ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

文字の大きさ
上 下
53 / 86
7 夏祭り

7-5

しおりを挟む
「簡単でいいわよね?」

 私の髪を一通り梳き終わると、母はその髪を根元から軽く結い纏め、うなじが出るように上げてから、髪留めで留めてくれた。

「はい、どう?」

 手渡された手鏡を使い、襟元、髪留めを確認する。
 前面に花の絵が描かれている琥珀色の髪留めは、浴衣と共に祖母から与えられた物だ。

「うん、大丈夫、ありがとう」
「もう行くの?」
「うん、もうちょっとしたら」

 母にそう告げて立ち上がり、一度部屋に戻る事にする。

「階段気をつけなさいよ。浴衣は足が上がらないんだから」
「は~い」

 母の言いつけを守り、裾合いを若干開いてたくし上げながら、慎重に一段ずつ階段を上る。
 部屋に到着し、まずはもう一度晴れ姿を姿見に映す。
 くるくると回りながら自身の馬子にも衣装っぷりを堪能していると、ふいに玲央君の事が頭に浮かんだ。

 ――玲央君に、褒めて貰いたいな……。

 いいな、って。
 浴衣似合うな、って、言って貰いたい。

 そんな事を思いながら、思わず笑顔の練習をしてみる。
 普段よりも、若干上品さを意識して、だけども、母に気持ち悪いと言われたような笑いでは無く、しおらしく、楚々とした振る舞いを醸せるように、手弱かに笑ってみる。
 だけれども、どうしてもその笑顔には、えへっ、とか、ふふっ、と言うようないつもの擬音しか浮かばない。どうしたら、くすっ、になるのか想像もつかない。
 外見を飾り立てる事は容易に出来ても、中身を取り繕う事は難しい。
 纏った衣服によって中身が変わるのが女性と言う生き物だとしても、私の普段は、あまりにもお淑やかとはかけ離れている。浴衣の力を使って、5ポイントの底上げを行ったとしても、普段が1なら、逆立ちしたって10には届かない。
 思考がぐるぐると巡り、気持ちが下向きになって行くのとは裏腹に、心臓の鼓動は上がっていく。
 自分の日頃の不甲斐無さをつい振り返ってしまうのは、つまり、愛しい人の目に、自分が魅力的に映ってほしいと言う願いがあるからだ。

 ――まぁ、そう言う事だ……。

 机の上に置いていた財布を引っ掴んだところで、携帯が鳴った。
 画面に、紗絵の名が表示されている。

「もしもし?」
『あ、もしもし、和葉?』

 紗絵の声の後ろから、人混みの喧騒が漏れ聞こえてくる。

「どうしたの?」
『準備どんな感じ?』
「うん、もう出られる。早めに行こうと思ってた」
『そっか。なら神社着いたら、鳥居潜って四件目の焼きそば屋覗いてごらん。面白いもん見られるよ』
「うん、分かった」
『んじゃ、後でね~』

 ――面白いもん?

 電話を切った後、紗絵が面白いと言うような物を色々と想像したが、結局何も思い浮かばずに、とりあえず行ってみる事にした。
 通話を切った電話を改めて見直し、先程届いた玲央君からの返信をもう一度だけ見る。

『ああ』

 白い画面に、ぽつねんと佇む双子の文字は、他に仲間が居ない為か、とても寂しげに見える。

 ――もうちょっと、もうちょっとなにかあってもいいのに……。

 道子の可愛らしいメールに比べれば全然人の事は言えないのだが、それでも、二文字は哀しすぎる。
 せめて、分かった、とか、了解とかなら、素っ気無いなりにも、若干の温かさを感じられるのに……。
 たった一通のメールで思い悩み過ぎだとも思うが、あれこれ考え込んでしまうのは、性格上仕方がない。
 こう言うところも、父に似ていると言われてしまう要因の一つだ。
 頭を振って、よし、行きますか、と一人言ちてみる。
 上って来た時と同じように、慎重に階段を下りて行くと、階段下で待ち構えていた母に裾を直された。

「あんまり遅くなるんじゃないのよ。気を付けてね」

 お決まりの言葉と共に、巾着袋と、カンパとして2000円が手渡された。

「いいの?」
「無一文で行ってもつまんないでしょ? 何かお土産買ってきてね」

 ありがたく頂戴した後、財布を母に預け、現金を巾着袋に入れる。
 浴衣と同じ柄の、可愛らしいものだ。

「じゃ、行ってきます」

 玄関先に置かれていた下駄を履いて外に出ると、湿気の多い夏の夜の空気が肌に纏わりついて来た。
 風に乗って運ばれてきたのか、遠くからほんの微かに、太鼓とお囃子の音が聞こえて来た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——?

処理中です...