67 / 86
8 二学期
8-7
しおりを挟む
「黙ってて下さい、お願いします」
ところが玲央君は存外あっさり、ペコリと頭を下げ、これでいいか? と逆に問いかけて来た。
「つまんないわね~」
「別に、頭を下げる事くらい。頼みごとしてんのは本当だし」
「ふ~ん、あんた、意外と大人なのね。まぁいいや。チケットは?」
「今は持ってない。けど、マジで来る気か?」
「マジで行くわよ」
玲央君の顔が、一瞬強張るのを私は見逃さなかった。味の薄い苦虫でも、口の中に飛び込んで来たのだろうか?
「分かった、じゃあ、取り置きしておく。場所とかは分かるか?」
玲央君の顔が私へと向いた。
「分かんない。お姉ちゃんからは、明日あるってだけしか聞いてないから……」
「鈴原は?」
紗絵は首を横に振り否定を表現した。
「じゃあ、後で友野に、場所と時間メールする」
「道子って来るかな?」
「そりゃ来るでしょ。じゃあ、大藤、チケット四枚お願い」
「もう一人は、三山か?」
「あそこはもうワンセットだしね、多分一緒に来るでしょ?」
紗絵の言葉を聞き、玲央君が内ポケットから手帳を取り出し、ペンを走らせる。
「分かった。そんじゃ、日曜に」
「ねぇ玲央君、スティグマって、いつ復活したの?」
首を突っ込んだ手前、その後の動向はやはり気になっていた。
「ああ、学校始まる直前位にミーティングやって、まぁまた頑張ろうって事になった」
「そう、本当によかったよ。心配してたんだ」
「友野には、本当世話になったな。感謝してる」
「そんな、いいよ、私はただ……」
――また玲央君の歌が聞けるなら、それだけで充分……。
「スティグマの音楽が好きだからさ、またライブに行けるのが嬉しいの」
本音がポロリと零れそうになったが、その雫は、寸での所で自制心に飲み込まれた。
「それにしてもさ、あんたさっき、出来ればあたしら誘いたくなかった、みたいな顔したよね?」
「……別に、そんな事は」
「さっきの休み時間にさ、あんたら二人に話しかける前に、ちょっと後ろから観察してたんだけどさ」
――今後は是非やめて頂きたい。
「うちらはまだしも、和葉にも内緒にしてるってのは、何か納得行かないんだよね~。その辺、和葉は気にならない?」
そう言われれば、さっきの玲央君の言動は、私にライブの事を知らせたくなかったようだった。
「玲央君、私がライブに行くと、何かまずかった?」
「おお、いいぞ和葉、もっと言ってやれ」
「紗絵はちょっと静かにしてて」
「へいへい」
もしそうだとしたら、何か私は、まずい事でもしたのだろうか?
ふと、玲央君が哀しげに私を見つめた、あの夜の公園での出来事が頭を掠めた。
「いや……、復活一発目のライブって、勘も戻ってねぇかもしんねぇし、出来れば、友野には、もっと、もう一回ちゃんとしてから、来てもらわなきゃな、とは思ってた。これは本当。だから、何か、学校でする話でもねえし、誘いづらくってな……」
玲央君の口から、訥々と零れてくる言葉が、私の琴線を優しく爪弾いて行く。
――何か、嬉しいな。
玲央君は音楽に対してとてもストイックだ。だけどそれは、自分だけの世界に閉じこもるようなものじゃ無く、聞いてくれる人の為に行われる、理解されるべきストイックさなのだ。
「じゃあ、私、日曜行かない方がいいかな?」
少し意地悪に、そんな質問をしてみた。
「いや、来てくれるなら、是非来てほしい。いいもん聞かせるよ」
「分かった楽しみにしてる」
「んで、お楽しみのとこ悪いんだけど、和葉の食事ペースを考えると、時間的にそろそろヤバいんだけど」
いつの間にか一人でお弁当を広げていた紗絵に言われ、私はすぐさま携帯を開き、時間を確認した。
13時15分。
――おーぅ、もうこんな時間ですか……。
玲央君もそこでビニール袋から焼きそばパンを取り出し、咀嚼し始めた。
彼に倣うように私もすぐさまお弁当に箸をつけた。だが、うっかり話が長引き、初速が遅れた為か、お弁当箱内の領土の完全制圧は出来ず、時間の関係上、早期撤退を余儀なくされた。昼休み終了のチャイムが鳴った時点で、その領土の半分程が、ご飯とおかずの軍勢に支配されたままだったのが口惜しい。
勿論残りは、家に帰ってから行われた掃討戦で、全て美味しく頂いたのだが、午後の授業は半活動的となった自身の胃袋との戦いになってしまった。
――お腹鳴るな! 玲央君に聞かれる!
