ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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7 夏祭り

7-6

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 足元から聞こえてくる、普段聞き慣れないカランカランと言う下駄の足音に心を弾ませながら、住宅街を抜け目抜き通りへと入る。途端に人通りは多くなり、浴衣姿の男女もちらほらと見かけるようになった。
 巾着袋から携帯を取り出す。

 7時38分。

 目的地の神社までは、足の開かない裾と、不慣れな下駄での歩行を考慮しても、後15分程で到着するだろう。
 少し進んでいくと、神社へ向かう人々の中に、向こうから戻ってくる人達も混ざるようになって来た。
 眠ってしまった小さい子を背中におぶっている親子や、ゆっくりとした足取りの老夫婦の姿を見やりながら、7時半に上げられた花火を見て帰って来たのだろうと推測する。遠目にしか見えなかったけれど、音だけは私の耳にも届いてきた。道子と祐一君は、きっとこれを見る為に早く行ったのだろう。
 それにしても、神社のお祭りで花火を二度もあげるなんて、主催している商店街の気合いの入りようが伺えた。
 歩みを進めるにつれ、徐々に、夏祭りの匂いが濃くなっていく。
 はやる気持ちを抑えながら、慎重に足を運ぶ。
 慣れない所為か、何度かつんのめりそうになったものの、程なくして、無事に神社へと到着した。
 石畳の階段を、裾に気を付けながら登っていく。
 登頂して鳥居を潜ると同時に、パッと視界が華やいだ。
 神社の境内へと続く道沿いに、煌々とした明かりを灯しながら、所狭しと、屋台達が身を連ねている。そしてその往来は、これまた所狭しと、沢山の人々で埋め尽くされていた。
 威勢のいい客引きの声と、楽しそうな人達の笑顔、そして美味しそうな匂いに満ちたその空気に、思わず一つ溜息が出た。
 暫しそのままボーっとしてしまったが、すぐに祭りの当事者となるべく、その空気の中に飛び込んだ。
 人混みの間を縫うように進んでいき、紗絵が言っていた、鳥居から4番目のお店を探す。

 ――確か、焼きそば屋さんだって言ってたっけ?

 紗絵の言葉をぼんやりと思い返しながら進んでいくと、不意に後ろから強く抱きしめられた。
 慌てて振り向くと、肩越しに紗絵のにやけた顔があった。

「和葉おそ~い」
「何だ紗絵か~。もう、びっくりさせないでよ~」
「痴漢かと思った?」
「別にそう言う訳じゃないけど……」
「ごめんね、大藤じゃなくて私で」

 にたにたとした顔を浮かべた紗絵の頬は、若干上気している。

「紗絵、もしかして、飲んでる?」
「何言ってるの、こんな公衆の面前で、お酒なんて飲める訳無いでしょ?」
「そうだよね、妙にテンションが高いから、てっきり……」
「ビールなんて、お酒の内に入らないわよ」
「こらー!」

 あまりにもお約束なやり取りに、思わずベタな反応を返してしまった。

「先生とかに見つかったらどうするのよ!」
「大丈夫大丈夫。私老け顔だし、あんまり酔わない方だし~」
「そんなへらへら笑って、説得力無いわよ。ほんっとに、もう駄目だからね?」
「和葉ちゃんはお固いでちゅね~」
「一般常識でしょ!」
「まぁいいや。ちょっと、こっち来てみ」

 紗絵に手を引かれて行った先には、先程電話で話していたであろう焼きそば屋さんがあった。
 大きな鉄板の上に、両側からヘラで追い立てられながら、大量の焼きそばが踊り狂っている。猿回しならぬ、焼きそば回しの主人は、香ばしい匂いを辺りに漂わせながら、こちらに笑顔を向けた。

「は~い、いらっしゃい!」

 順哉さんだった。

「順哉さん、何してるんですか?」
「焼きそば焼いてるよ」
「いや、それは見れば分かります」
「ああ、そっか。そうだよね」

 楽しそうに焼きそばを焼く順哉さんは、炒めていた分の焼きそばを、傍らに置いてあったパックに詰め出した。

「はい、焼きたて」
「あ、はい、ありがとうございます」

 出来たてほやほやの焼きそばを受け取りながら、いくらですか、と尋ねた。

「ああ、いいよいいよ、奢りだから」
「え、いいんですか?」
「この屋台、俺の友達が出してるんだけどさ、あんの野郎、急に来れる事になった彼女と祭り楽しんでやがって、俺はピンチヒッターで店番やらされてるだけなんだよね。店の売上げ、俺には全然関係無いから、一食二食誤魔化したって全然大丈夫だよ。寧ろもっと食う?」

 焼きそばをパック詰めする順哉さんは、バンダナのようにタオルで頭を覆い、楽しそうにそんな事を言った。
 やらされてると言ってはいるが、本人もまんざらでも無いのだろう。

「それにしても、似合いますね、そういう格好」
「そうかな?」
「はい、順哉さんにぴったりですよ」

 申し訳無いが、ステージの上ではしゃいでいるよりも、断然しっくり来る。

「和葉ちゃんも、よく似合ってるね」
「え?」
「浴衣」
「ああ、ありがとうございます」

 こういう気の利き方は、素直に好感が持てる。

「面白いもの見られるなんて言うから、何かと思っちゃいましたよ」
「面白いもの?」
「そうそう、私が和葉に言ったんですよ。順哉さん見つけた瞬間、似合いすぎて爆笑しちゃいましたもん」

 いつの間にか屋台の後ろに回り込んでいた紗絵が、順哉さんの横から顔を覗かせた。
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