ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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8 二学期

8-11

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 一曲目が終わった瞬間、私の胸の内に蠢いていたものは、この感動はきっと、私以外には分からないんだろうな、と言う、上から物を言った、酷く独善的な物だった。
 興奮する道子が、隣で何か祐一君に叫んでいる。素直に喜んで貰えている事は、とても嬉しく思った。
 ふと逆隣を見ると、紗絵が袖口で目元を拭っていた。
 その光景に、私は少なからず驚嘆した。
 彼女が感情に乏しいとは言わない。だけども失礼な話、音楽に感動して涙を流すような子には見えなかったのだ。

「じゃあ二曲目、『光と影と』……」

 玲央君の声が再び聞こえると、紗絵はすぐさま顔を上げて、ステージに目線を移した。激しい音楽に鼓膜が麻痺しているとはいえ、普段から勘の鋭い紗絵が、私の視線にまるで気付いていないことにも驚いた。
 間違いない。
 紗絵は今、完全にスティグマに魅了されている。
 曲が鳴り響き始めた事で、私もすぐにステージに意識を戻した。
 この曲は、私が初めて聞いたスティグマの曲だ。だけど、あくまで素人の判断だが、あの頃よりも格段にレベルアップしているように感じた。

 ――うわぁ、最高、皆に聞かせたい!

 ほんの五分程前とは真逆の感想を強く持つ私は、スティグマの出す魔力に、玲央君の歌に、一番やられてしまっているのだろう。
 この日スティグマは、全部で四曲を演奏した。
 最後の一組の演奏が終わった所で、姉に声をかけられた。

「あんた、今日も打ち上げ行く?」
「行かない。今日はみんなもいるし」
「まぁ、そっか。でも、玲央君や順哉君に挨拶くらいはしてくでしょ?」
「うん、したい」
「じゃあ、ちょっと外で待ってな」

 そう言われて外に出たのだが、思ったよりも関係者が多いようで、ライブハウスの前にはまだそれなりの人数がいた。
 外に出て五分程した所で、順哉さんが外に出て来た。

「いやぁ、今日はありがとう、みんな」

 ステージから降りれば、ちゃんと上着も着ている、いつもの順哉さんだった。当たり前だけど。

「順哉さん、すっごい格好よかったですよ!」
「本当に! めちゃめちゃ格好よかったです!」

 道子と祐一君カップルが、異口同義に順哉さんを褒めちぎる。
 順哉さんは、マジでありがとうと嬉しそうににやけながら、二人と握手を交わした。
 順哉さんが来た事で我に返ったのか、紗絵が順哉さんに近づいていった。

「順哉さん、三曲目の最初、ミスってたでしょ~」
「うえっ! 何でわかんの?」
「順哉さんが、ヤベッて顔してたから、あ、ミスったかなって?」
「玲央にも言われたんだよ。順哉さん、ミスったでしょって、違うんだって、ちょっとテンションあがり過ぎて、よく分かんなくなっちゃったんだって」
「でも、すごい良かったですよ」
「まぁ、そう言って貰えるならありがたいよ。ありがとうね紗絵ちゃん」

 二人のやりとりを見ながら、私は先程の、目元を拭う紗絵の姿を思い出していた。
 紗絵の心の内には、すごい良かった、なんて平易な言葉で表わせられる程、小さな物は詰まっていないだろう。だけど、それを本人に素直に表現する術もまた、紗絵には備わっていないのかもしれない。
 なんとも難儀である。

「順哉さん」
「和葉ちゃんもいつもありがとう。玲央なら、すぐ出てくるから、もうちょっと待っててね」
「すごく良かったですよ」
「ありがとう。まぁ、俺の今日のポイントは、髪を上げた玲央だけどね」
「あれ順哉さんがやったんですか?」
「あいつ実はイケメンなのにさ、顔隠すもんだから、勿体ないじゃん? 今日も最初嫌がってたんだけど、まぁ渋々納得させた訳よ」

 順哉さんのドヤ顔に対し、あいつが実はイケメンだなんて、騙された気分ですよ、と紗絵が笑った。

「あの、スティグマのレオさんですよね!」

 緊張した、それでも可愛らしい声が、突如耳に飛び込んできた。

「ああ、そうですけど?」

 声のした方を見ると、すぐ近くまで来ていた玲央君と、CDを手にした女の子の姿があった。玲央君の姿は、ステージの時と同じ、金髪ツンツンのままだ。

「あ、あの、今日、初めて、ライブに来たんですけど、その、レオさんの、歌声、すっごく、好きになりました」

 緊張し過ぎているせいなのか、しどろもどろに話す女の子に対し、玲央君は律儀に、ありがとうございます、と返している。

「あ、あの、握手、とか、サイン、とか、してもらっちゃったり、しちゃって、いいですか?」

 顔を赤くしながら、さっき受付で買ったのだろうスティグマのCDと、可愛らしいピンク色のボールペンを、おずおずと玲央君に差し出した。

「ああ、勿論です、ありがとうございます」

 玲央君はCDを受け取ると、ジャケットの裏にサラサラとペンを動かした。
 サインを書き終えたCDを女の子に手渡し、同時に、右手を差し出す。
 彼女はその手をぎゅっと、傍目でも分かる位強く握り返し、これからも頑張って下さい、と叫んで、逃げるように走り去って行った。

「みっちゃん、あの子ってさ」
「うん、意外、こう言うとこ来るんだね」

 道子と祐一君の会話が耳に入ってくる。

「うっす」

 サインを終えた玲央君が、何事も無かったかのようにこちらへと合流して来た。

「よう玲央、新たなファン獲得だな。相手の子、随分緊張してたみたいだったけど、結構可愛かったよな?」
「いや、まぁ、はい」

 順哉さんが冷やかすように玲央君に声を掛け、玲央君は煮え切らないように言葉を返す。
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