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7 夏祭り
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「簡単でいいわよね?」
私の髪を一通り梳き終わると、母はその髪を根元から軽く結い纏め、うなじが出るように上げてから、髪留めで留めてくれた。
「はい、どう?」
手渡された手鏡を使い、襟元、髪留めを確認する。
前面に花の絵が描かれている琥珀色の髪留めは、浴衣と共に祖母から与えられた物だ。
「うん、大丈夫、ありがとう」
「もう行くの?」
「うん、もうちょっとしたら」
母にそう告げて立ち上がり、一度部屋に戻る事にする。
「階段気をつけなさいよ。浴衣は足が上がらないんだから」
「は~い」
母の言いつけを守り、裾合いを若干開いてたくし上げながら、慎重に一段ずつ階段を上る。
部屋に到着し、まずはもう一度晴れ姿を姿見に映す。
くるくると回りながら自身の馬子にも衣装っぷりを堪能していると、ふいに玲央君の事が頭に浮かんだ。
――玲央君に、褒めて貰いたいな……。
いいな、って。
浴衣似合うな、って、言って貰いたい。
そんな事を思いながら、思わず笑顔の練習をしてみる。
普段よりも、若干上品さを意識して、だけども、母に気持ち悪いと言われたような笑いでは無く、しおらしく、楚々とした振る舞いを醸せるように、手弱かに笑ってみる。
だけれども、どうしてもその笑顔には、えへっ、とか、ふふっ、と言うようないつもの擬音しか浮かばない。どうしたら、くすっ、になるのか想像もつかない。
外見を飾り立てる事は容易に出来ても、中身を取り繕う事は難しい。
纏った衣服によって中身が変わるのが女性と言う生き物だとしても、私の普段は、あまりにもお淑やかとはかけ離れている。浴衣の力を使って、5ポイントの底上げを行ったとしても、普段が1なら、逆立ちしたって10には届かない。
思考がぐるぐると巡り、気持ちが下向きになって行くのとは裏腹に、心臓の鼓動は上がっていく。
自分の日頃の不甲斐無さをつい振り返ってしまうのは、つまり、愛しい人の目に、自分が魅力的に映ってほしいと言う願いがあるからだ。
――まぁ、そう言う事だ……。
机の上に置いていた財布を引っ掴んだところで、携帯が鳴った。
画面に、紗絵の名が表示されている。
「もしもし?」
『あ、もしもし、和葉?』
紗絵の声の後ろから、人混みの喧騒が漏れ聞こえてくる。
「どうしたの?」
『準備どんな感じ?』
「うん、もう出られる。早めに行こうと思ってた」
『そっか。なら神社着いたら、鳥居潜って四件目の焼きそば屋覗いてごらん。面白いもん見られるよ』
「うん、分かった」
『んじゃ、後でね~』
――面白いもん?
電話を切った後、紗絵が面白いと言うような物を色々と想像したが、結局何も思い浮かばずに、とりあえず行ってみる事にした。
通話を切った電話を改めて見直し、先程届いた玲央君からの返信をもう一度だけ見る。
『ああ』
白い画面に、ぽつねんと佇む双子の文字は、他に仲間が居ない為か、とても寂しげに見える。
――もうちょっと、もうちょっとなにかあってもいいのに……。
道子の可愛らしいメールに比べれば全然人の事は言えないのだが、それでも、二文字は哀しすぎる。
せめて、分かった、とか、了解とかなら、素っ気無いなりにも、若干の温かさを感じられるのに……。
たった一通のメールで思い悩み過ぎだとも思うが、あれこれ考え込んでしまうのは、性格上仕方がない。
こう言うところも、父に似ていると言われてしまう要因の一つだ。
頭を振って、よし、行きますか、と一人言ちてみる。
上って来た時と同じように、慎重に階段を下りて行くと、階段下で待ち構えていた母に裾を直された。
「あんまり遅くなるんじゃないのよ。気を付けてね」
お決まりの言葉と共に、巾着袋と、カンパとして2000円が手渡された。
「いいの?」
「無一文で行ってもつまんないでしょ? 何かお土産買ってきてね」
ありがたく頂戴した後、財布を母に預け、現金を巾着袋に入れる。
浴衣と同じ柄の、可愛らしいものだ。
「じゃ、行ってきます」
玄関先に置かれていた下駄を履いて外に出ると、湿気の多い夏の夜の空気が肌に纏わりついて来た。
