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「後どの位なんですか?」
紗絵の声が耳に飛び込んでくる。
その言葉遣いは、普段よりも幾分かしおらしさを感じさせる。
だが経験上、紗絵が意識的にしろ無意識にしろ、かぶり始めた猫を長く脱がずに居られた事は無い。
「そうだね、後30分くらいかな?」
順哉さんがカーナビを確認しながら、紗絵の質問に答える。
「私達、今日の為に新しい水着買ったんですよ。順哉さん、期待してて下さいね」
「そうなんだ、そりゃあ楽しみだな。セクシーなやつなの?」
「任せて下さい。まぁ私のは割と普通ですけど、その分和葉が頑張ってますから」
「ちょ、ちょっと、紗絵!」
思わず助手席に身体を乗り出す。
「変な事言わないでよ! 普通、別に普通の水着ですから」
私の弁解にも、順哉さんからは楽しげな笑いが返って来るだけである。
確かに玲央君が来る事になり、紗絵と道子に押し切られて、普段着なれないビキニを買い込んだと言うのはある。だけど、布の面積的にはそれ程大胆な訳では無いし、ましてや私は……、言及はしないが、それ程では無い。
「まぁ、和葉ちゃんはその恥らいっぷりがあってこそって感じはするよね」
「ああ、それ分かります。和葉すぐむきになっちゃうから、思わずからかいたくなっちゃうんですよね」
――本当にこの二人は初対面なのか?
そう疑いたくなる程、二人の間で行われる会話のキャッチボールはスムーズだ。
会話の内容は、聞き捨てならないが……。
「ああ和葉ちゃん、気を悪くしないでね。そう言う所が可愛いって言ってるんだから」
「そうそう、和葉はそのまま、可愛いままの和葉でいてね~」
二人が笑いながら入れるフォローは、私の毛並みを意識して逆さに撫でているようにしか聞こえない。
「私、そんなすぐむきになったりしません!」
「ね」
「ほら」
楽しげな二人の言葉を無視して、浮かしていた腰を座席に下ろす。
――まったく、好き勝手言ってくれちゃって……。
そうプリプリ膨れた心を鎮める為、傍らのポッキーの箱に手を伸ばした。だけど、箱の中には空の袋があるだけで、中身は一本も残ってない。
玲央君を見ると、背もたれに身体を預けながら、口に咥えた1本をポリポリ食べつつ、さらに右手に、予備の為か2本ポッキーを持っていた。
――玲央君、お菓子好きなのかな?
場が持たない為に口に運んでいるかと思えば、随分と美味しそうに食べている。
そこで玲央君はこちらを向き直り、空箱に手を伸ばしている私に気がついた。
「あぁ、悪い……」
全部食べてしまった事に対するバツの悪さだろうが、玲央君は手に持っていた2本を私に向けてくれた。
一瞬の逡巡の後、勢いで、それを一度に口で受け取る。
甘さと香ばしさが口の中に広がるのと同時に、後ろから妙な好奇の視線を感じた。
ちらりと目を向けると、道子がにやにやした顔でこちらを見ている。
だけど、別に悪い気はしなかった。
実際、些細なそれだけの行為で、私の心の波は随分と収まりを見せたのだから。
私はポッキーの箱を片付け、鞄の中からポテトチップスの袋を出した。封を開け、それを空箱のあった位置に置く。
「これも好きに食べていいから」
「……貰う」
言うが早いか、玲央君は袋に手を入れ、2,3枚を口に放り込んだ。
「和葉、和葉」
紗絵に呼ばれたので、顔をそちらに近づける。
「何?」
「餌付け成功おめでとう」
囁かれたその言葉に、思わず噴き出してしまった。
紗絵の声が耳に飛び込んでくる。
その言葉遣いは、普段よりも幾分かしおらしさを感じさせる。
だが経験上、紗絵が意識的にしろ無意識にしろ、かぶり始めた猫を長く脱がずに居られた事は無い。
「そうだね、後30分くらいかな?」
順哉さんがカーナビを確認しながら、紗絵の質問に答える。
「私達、今日の為に新しい水着買ったんですよ。順哉さん、期待してて下さいね」
「そうなんだ、そりゃあ楽しみだな。セクシーなやつなの?」
「任せて下さい。まぁ私のは割と普通ですけど、その分和葉が頑張ってますから」
「ちょ、ちょっと、紗絵!」
思わず助手席に身体を乗り出す。
「変な事言わないでよ! 普通、別に普通の水着ですから」
私の弁解にも、順哉さんからは楽しげな笑いが返って来るだけである。
確かに玲央君が来る事になり、紗絵と道子に押し切られて、普段着なれないビキニを買い込んだと言うのはある。だけど、布の面積的にはそれ程大胆な訳では無いし、ましてや私は……、言及はしないが、それ程では無い。
「まぁ、和葉ちゃんはその恥らいっぷりがあってこそって感じはするよね」
「ああ、それ分かります。和葉すぐむきになっちゃうから、思わずからかいたくなっちゃうんですよね」
――本当にこの二人は初対面なのか?
そう疑いたくなる程、二人の間で行われる会話のキャッチボールはスムーズだ。
会話の内容は、聞き捨てならないが……。
「ああ和葉ちゃん、気を悪くしないでね。そう言う所が可愛いって言ってるんだから」
「そうそう、和葉はそのまま、可愛いままの和葉でいてね~」
二人が笑いながら入れるフォローは、私の毛並みを意識して逆さに撫でているようにしか聞こえない。
「私、そんなすぐむきになったりしません!」
「ね」
「ほら」
楽しげな二人の言葉を無視して、浮かしていた腰を座席に下ろす。
――まったく、好き勝手言ってくれちゃって……。
そうプリプリ膨れた心を鎮める為、傍らのポッキーの箱に手を伸ばした。だけど、箱の中には空の袋があるだけで、中身は一本も残ってない。
玲央君を見ると、背もたれに身体を預けながら、口に咥えた1本をポリポリ食べつつ、さらに右手に、予備の為か2本ポッキーを持っていた。
――玲央君、お菓子好きなのかな?
場が持たない為に口に運んでいるかと思えば、随分と美味しそうに食べている。
そこで玲央君はこちらを向き直り、空箱に手を伸ばしている私に気がついた。
「あぁ、悪い……」
全部食べてしまった事に対するバツの悪さだろうが、玲央君は手に持っていた2本を私に向けてくれた。
一瞬の逡巡の後、勢いで、それを一度に口で受け取る。
甘さと香ばしさが口の中に広がるのと同時に、後ろから妙な好奇の視線を感じた。
ちらりと目を向けると、道子がにやにやした顔でこちらを見ている。
だけど、別に悪い気はしなかった。
実際、些細なそれだけの行為で、私の心の波は随分と収まりを見せたのだから。
私はポッキーの箱を片付け、鞄の中からポテトチップスの袋を出した。封を開け、それを空箱のあった位置に置く。
「これも好きに食べていいから」
「……貰う」
言うが早いか、玲央君は袋に手を入れ、2,3枚を口に放り込んだ。
「和葉、和葉」
紗絵に呼ばれたので、顔をそちらに近づける。
「何?」
「餌付け成功おめでとう」
囁かれたその言葉に、思わず噴き出してしまった。
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