ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

文字の大きさ
上 下
50 / 86
7 夏祭り

7-2

しおりを挟む
「お母さん、私の浴衣ってどこにしまってあるの?」
「何よ、帰ってくるなり、騒がしいわね」

 ただいまを言うよりも先に、開口一番お宝の在り処を尋ねる私に、母はお茶を飲みながらのんびりと返事をした。
 ファミレスで宿題をやっつけた後、八時半頃に神社の境内前に集合と取り決め、その場は解散となった。
 解散する直前、緊急的に行われた女子会議の議題は、着て行く衣類に対するものだった。

「道子、あんた浴衣?」
「もち」
「和葉は?」
「考えて無かった」
「そりゃそっか。私もだ」
「二人も着てよ、私だけ浮いちゃうじゃん」
「道子を浮かしとくのも面白いけど、出来れば着たいよね。和葉、着るならあんた、当てはある?」
「家に帰れば、去年買ったのがあるはずだから、大丈夫。紗絵は?」
「あ~……、浴衣なんて暫く着てないからなぁ。前に来た時は、小学生だった気がする」
「駄目じゃん」
「いや、何とかする。和葉はとりあえず、大丈夫なんだね?」
「多分、お母さんに聞けば何とかなると思う」
「あんたは言わずもがな、だ」
「まぁね」
「そもそもそう言う話題は、決定事項になる前に、秘密裏に教えて欲しいもんだね」
「ごめんごめん、うっかりしてたわ」
「まぁいいや。私は私で何とかするから、とりあえずうちらは浴衣着用って事で、OK?」
「OK? だけどそれなら、あんまり時間無いね?」
「そこら辺は女子の意地の見せどころだね。じゃあ、各自健闘を祈る!」

 お互いの武運を確認した後、時計を確認すると、時刻は4時を回った所だった。
 家に帰ってくるなり、浴衣を求める娘をどう思ったのかは知らないが、母はどっこいしょと口にしながら腰を上げた。

 ――その口癖は、流石にまだ早いだろう……。

 私の母に対する懸念をよそに、どこにしまったかしらねと呟きながら、母は洋服ダンスのある部屋へと向かった。押入れを開け、中に手を入れる。

「確か、ここだったと思ったんだけど……」

 宛らカルガモのように母の後ろを付いて歩いて行ったが、母の口ぶりは随分とおぼろげで、何だか心許ない。

「本当にそこ? あんまり時間無いんだけど?」
「いきなり言い出した癖に、随分ね。いいからちょっと待ってなさい」

 母の真っ当な言い分を受け、私は母の隣に腰を下ろし、一緒に押入れの中を覗いた。
 暗く、埃っぽい押入れの奥に手を突っ込んだ母は、そこから綺麗な風呂敷包みを取り出した。

「多分、これじゃないかしら?」

 手渡された風呂敷を開くと、中から木箱が出て来た。床に置いて開けると、見覚えのある水色地の浴衣が眠っていた。

「これこれ」

 喜び勇んで、箱から取り出し広げてみる。
 去年、高校進学のお祝いにと、お婆ちゃんが買ってくれた代物だ。水色の下地に、流れる川を意識した白の線。そこに赤で彩られた金魚が楽しそうに泳いでいる柄が描かれている、夏の涼しさを感じさせる一品である。

「お婆ちゃんに感謝しなさいよ」
「去年も一杯したし、今もしてるもん。それよりお母さん、着せて着せて」
「焦るんじゃないの。今日お祭り?」
「うん、隣町の神社でだってさ」
「待ち合わせとかしてるの?」
「うん、八時半から」
「あんまり遅くなるんじゃないわよ」
「分かったから早く~」
「その前に、時間あるんだから、先にお風呂入って来ちゃいなさい」
「あ~、そっか」
「ったく、こう言うのはもっと早めに言ってくれなきゃ」
「私だって、さっき言われたんだもん」
「分かったから、小物も出しておいてあげるから、さっさとお風呂入っておいで」
「は~い」

 その場の物資調達は母と言う名の上官に任せ、私は与えられた任務を遂行すべく脱衣所へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——?

処理中です...