風に乗って運ばれてきたのか、遠くからほんの微かに、太鼓とお囃子の音が聞こえて来た。
私の髪を一通り梳き終わると、母はその髪を根元から軽く結い纏め、うなじが出るように上げてから、髪留めで留めてくれた。
「はい、どう?」
手渡された手鏡を使い、襟元、髪留めを確認する。
前面に花の絵が描かれている琥珀色の髪留めは、浴衣と共に祖母から与えられた物だ。
「うん、大丈夫、ありがとう」
「もう行くの?」
「うん、もうちょっとしたら」
母にそう告げて立ち上がり、一度部屋に戻る事にする。
「階段気をつけなさいよ。浴衣は足が上がらないんだから」
「は~い」
母の言いつけを守り、裾合いを若干開いてたくし上げながら、慎重に一段ずつ階段を上る。
部屋に到着し、まずはもう一度晴れ姿を姿見に映す。
くるくると回りながら自身の馬子にも衣装っぷりを堪能していると、ふいに玲央君の事が頭に浮かんだ。
――玲央君に、褒めて貰いたいな……。
いいな、って。
浴衣似合うな、って、言って貰いたい。
そんな事を思いながら、思わず笑顔の練習をしてみる。
普段よりも、若干上品さを意識して、だけども、母に気持ち悪いと言われたような笑いでは無く、しおらしく、楚々とした振る舞いを醸せるように、手弱かに笑ってみる。
だけれども、どうしてもその笑顔には、えへっ、とか、ふふっ、と言うようないつもの擬音しか浮かばない。どうしたら、くすっ、になるのか想像もつかない。
外見を飾り立てる事は容易に出来ても、中身を取り繕う事は難しい。
纏った衣服によって中身が変わるのが女性と言う生き物だとしても、私の普段は、あまりにもお淑やかとはかけ離れている。浴衣の力を使って、5ポイントの底上げを行ったとしても、普段が1なら、逆立ちしたって10には届かない。
思考がぐるぐると巡り、気持ちが下向きになって行くのとは裏腹に、心臓の鼓動は上がっていく。
自分の日頃の不甲斐無さをつい振り返ってしまうのは、つまり、愛しい人の目に、自分が魅力的に映ってほしいと言う願いがあるからだ。
――まぁ、そう言う事だ……。
机の上に置いていた財布を引っ掴んだところで、携帯が鳴った。
画面に、紗絵の名が表示されている。
「もしもし?」
『あ、もしもし、和葉?』
紗絵の声の後ろから、人混みの喧騒が漏れ聞こえてくる。
「どうしたの?」
『準備どんな感じ?』
「うん、もう出られる。早めに行こうと思ってた」
『そっか。なら神社着いたら、鳥居潜って四件目の焼きそば屋覗いてごらん。面白いもん見られるよ』
「うん、分かった」
『んじゃ、後でね~』
――面白いもん?
電話を切った後、紗絵が面白いと言うような物を色々と想像したが、結局何も思い浮かばずに、とりあえず行ってみる事にした。
通話を切った電話を改めて見直し、先程届いた玲央君からの返信をもう一度だけ見る。
『ああ』
白い画面に、ぽつねんと佇む双子の文字は、他に仲間が居ない為か、とても寂しげに見える。
――もうちょっと、もうちょっとなにかあってもいいのに……。
道子の可愛らしいメールに比べれば全然人の事は言えないのだが、それでも、二文字は哀しすぎる。
せめて、分かった、とか、了解とかなら、素っ気無いなりにも、若干の温かさを感じられるのに……。
たった一通のメールで思い悩み過ぎだとも思うが、あれこれ考え込んでしまうのは、性格上仕方がない。
こう言うところも、父に似ていると言われてしまう要因の一つだ。
頭を振って、よし、行きますか、と一人言ちてみる。
上って来た時と同じように、慎重に階段を下りて行くと、階段下で待ち構えていた母に裾を直された。
「あんまり遅くなるんじゃないのよ。気を付けてね」
お決まりの言葉と共に、巾着袋と、カンパとして2000円が手渡された。
「いいの?」
「無一文で行ってもつまんないでしょ? 何かお土産買ってきてね」
ありがたく頂戴した後、財布を母に預け、現金を巾着袋に入れる。
浴衣と同じ柄の、可愛らしいものだ。
「じゃ、行ってきます」
玄関先に置かれていた下駄を履いて外に出ると、湿気の多い夏の夜の空気が肌に纏わりついて来た。
風に乗って運ばれてきたのか、遠くからほんの微かに、太鼓とお囃子の音が聞こえて来た。
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