ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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7 夏祭り

7-11

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 合流してすぐ、玲央君のいでたちに驚かされた。

「大藤、あんた何その荷物?」

 道子が私の思いを代弁してくれる。
 玲央君は両手に一つずつ大きなビニール袋をぶら下げていた。明らかに、さっきまでは無かった物だ。ついでに後頭部にはヒーロー物のお面、右手にはチョコバナナ、左手には綿菓子まで持っている。

「いや、これがタコ焼きで、これがお好み焼きで、こっちが、みんなに渡せってもらった順哉さんの焼きそば……」
「そういう事じゃないわよ。何でそんなに買い込んでるのかって聞いてるのよ!」
「いや、キコさんが、奢ってくれた」
「キコさん、って?」
「和葉のお姉さん」

 道子の当然の質問に、紗絵が素っ気無く答える。

「はい? どうして和葉のお姉さんが大藤に奢ってるの?」

 道子にしてみれば至極当然の疑問なんだろうが、私にしてみればそれは、至極真っ当な成り行きのようにも見えた。

『よっし、玲央君が友達と遊びに来た記念に、お姉さんが奢ってあげる! みんなで仲良く食べなさい』

 そう意気込んで世話を焼く姉の姿が、ありありと浮かぶ。

「まぁ、お姉ちゃんならやりかねないから。みんなで食べよう、玲央君、いいんでしょ?」

 道子はまだ納得のいかないような顔をしていたが、私の言葉を合図に、玲央君がビニール袋を広げた。
 銘々袋を覗き込み、好き勝手に姉の施しを受ける流れの最中、紗絵がチョコバナナを片手に、静かに私の隣にやってきた。

「和葉、一体あんな馬鹿のどこがいいの?」

 呆れ口調で囁く紗絵に、何があったの? と返す。

「いや、和葉が行っちゃった事全然気に留めないでさ、ほいほいお姉さんに奢られてばっかりで、無神経ってか、気がつかないってか、何かあいつ見てたら苛ついてきちゃってさ」
「お姉ちゃんのパワー凄いから、玲央君も引っ張られてただけだよ、きっと」
「いや、お姉さんは、和葉に悪いことしたかなって言って、お詫びのつもりでうちらにこれくれたんだよ。なのに大藤の奴ったら……」

 苦虫を噛み潰しながら、ぼそりと悪態をつく紗絵の手から、チョコバナナを奪い取る。

「いただき!」

 そのまま齧りつき、チョコとバナナのコラボレーションを暫し味わってから、紗絵に笑顔を返す。

「ごめんね、心配かけちゃって。大丈夫だよ、分かってた事だから、平気平気」

 精一杯の虚勢、だけれどそれも、紗絵には一瞬で見抜かれてしまったようだ。

「ったく、あんたが一番馬鹿だよ」

 紗絵は苦笑しながら、私の頭をポンポンと二回叩いた。

 ――大丈夫だって言ってるんだから、大丈夫なんだって、認識してくれたらいいのに……。

 紗絵の優しさに、八つ当たりのような言い分を持ってしまう自分の余裕の無さに呆れる。
 気がつけば、境内にも人影がちらほらと見え始めた。

「後10分位だね、人も賑わって来たし、ちょっと場所移動しようか」

 祐一君の提案に、皆で神社の裏手へと回った。
 移動中、道子がちらりとこちらにウインクを放つ。
 先程の祐一君の提案も、もしかしたら道子の差し金なのかもしれない。
 裏手に回ると、出店の明かりが届かなくなるからか、随分と暗さが増した。花火を見るには最適かもしれないが、先程よりも幾分か心細く感じる。
 皆に配り終えた事で一つに纏まったビニール袋を片手に持ちながら、玲央君は空いた手でボーっと林檎飴を舐めていた。
 闇が濃くなった所為か、その顔はぼんやりとしか映らなかったけれど、首にヘッドホンをぶら下げたその顔からは、多少の気だるさを感じた。

「玲央君、疲れた?」

 問いかけると、玲央君は一度こちらへ顔を向けて、ああ、やっぱ人混みはしんどい、と呟き、再び目線を上方に向けた。

「そっか……、やっぱ、うるさく聞こえちゃうの?」
「うるさくって言うか、沢山の音が同時に鳴るから、酔ってくる感じ、か?」
「そっか、気持ち悪くなっちゃう感じかな?」
「まぁ、そうだな」
「そう、なんだ……」

 会話が、上手く続けられない。
 辺りが暗く、視界が遮られている為か、否応にも、さっきまでの光景が頭に浮かんでくる。
 姉に頭を撫でられ、照れたように、でも嬉しそうに、困った表情を浮かべる玲央君の姿が、キリキリと胸を締め付けてくる。

 ――玲央君、お姉ちゃんの事が、好きなんでしょ?

 声に出す練習をするように、心の中でその言葉を呟く。だけれど、そんな事聞ける筈が無かった。
 聞いた所で、どうなるものでも無い。
 それに、きっと返ってくる答えは決まっている。
 そう、決まっているに、決まっている……。
 ふと気付けば、道子達の姿が視界から消えていた。さっきのウインクの意味は、もしかしたらこの事だったのかもしれない。
 闇の中、玲央君と二人っきり。
 その事実は確かに、私の心臓の鼓動を少しだけ早めた。だけれでも、その空間にロマンチックな雰囲気など、欠片も存在しない。
 玲央君の顔を再びまじまじと見つめる。
 闇の所為で、ほぼ輪郭だけとなったその横顔は、こちらを見る事もせずに、先程までと同じように、林檎飴に口を付けているだけだ。
 他のメンバーが居なくなり、二人っきりになった事にすら気付いていないのかもしれない。
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