ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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8 二学期

8-3

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 確かに、学校にはおいでよ、と言った私の言葉に 玲央君は、宿題が終わってない、と返してくれた。だけどよくよく考えれば、宿題が終わったら学校に行く、とちゃんと言われた訳ではない。
 登校するなら、あの髪色も戻さなければいけないだろうし、それに、この間の事もある。
 玲央君が私なんかの事で、登校不登校を決める事はまず無いと思うけれど、それでも、玲央君が今日来ていなかったら、きっと私は軽く落ち込んでしまうだろう。

「それにしても、和葉の家って意外と近かったのね。場所も把握したし、今度押しかけようよ紗絵」
「あー、いいね。道子今すごくいい事言った」
「全然良く無い!」
「大丈夫、ちゃんと行く前には連絡入れるから」
「そうそう、家の前で、『もしもし和葉? 今家の前に居るんだけど』って」
「それで、もう一回電話したら、『もしもし和葉? 今、貴方の後ろにいるの』ってね?」

 そこで道子が、キャー、怖ーいと嬉しそうな嬌声を放った。
 どうでもいいが、人の家を都市伝説の舞台にするのは止めて頂きたい。

「そんなの、私だけ不公平じゃない。そんな事したら、二人の家にも遊びに行くからね」
「あ、いいよ、おいでよ。お泊まり会でもする?」
 と道子。

「そう言うのは、本来夏休み中にやるべきだったね~。勿体無い事したな~」
 と紗絵。

「まぁ、これからの楽しみがまた増えたって思えばいいんじゃない?」
 と、私。

「楽しみって言えば、とりあえず文化祭?」
「その前に、中間があるね~」
「ちょっと紗絵、げんなりする事言わないでよ~」

 そう笑い合っている内に、気がつけば校門は目の前だった。
 校門を潜り、昇降口へと足を踏み入れる。下駄箱に靴を入れながら、同時に、玲央君の靴箱も覗いてみる。
 中には、外履きの靴が入っていた。

 ――来てる……。

 ホッと胸を撫で下ろしたのと同時に、その胸から撫で下ろされた何かが、今度は胃にもたれかかって来た。

 ――どんな顔して会えばいいのかな……。

 上履きに履き換えながら、大藤来てた? と言う道子の質問に、うん、とだけ答える。
 教室へ向かう廊下は、夏休み中に改良を加えたのか、以前よりも重力が強くなっている気がする。足を引きつける力が半端無い。私の心持ちの所為だけでは無い事を証明したかったが、生憎そんな妄想も、現実の前には分が悪い。
 詰まる所、私の単なる気の所為である。
 その証拠に、道子も紗絵も一言も、今日何か重力強くない? とは言わずに、一学期と同じ足取りで教室へと向かっているからだ。
 千里の道も一歩から。
 望む望まないに関わらず、どんなに足取りが重くとも、一歩一歩踏みしめて行けば、自然と身体は教室の前へと向かって行くものだ。

 ――はぁ……。

 2年6組の教室のドアを、紗絵が無造作に開ける。
 道子と並び教室に入ると、約一カ月ぶりに眺めるクラスメート達の中に、見慣れたヘッドホンを掛けた後ろ姿を見つけた。金色だった髪は、最早懐かしさすら感じる黒髪に戻っていた。
 おずおずと言った感じで教室内を進み、自分の席に座る。
 玲央君の斜め後ろ。
 気づいているくせに、振り向いて貰えない。
 その席の並びは、一カ月前と何も変わらない癖に、あたかも今の私と玲央君の関係性を暗示しているかのように思えた。

「大藤、おはよ~」

 紗絵が玲央君のヘッドホンをコツコツと叩きながら、彼に声を掛けた。
 ヘッドホンを外さずに、紗絵をちらと見てから、玲央君は気だるそうに、おう、と声を出した。

「おはよっ、大藤」

 その反対側から、今度は道子が玲央君に声をかけた。
 玲央君が道子の方を向いた瞬間、紗絵が私に向けてアイコンタクトを送ってくる。

 和葉隊員! 貴君もこの作戦に参加されたし!
 上官、これは命令ですか!
 否! だが、女ならば行かなければなるまいて!

 そんな会話を目だけで繰り広げた後、私は後ろからそっと玲央君に近づき、恐る恐る彼の肩を叩いた。

「おはよっ、玲央君」

 クラスメート達が奇異の目を向けてくる事は甘んじて受け入れよう。だけれども振り向きざま、玲央君が私を見た時に浮かべた一瞬の戸惑いの表情は、今の私にはダメージが大き過ぎた。

「朝から、何だお前ら?」

 玲央君の声を聞いた直後、鳴り響いたチャイムを合図に慌てて席へと戻る。
 挨拶すらして貰えなかった自分の残念具合が、今日から始まる私の2学期を暗示しているのではないかと感じてならなかった。
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