ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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8 二学期

8-6

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 金曜日。
 二時間目の授業中、数学教師の問題攻めに対し、必死に魂を手放すまいと奮闘していた私の元へ、心の救援物資が姉から届けられた。

『やっほ~。ねぇ和葉、玲央君から聞いてるかもしれないけど、次の日曜さぁ、久々にスティグマのライブあるんだけど、来ない?』

 ノートと教科書を交互に見ながら、勉強してますよと言うアピールをカモフラージュにして、即、姉へ返信をする。

『行く、絶対行く!』

 ――玲央君からは何にも聞かされてないけど、これは勿論行くしかないでしょ!

 薄靄がかかっていると錯覚する程だった視界が、たったこれだけで即座に色を取り戻すのだから、我ながら現金な女である。
 授業終わりのチャイムと共に、姉から再度返信が届いた。

『あんた今授業中じゃないの? 返信早過ぎだから。んじゃ、詳しくは玲央君に聞いて。後、折角だからお友達も誘って、みんなでおいで』

 我が姉らしい、お節介にまみれたメールに、OKとだけ返事をして、隣に座っている玲央君に声を掛けた。

「玲央君、次の日曜、スティグマの……」

 そこまで言った所で、玲央君が慌てて自身の唇の前に人差し指を立てた。

 ――あら、随分と古風な表現だこと。

「お前、それ、何で知ってんだ?」

 声を潜め、情報屋の正体を聞き出そうとする玲央君に、今お姉ちゃんからメールが来た、と答える。

「あ~、そっか、友野、キコさんの妹なんだもんなぁ、うっかりしてた……」

 ――何を今更……。

「やっぱ、学校でするにはまずい話しなの?」
「当たり前だろ、ちょっと、昼休み屋上来い。そこで話すから」
「分かった」
「大藤大藤」

 ひそひそ話をしていた私達の間に、今度は紗絵が割り込んできた。

「あんた、明後日ライブやんならちゃんと言いなさいよ」

 途端に頭を抱え込む玲央君を尻目に、私が紗絵に耳打ちをする。

「紗絵、ライブの話、学校じゃまずいみたい」

 それを聞くと紗絵は、あ~、そっか、悪い悪いと、さして悪びれもせず、玲央君の背中を叩いた。

「んじゃ、和葉、細かい事決まったらメールして」
「分かった」

 席に戻っていく紗絵の後姿を眺めながら、玲央君がぼやいた。

「あいつは、どうせ順哉さんから聞いたんだろうな?」
「うん、多分」
「だよなぁ……、あいつに情報筒抜けってのは、なんだか、ぞっとしねぇなぁ……」

 玲央君はそう一人言ちながら、再び紗絵の背中へと目線を向け、深い溜息を吐いた。
 そこで3時間目開始のベルが鳴った。よって、話は昼休みへと持ちこされる事となる。
 4時間目の頭に、屋上で玲央君と昼食を済ます旨を二人に告げると、紗絵も同行する流れと相成った。
 国語と音楽をなんとなくこなし、昼休みに屋上へと上った私と紗絵は、お弁当を持っていつもの玲央君の指定席、大時計の上部へとお邪魔した。
 屋上には魔物が潜んでいるから無理、と言う至極真っ当な理由の為、高所恐怖症の道子は祐一君の待つ3組へと一人向かって行った。

「とりあえず、これからは、教室とか、ってか学校ん中で、スティグマの話は止めてくれ」

 玲央君は頭を掻きながら、溜息混じりにそう呟いた。

「何か問題でもあんの?」
「鈴原、お前、本当に問題無いと思うのか?」
「まぁ、先生だけじゃなく、興味本位の馬鹿共に知られたりしたら非常に面倒くさい、ってのは理解出来るかな?」

 カラカラと笑う紗絵の言葉を流すように、玲央君が言葉を繋げる。

「ああ、別に学校とか、教師なんかどうだっていい。でも、同級生とかに知られるのは、勘弁だ」
「そうよね、まぁ黙ってるのは別に構わないけど~」
「けど、なんだよ?」
「頼み方がなって無いんじゃないかな~って」

 紗絵が玲央君に底意地の悪い笑みを浮かべた。

「頼み方?」
「黙ってて下さい、お願いします、くらい聞きたいわよね~、和葉?」

 紗絵がそのままこちらに首を向ける。私はそれに対して、首を横に振ることしか出来ない。

『ドS。紗絵のSは、ドSのSだから、気をつけなね』

 二人と仲良くなりたての頃、道子がこっそりと私に呟いた言葉が、急に頭を過ぎってくる。
 その流れで行くと、道子はドMになるけどいいの? と返し、それ大正解だわ、と爆笑されたのだ。
 今となってはいい思い出である。
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