致るからって、ユウ君には言ってあるから。サボりにはならないわよ」
「そうじゃねぇよ。早く身体動かしてぇって言ってんの」

 ブーブーとやる気無く文句を垂れるのは、サッカー部に所属している川口大翔君だ。
 大きく翔けると書いて、ヒロト君と読むのだが、申し訳無いが私は初見で読むことは出来なかった。人名の難読は、日本の世の常である。
 紗絵が彼に声を掛けた理由は、男子側の意見も聞かないといけないから、と言う事だった。
 紗絵の意見が女子の総意を得て押し通った事で、逆に男子の間では、女子で勝手にやれよ、的な空気が今後流れるだろう事を予測した紗絵は、早々にプロジェクトメンバーの中に、男子の中心人物を取り込んで行く事にしたのだ。
 川口君は、クラスのムードメーカー的な存在であり、男子からの人望も厚い。所属している部活はサッカー部の為、キャプテンをしている祐一君を通じて、彼のアリバイを確保出来ると言う保証付きだ。
 そして大きなポイントとして、男子には好かれているが、女子と普段交流を持っていない、男子だけで集まっているメンバーを引っ張り込む、と言う点が大きいと紗絵は語った。

『あいつは女慣れしてないし、多分あいつの周りの馬鹿共の中では、女なんて、みたいな腹立つ理論がまかり通ってると思うんだ。だけど、別に女に対して興味が無い訳じゃないだろうから、渋々でも参加出来る理由があれば、多分川口なら転がってくる。男子の中で情報を広げていく人間がいれば、今後懐柔策が取りやすくなると踏んでる』
『そんな簡単にいくかな?』
『大丈夫大丈夫、とりあえず、川口を誘う時は、他の男子のメンバーが居ない時を狙って』
『何か意味あんの?』
『まぁね~』

 紗絵の含み笑いの理由は分からなかったが、結果的に、川口君はこうして会議に出席してくれている。ある意味そこを一番心配していただけに、放課後に彼の顔が見えて正直ほっとした。彼と話した事なんてほとんど無かったし、行かないと強く言われてしまったら、きっと私は委縮してしまっていただろう。
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