ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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8 二学期

8-7

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「黙ってて下さい、お願いします」

 ところが玲央君は存外あっさり、ペコリと頭を下げ、これでいいか? と逆に問いかけて来た。

「つまんないわね~」
「別に、頭を下げる事くらい。頼みごとしてんのは本当だし」
「ふ~ん、あんた、意外と大人なのね。まぁいいや。チケットは?」
「今は持ってない。けど、マジで来る気か?」
「マジで行くわよ」

 玲央君の顔が、一瞬強張るのを私は見逃さなかった。味の薄い苦虫でも、口の中に飛び込んで来たのだろうか?

「分かった、じゃあ、取り置きしておく。場所とかは分かるか?」

 玲央君の顔が私へと向いた。

「分かんない。お姉ちゃんからは、明日あるってだけしか聞いてないから……」
「鈴原は?」

 紗絵は首を横に振り否定を表現した。

「じゃあ、後で友野に、場所と時間メールする」
「道子って来るかな?」
「そりゃ来るでしょ。じゃあ、大藤、チケット四枚お願い」
「もう一人は、三山か?」
「あそこはもうワンセットだしね、多分一緒に来るでしょ?」

 紗絵の言葉を聞き、玲央君が内ポケットから手帳を取り出し、ペンを走らせる。

「分かった。そんじゃ、日曜に」
「ねぇ玲央君、スティグマって、いつ復活したの?」

 首を突っ込んだ手前、その後の動向はやはり気になっていた。

「ああ、学校始まる直前位にミーティングやって、まぁまた頑張ろうって事になった」
「そう、本当によかったよ。心配してたんだ」
「友野には、本当世話になったな。感謝してる」
「そんな、いいよ、私はただ……」

 ――また玲央君の歌が聞けるなら、それだけで充分……。

「スティグマの音楽が好きだからさ、またライブに行けるのが嬉しいの」

 本音がポロリと零れそうになったが、その雫は、寸での所で自制心に飲み込まれた。

「それにしてもさ、あんたさっき、出来ればあたしら誘いたくなかった、みたいな顔したよね?」
「……別に、そんな事は」
「さっきの休み時間にさ、あんたら二人に話しかける前に、ちょっと後ろから観察してたんだけどさ」

 ――今後は是非やめて頂きたい。

「うちらはまだしも、和葉にも内緒にしてるってのは、何か納得行かないんだよね~。その辺、和葉は気にならない?」

 そう言われれば、さっきの玲央君の言動は、私にライブの事を知らせたくなかったようだった。

「玲央君、私がライブに行くと、何かまずかった?」
「おお、いいぞ和葉、もっと言ってやれ」
「紗絵はちょっと静かにしてて」
「へいへい」

 もしそうだとしたら、何か私は、まずい事でもしたのだろうか?
 ふと、玲央君が哀しげに私を見つめた、あの夜の公園での出来事が頭を掠めた。

「いや……、復活一発目のライブって、勘も戻ってねぇかもしんねぇし、出来れば、友野には、もっと、もう一回ちゃんとしてから、来てもらわなきゃな、とは思ってた。これは本当。だから、何か、学校でする話でもねえし、誘いづらくってな……」

 玲央君の口から、訥々と零れてくる言葉が、私の琴線を優しく爪弾いて行く。

 ――何か、嬉しいな。

 玲央君は音楽に対してとてもストイックだ。だけどそれは、自分だけの世界に閉じこもるようなものじゃ無く、聞いてくれる人の為に行われる、理解されるべきストイックさなのだ。

「じゃあ、私、日曜行かない方がいいかな?」

 少し意地悪に、そんな質問をしてみた。

「いや、来てくれるなら、是非来てほしい。いいもん聞かせるよ」
「分かった楽しみにしてる」
「んで、お楽しみのとこ悪いんだけど、和葉の食事ペースを考えると、時間的にそろそろヤバいんだけど」

 いつの間にか一人でお弁当を広げていた紗絵に言われ、私はすぐさま携帯を開き、時間を確認した。
 13時15分。

 ――おーぅ、もうこんな時間ですか……。

 玲央君もそこでビニール袋から焼きそばパンを取り出し、咀嚼し始めた。
 彼に倣うように私もすぐさまお弁当に箸をつけた。だが、うっかり話が長引き、初速が遅れた為か、お弁当箱内の領土の完全制圧は出来ず、時間の関係上、早期撤退を余儀なくされた。昼休み終了のチャイムが鳴った時点で、その領土の半分程が、ご飯とおかずの軍勢に支配されたままだったのが口惜しい。
 勿論残りは、家に帰ってから行われた掃討戦で、全て美味しく頂いたのだが、午後の授業は半活動的となった自身の胃袋との戦いになってしまった。

 ――お腹鳴るな! 玲央君に聞かれる!

 社会科の授業そっちのけで、さりげなく腹筋に全力を込める私を、どうか誰か笑って欲しい、玲央君以外で……。
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