ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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8 二学期

8-8

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 日曜日の夕方、私達はあの夏の日のように、駅前に集合した。

「うわぁ、私ライブとかって初めてなんだけど、超楽しみ~」

 改札を潜った所で、道子が喜色満面で祐一君に語りかける。

「俺も初めて、すげぇ楽しみ」

 道子のテンションに当てられたのか、祐一君もいつもより、若干幼くなっている気がする。

「あんたら、あんまりガキっぽくすんじゃないよ? こっちが恥ずかしくなるんだから」

 些かげんなりしたように、紗絵がカップルに釘を差した。本心でもあるのだろうが、やっかみの部分も多少あるのかもしれない。
 集まったメンバーは、今日は4人。当然ながら、玲央君の姿は無い。きっと今頃は、もう現場に入っているだろう。
 電車に乗り込み、4人並んで席を陣取る。
 場所は前回よりも少し近い。6つ先の駅で降り、そこから商店街を抜けて道なりに10分程進めば、すぐ右側に見えるらしい。玲央君からのメールには、駅を降りてからの地図も添付されていた為、迷う事は無いだろう。だけど、念のため、その地図を紗絵の携帯にも送っておいた。自信を持って先導出来る程、自分の方向感覚を信じている訳ではない。
 窓の外は、足早に通り過ぎていくビルや家々とは対称的に、ゆっくりと太陽が沈んでいく。向こうに着く頃には、暗くなっているだろう。

「ねぇ和葉? あんた、大藤のライブ行く時って、いっつもそういう格好なの?」

 隣に座る紗絵が、好奇心を満面に浮かべて尋ねてくる。ついでに、舐めるような視線も頂く。
 今日の私の装いは、白のオフショルダーTシャツにカーキ色のショートパンツである。肩の出た部分からは、ピンクのキャミソールの紐が、ちらりと顔を覗かせる。

「高校生に見えないような、って言う条件があるから、割とこんな感じだけど?」
「そっか、和葉はただでさえ見た目ちょっとガキっぽいから、こういうとこ頑張らないといけないわけだね」
「ガキっぽくて悪かったわね」
「悪いって言ってないじゃん。それに、その格好も似合ってるよ。和葉のセンス、ちょっと見直したよ」

 ――見直されても困る……。

「いや、この服は、ぶっちゃけ、お姉ちゃんの、昔の服を借りたの」

 時期が開いたとは言え、そうポンポン新しい服を買える程、お財布の懐は広い訳ではない。だけど、私の好みで組み合わせれば、やっぱり年相応に映ってしまう可能性も高い。何より、こんな時くらいおめかししたいと思ったっていいじゃないか。といっぱしの女の子を気取ってみるものの、先立つものが無ければ後悔すら出来ない。そこを姉に相談したところ、やれやれと言う表情が電話越しからしっかり伝わってくる程の深い溜め息を頂いた後、サンクチュアリと化していた姉の部屋へ、足を踏み入れる許可を本人より頂いたのだ。

『あれこれ触るんじゃないよ? そうだね……、タンスの二段目の右側に、確かオフショルダーの服があるから、その辺から適当に選びな』
「肩出る奴じゃなきゃ駄目?」
『駄目じゃないけど、出しとけ出しとけ。若い内だけだから』
「お姉ちゃんの服、私着れるかな?」
『とりあえず着てみな』

 派手な色合いは避けようと思っていたら、丁度白地のシャツが目に入った。自室に移動し、電話をハンズフリー状態で机に置く。着替えた後、姿見に映してみると、そこには鎖骨を露わにした私の姿があった。

 ――まぁ、このくらいなら。

『どんな感じ? 着れた?』
「うん、可愛いよ。これ借りるね」
『良かった良かった。今着てるもんは大体こっちに持って来ちゃっててさ、中学の時の服くらいしか残って無かったんだけど、あんたが着れるならその辺全部あげるわ』

 姉の言葉に、私は少なからずショックを受けた。
 否、大いにショックを受けた。
 この気持ちを端的に表すように、両膝と両掌それぞれに、自室のカーペットと口づけを交わさせた。

 ――お姉ちゃんの中学時代と、体型一緒の高校生とかどうよ?

 中学生の癖に生意気な服を着るな、いや、そもそも中学生の段階で、そんな発育許されてたまるか、などと言う、誰がどう聞いても理不尽な言い分はグッと堪え、精一杯笑顔を取り繕って、その笑顔が見えない電波越しの姉に礼を言う。

「お姉ちゃん、ありがとう。ありがたく、大切に使わせて貰うわ」
『……どうしたのよ、気持ち悪い言葉遣いして』
「だって、だって~……」

 凹んでいた理由を姉に説明した所、姉から一頻りクスクス笑いを貰い、大丈夫だよ、多分これから、色々育っていくって、と言う心ばかりのお慰みを頂く。
 そもそもこの頃は、服を買える程のお小遣い等は貰っていない故、母や父の買い物等に付き添い、ねだって買って貰っていた時代だ。そんな冒険出来ない時代の服の趣味が、高校生の私よりも大人っぽいだなんて。自身に染みついている、お子ちゃまと言う名のレッテルが心底恨めしくなった。
 と言う経緯を話すと、話を聞いていた隣の女は、また無遠慮に含み笑いを隠そうともせず、お腹を押さえてクツクツと揺れ出した。

「和葉、あんた本当面白いわ。あんたの親友やってて本当よかった」
「笑いながら言われても全然嬉しく無い」
「いやぁ、あんたは、ずーっとそのまま、変わらないでいて欲しいわ~」
「変わるもん! もう、来年辺りになったら、こう、一回りくらいは、その……、大きく……」
「はいはい、分かった分かった」

 紗絵に頭を撫でられる。適当にあしらわれてる感満載であるが、如何せん電車の中だ、大きな声は出せない。

「何? 何の話?」

 不意に、道子が食いついてきた。

「それがさ、今和葉が着てる服がさ」
「あ、着いたよ! ほら、早く降りないと!」

 そこで天の助けとばかりに、電車は目的の駅へと到着した。
 私は道子の手をぐいっと引っ張って、まだ開く前のドアの前へと連れて行く。
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