ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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7 夏祭り

7-8

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 順哉さんの指令を受け、姉は親指を立てたかと思うと、すぐさま玲央君の元に飛んでいき、困惑している玲央君の腕を引っ張ってきた。

「え? 順哉さん、何やってるんですか? ってか、キコさん、何やってるんですか?」
「まぁまぁ、玲央、とりあえず食えよ」
「はぁ……、どうも」

 玲央君はヘッドホンを外しながら、順哉さんに渡された焼きそばのパックをおずおずと受け取った。
 どうでもいいが、順哉さん、さっきからただで配り過ぎじゃないのか?

「よっ、大藤~」

 紗絵の声に気付き、玲央君がこちらを向いた。

「鈴原……、友野も。お前ら何やってるんだ?」

 玲央君は頭にハテナマークを浮かべたまま、先程から誰かれ構わず同じ質問をしている。

「玲央君、こんばんは」
「ああ、うん。集合時間まで、まだあるよな?」
「うん、まだだよ」
「へぇ、あんた達待ち合わせしてたんだ。デートのお約束だったのかな?」
「そんなんじゃありませんよ。みんなで、花火見ようって流れになっただけですよ」
「みんなでか~、玲央君も、お友達とこういうとこに来るようになったんだ。何か嬉しいね、順哉君」

 姉は、玲央君の頭を撫でながら、嬉しそうに順哉さんに同意を求める。
 玲央君は顔を赤らめながら、されるがまま、姉に撫でられ続けている。
 屋台の前で行われているその光景が、途端に私の胸の内に哀しく響いた。
 そう、まるで、観客席から映画を見ているような錯覚。
 スクリーンの中には入っていけない、ただ、眺めているしか出来ないのではないかと言う、哀しい錯覚。

「和葉?」

 横から、紗絵が声を掛けてくれた。

「何?」

 努めて平静を装ってみるが、紗絵は心配そうな顔を向けてくる。

「大丈夫?」

 普段おちゃらけて、からかってくる癖に、こう言う時は心の機微を読み取るのが上手い親友は、私の痛みを理解しているかのように、大丈夫? と聞いて来るのだ。

「うん、大丈夫。そろそろ時間だよね。ちょっと私、お手洗いに行ってくるから、また後で合流ね」

 心配そうな顔の紗絵に笑顔で返す。

 ――大丈夫、私は、空気の読める子だ……。

「じゃあ玲央君、また後で。順哉さん、御馳走様でした。お姉ちゃん、飲み過ぎちゃ駄目だからね」
「分かってるわよ~」

 缶ビールを持ち上げ、掌の代わりに振る姉の姿を一瞥し、私は順哉さんの屋台を出て、再び人混みの中へと飛び込んだ。
 人の多さと、足元の頼りなさで、上手く前に進めない。

 ――私、何やってるんだろう……。

 焦りと苛立ちが、胸に湧き上がってくる。
 その理由が、上手く歩みを進められない事だけでは無いのは、自分が一番良く分かっていた。

 ――悔しいなぁ……。

 結局、玲央君にちゃんと浴衣を見せる事も出来なかった。褒めて貰う事も出来なかった。知っていた筈の事実を目の前にして、逃げ出す事しか出来なかった……。
 途端、涙が瞳の奥から湧き出てくるのを感じた。
 人混みを外れ、境内に向かう途中の階段の横で立ち止まる。脇に逸れ、暗がりの樹に手をついた。
 呼吸を整えて、涙を押し戻すように、頭を振る。
 その時、不意に後ろから肩を叩かれた。

「和葉?」

 振り向くと、道子の顔があった。後ろには、祐一君の姿も見える。

「道子?」
「脇に逸れて行くのが見えたから。どうしたの?」

 その瞬間、押し留めていたものが、零れ出てしまった。

「道子~、私、駄目だな~……」
「も~、どうしたのよ?」

 泣きながら笑う私の姿を見ながら、道子はまるで子供をあやすかの様に、優しく私の肩に手を置いてくれた。
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