社会科の授業そっちのけで、さりげなく腹筋に全力を込める私を、どうか誰か笑って欲しい、玲央君以外で……。
ところが玲央君は存外あっさり、ペコリと頭を下げ、これでいいか? と逆に問いかけて来た。
「つまんないわね~」
「別に、頭を下げる事くらい。頼みごとしてんのは本当だし」
「ふ~ん、あんた、意外と大人なのね。まぁいいや。チケットは?」
「今は持ってない。けど、マジで来る気か?」
「マジで行くわよ」
玲央君の顔が、一瞬強張るのを私は見逃さなかった。味の薄い苦虫でも、口の中に飛び込んで来たのだろうか?
「分かった、じゃあ、取り置きしておく。場所とかは分かるか?」
玲央君の顔が私へと向いた。
「分かんない。お姉ちゃんからは、明日あるってだけしか聞いてないから……」
「鈴原は?」
紗絵は首を横に振り否定を表現した。
「じゃあ、後で友野に、場所と時間メールする」
「道子って来るかな?」
「そりゃ来るでしょ。じゃあ、大藤、チケット四枚お願い」
「もう一人は、三山か?」
「あそこはもうワンセットだしね、多分一緒に来るでしょ?」
紗絵の言葉を聞き、玲央君が内ポケットから手帳を取り出し、ペンを走らせる。
「分かった。そんじゃ、日曜に」
「ねぇ玲央君、スティグマって、いつ復活したの?」
首を突っ込んだ手前、その後の動向はやはり気になっていた。
「ああ、学校始まる直前位にミーティングやって、まぁまた頑張ろうって事になった」
「そう、本当によかったよ。心配してたんだ」
「友野には、本当世話になったな。感謝してる」
「そんな、いいよ、私はただ……」
――また玲央君の歌が聞けるなら、それだけで充分……。
「スティグマの音楽が好きだからさ、またライブに行けるのが嬉しいの」
本音がポロリと零れそうになったが、その雫は、寸での所で自制心に飲み込まれた。
「それにしてもさ、あんたさっき、出来ればあたしら誘いたくなかった、みたいな顔したよね?」
「……別に、そんな事は」
「さっきの休み時間にさ、あんたら二人に話しかける前に、ちょっと後ろから観察してたんだけどさ」
――今後は是非やめて頂きたい。
「うちらはまだしも、和葉にも内緒にしてるってのは、何か納得行かないんだよね~。その辺、和葉は気にならない?」
そう言われれば、さっきの玲央君の言動は、私にライブの事を知らせたくなかったようだった。
「玲央君、私がライブに行くと、何かまずかった?」
「おお、いいぞ和葉、もっと言ってやれ」
「紗絵はちょっと静かにしてて」
「へいへい」
もしそうだとしたら、何か私は、まずい事でもしたのだろうか?
ふと、玲央君が哀しげに私を見つめた、あの夜の公園での出来事が頭を掠めた。
「いや……、復活一発目のライブって、勘も戻ってねぇかもしんねぇし、出来れば、友野には、もっと、もう一回ちゃんとしてから、来てもらわなきゃな、とは思ってた。これは本当。だから、何か、学校でする話でもねえし、誘いづらくってな……」
玲央君の口から、訥々と零れてくる言葉が、私の琴線を優しく爪弾いて行く。
――何か、嬉しいな。
玲央君は音楽に対してとてもストイックだ。だけどそれは、自分だけの世界に閉じこもるようなものじゃ無く、聞いてくれる人の為に行われる、理解されるべきストイックさなのだ。
「じゃあ、私、日曜行かない方がいいかな?」
少し意地悪に、そんな質問をしてみた。
「いや、来てくれるなら、是非来てほしい。いいもん聞かせるよ」
「分かった楽しみにしてる」
「んで、お楽しみのとこ悪いんだけど、和葉の食事ペースを考えると、時間的にそろそろヤバいんだけど」
いつの間にか一人でお弁当を広げていた紗絵に言われ、私はすぐさま携帯を開き、時間を確認した。
13時15分。
――おーぅ、もうこんな時間ですか……。
玲央君もそこでビニール袋から焼きそばパンを取り出し、咀嚼し始めた。
彼に倣うように私もすぐさまお弁当に箸をつけた。だが、うっかり話が長引き、初速が遅れた為か、お弁当箱内の領土の完全制圧は出来ず、時間の関係上、早期撤退を余儀なくされた。昼休み終了のチャイムが鳴った時点で、その領土の半分程が、ご飯とおかずの軍勢に支配されたままだったのが口惜しい。
勿論残りは、家に帰ってから行われた掃討戦で、全て美味しく頂いたのだが、午後の授業は半活動的となった自身の胃袋との戦いになってしまった。
――お腹鳴るな! 玲央君に聞かれる!
社会科の授業そっちのけで、さりげなく腹筋に全力を込める私を、どうか誰か笑って欲しい、玲央君以外で……。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる