ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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9 学園祭

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「何でもいいから、早く帰りたいんだけどな~」
「サクッと決まればサクッと帰れるんじゃない?」
「経験上、サクッと決まった試しなんてないね」

 紗絵がどんどんやさぐれていく姿を横目に見つつ、道子に話しかける。

「今年もまたお菓子作るの?」
「要望があれば、腕を振るう気はある、とだけ言っておくわ。ユウ君と学園祭回りたいから、作り置きしまくりになるけどね」
「私、当日ふけようかな~」
「学園祭の思い出が無い高校生活なんて、寂しすぎるでしょうが」
「とは言ってもね~、テンションは上がんないわよ~」
「順哉さんでも誘えばいいじゃない?」
「……」

 道子の打った軽口に対し、紗絵は響く事をしなかった。

「紗絵?」
「いやぁ、無理っしょ? 忙しいだろうし、来てくれる訳無いって」

 紗絵は自嘲気味に笑いながら、完食したお弁当箱をしまう。

「紗絵?」
「ほら和葉、さっさと食わないと、また時間無くなるよ? 手伝ってあげようか?」
「いいよ、食べれるよ!」

 残りのお弁当を必死でかきこみつつ、頭の中では別の思いが過ぎっていた。

 ――玲央君ならまだしも、順哉さんが学校に来たら、笹村さんに一発でばれちゃうんだろうなぁ……。

 だけどさっきの、普段見せない紗絵の物憂気な表情を見てしまっては、親友として、その思いを無下にする事も出来ないし、出来ればしたくない。

 ――本当、ままならないなぁ……。

 最後のハンバーグを口に放り込み、ゆっくりと味わいながら、空になったお弁当箱の蓋を閉めた。



「まぁ、本当のメイドの格好しなくてよくなったんだから、それよりはよかったんじゃない?」
「そうかな? 私はメイド服ってのも、ちょっと興味あったけどね。お帰りなさいませご主人様ってのも、意外と面白そうだし?」

 道子がけらけらと笑いながら、私の言葉に横槍を入れる。
 放課後、いつものように三人で帰り際に、駅前のドーナツ屋に寄ったのだが、会話はもっぱら私と道子のみで、紗絵はげんなりとした顔を浮かべたまま、溜息ばかり吐いていた。
 クラスで行われた会議の結果、私達のクラスの出し物は、喫茶店となった。
 勿論、ただの喫茶店では無い。
 お化け屋敷のような店内に、奇抜なメイクを施した店員。おどろおどろしさと、美味しいケーキや紅茶のアンバランスを狙う、メイド喫茶ならぬ、その名も冥途喫茶なのだ。
 何故こんなとんでもない物に決まってしまったかと言うと、男子が提案した本家メイド喫茶の意見に、クラスの女子の大多数がブーイングを起こし、その代替案として立ち上がった、冗談みたいな名前のこちらが、第一候補として通ってしまったのだ。

「あぁ、マジで、マジでふけよう……」

 砂糖のまぶされたツイストドーナッツを茫然と眺めながら、紗絵はうわ言のようにそう呟いた。
 紗絵がどうしてこんなに凹んでいるのかと言うと、そもそもメイド喫茶の案に真っ先に反対したのが紗絵だったのだ。

『あんたらの欲望満たす為だけのヒラヒラ衣装なんて、真っ平ごめんだわ!』

 そう啖呵を切った紗絵に、クラスの女子が追従した形になった。2年6組のジャンヌダルクは、民衆を鼓舞し反対勢力に真っ向から立ち向かったのだ。

『だったらお化けとかの格好して、冥途喫茶、とかやった方がなんぼかマシよ!』

 紗絵もまさか、勢いで叫んだこの提案が書記によって黒板に書かれるとは、あまつさえそれがクラスの過半数の指示を得てしまうとは、想像だにしていなかっただろう。

「私、もうこれから、絶対、何があっても熱くならない……、何だ冥途って、馬鹿じゃ無いの?」

 自虐的に反省を繰り返す紗絵の顔がどんどん沈んでいく。
 その様子を見ながら、道子が楽しそうに呟く。

「まぁ、お菓子系は協力出来るから、あんま深く考えなくて平気よ。別に全部あんたに押しつけようなって、だ~れも思って無いわよ?」

 普段中々見れない、弱っている紗絵が新鮮なのか、道子はニコニコと笑いながら助け船を出した。
 そう、冥途喫茶の案が通ってしまった際、その提案をした紗絵が、実行委員長になってしまったのだ。勿論全力で突っぱねようとした紗絵だったのだが、そうなると冥途喫茶の案は流れてしまい、次点の本家メイド喫茶が採用されてしまう事となり、大多数の女子の願いにより、紗絵は渋々の渋々、委員長を応諾したのだった。
 代わりに私がやります、と手を挙げた者が誰一人としていなかったのも、問題なのだけれど……。

「何で私は部活に入ってなかったんだ? そうしたら、そっちを理由に断れたのに……、面倒くさい、本気で面倒くさい……」

 放課後の会議の所為で時間も遅かった為、その日は早々に解散となった。
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