ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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8 二学期

8-9

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「ちょっと和葉、私にだけ内緒なの?」
「そう言う訳じゃないわよ、でも、全然、普通の、面白くない話だから!」

 ふぅん、まぁ、いいけどね、と道子は含みのある笑いを浮かべた。
 ドアが開き、私達は流れるように駅のホームへと降り立った。
 駅の外へ出ると、先程よりも夜を濃くした空気が、私達を街に迎え入れる。
 私は携帯から地図を取り出して、僭越ながら先頭を務めた。
 後ろから、道子と紗絵のひそひそ話が聞こえた後、すぐさま道子が後ろから抱きつきながら囁いて来た。

「和葉、大丈夫よ。女はサイズじゃ無いから」

 その豊かな身体に背中を包まれる。

「道子に言われてもなぁ……」
「じゃあ、ユウ君に言って貰う?」
「止めて下さい」
「じゃあ、大藤に言わせようか?」
「絶対に止めて下さい!」

 慰めどころか、そんなもの止めの一撃だ。
 重くなりそうな足取りを懸命に運んで行くと、お目当てのライブハウスはすぐに見つかった。
 重い扉を開くと、すぐさま中から明るい声が聞こえて来た。

「いらっしゃいませ」

 聞き覚えのある声がすると思ったら、受付に座っていたのは我が姉だった。

「あ、迷わないで来れた?」
「うん。お姉ちゃん、何で受付やってるの?」
「今日のライブは、割と飛び入りで参加させて貰ったからね。お礼の意味も兼ねて、ちょっとお手伝いよ」
「ふ~ん」
「紗絵ちゃんも、よく来たわね。えっと、そっちの子は……」
「佐藤道子です。和葉ちゃんとは、いつも仲良くさせて貰ってます。今日は、お誘い頂いてありがとうございます」

 道子がずいと前に出て、姉に挨拶をする。先日の紗絵とは違い、しっかりとした挨拶の仕方に、ほっと胸を撫で下ろす。

 ――私は道子のお母さんか!

 ほっとした自分に、思わずツッコミを入れる。

「あら、それはそれは、和葉の姉の久喜子です。そっちの格好いい子は、彼氏?」
「そうで~す」

 道子はそこで祐一君の腕を掴んだ。

「三山祐一と言います。今日はありがとうございます」
「いえいえ、楽しんでいってくださいね」

 笑顔で返す姉に、ぼそりと呟く。

「お姉ちゃん、何か今日キャラ違くない?」
「何言ってんのよ、私は普段からこんな感じなの。あんたは家の中での私しか知らないだろうけど、外ではしっかり者のお姉さんで通ってるんだから」
「ふ~ん、変な感じ」
「それにしても……」

 姉はそこで私の格好をちらりと眺めた。

「本当に着れてるのね、ちゃんと取っといてよかったわ」
「変じゃない?」
「似合ってるよ、可愛い可愛い」
「可愛いじゃ駄目なんじゃないの?」
「大丈夫だったら。ほれ、つっかえるから、中入りな。もうすぐ始まるから」

 姉からチケットを手渡され、それを皆に配ってライブハウスの中へと入っていく。

「和葉、あんたのお姉さん、美人だね。何か憧れちゃうわ~」

 道子が耳元でそう囁く。

「しっかりしてそうだし、スタイルもいいし、いやぁ、大藤もいい趣味してるわ」
「う……」

 道子の囁きが、胸に刺さる。

「あ、ごめん、別にそういう意味で言ったんじゃないのよ?」

 じゃあどういう意味だったのか気になる所だが、ううん、平気平気、と笑って流しておく。
 玲央君は、やっぱり姉みたいなタイプが好きなのだろうか、と言う不毛な疑問は、寝る前やお風呂の時など、嫌と言うほど考えてしまう。自分に自信がまるで無いと言う訳では無い。だけれども、姉と比べた時、女として見劣りしていないと誇示出来る程、現実が見えていない訳ではない。
 そんな現実なんて大嫌いだと嘯き、仕方がないと言う諦観だけで乗り越えるのも、それはそれで気が引ける。
 まだ若いんだから、抗う価値はあると自分に言い聞かせる。だが、そんな考え方自体、若く無い気もする……。

 ――まぁ、今日はライブを楽しむべきだよね……。

 現実と向き合う為、姉に貰ったチケットをもう一度眺め、今日のスティグマの出番を確認する。
 出演するバンドは6組、その内スティグマは5番目だった。

「んで、どの辺で聞いてればいいの?」

 紗絵がふと横から声を掛けて来た。

「私ら初めてだからさ、よく分かんないんだわ。和葉的には、どうなん?」

 言われて、今日のお客さんの入り具合を確認する。
 疎らとまではいかないが、そんなに大入りと言う訳でもない。前回の時は、確かもうすぐメジャーデビューを控えていたと言うバンドが居たから、随分と入客は多かったのかもしれないが、普段はこんなものなのだろう。
 そのバンドの名前は、今ではすっかり失念してしまっている。

「そんじゃ、前の方を陣取ろうか」

 折角、みんなの初めてのライブなんだから、是非間近で玲央君の歌を聞いて欲しかった。
 その時、ステージ以外の明かりがスーッと暗くなり、袖から一組目と思しきバンドが顔を出し、各々音を出し始めた。
 少しずつステージに集まるお客さん達に混ざり、私達はステージの目の前を陣取った。

「何かワクワクするんだけど」

 隣で道子が声を発した。
 無論、私もだ。
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