36 / 86
6 キャンプ
6-1
しおりを挟む
6 キャンプ
「何かさ、今年の夏ってイベント少なくない?」
紗絵がコーラの中に入っている氷をストローで掻き混ぜながら、気だるそうに呟いた。先週までアメリカに行っていた人間の台詞とは思えない。
「あー、分かる。今年は暑かったし、動くのだるかった気がするわ~」
道子が紗絵の言葉に同意する。夏休み直前に彼氏を作り、デート三昧と言う贅を尽くした人間の台詞とは思えない。
紗絵が日本に帰って来たので、私達は夏休み前に学校より受け取った負の遺産、世間で言うところの夏休みの宿題を、ファミレスでドリンクバーを啜りながら協力して片づける事にした。
一人で全部をやるよりも、分担した方が早いのは火を見るよりも明らかだ。
父親の待つアメリカへちょこちょこと出かけられる紗絵は英語を、歴史上の人物にさえ熱を上げられる道子は社会を、そして時間を持て余してしまった際、結局本に逃げ場を求めるような私は国語を担当した。
理科と数学に関しては、また後で考えればいいと言う、紗絵の男らしい発言により、私達は無理をせず、それぞれの長所を生かした作戦に取り掛かっている。
女三人、文系ばかりである。
そう言えば、玲央君は数学が得意だと言っていた。
でもきっと彼は、宿題なんてやっていないんだろう……。
公園で、彼の手を握ったあの夜から、もう一週間が経過しようとしていた。
姉も無事仁さんと和解したようで、迷惑かけたねと笑いながら、再びアパートへと戻って行った。
玲央君とは、あの日以来会っていない。
姉が再び家を出るまでは、現状報告メールを送りもしていた。だけどそれも無くなってしまった今、あの夜に多少なりとも距離が近づいたとは言え、まだ中身の無い会話が出来る程では無い。
寂しく無いと言えば、当然嘘になる。
と言うか、全力で寂しい。
だけど、結局はこれが現実なのだと、自分に言い聞かせるしか出来なかった。
それに、私が彼を意識し始めてしまったと言うのも、決して小さい理由では無い。そして、会えない日々が続く度、彼への想いが膨らんでいってしまうのも感じていた。
――厄介なんだよね……。
思えばこれまで。まともに恋をしてきた事なんてあっただろうか?
思い返してみても、素敵な人を端目に見ながら騒いでいる程度はあったが、一人の男の子を想いながら、心を焦がす事なんて無かった。
――初恋、って言っちゃっていいのかな?
そう、自分自身に問いかける毎日。
早めのブランチを済ませた直後に集まり、かれこれ3時間はこうしている為、問題集の進み具合とは別に、流石に集中力も切れてきた。それでも、半分以上は終わった自分に対しては、お褒めの言葉があってもいいだろう。
「ねぇ、みんなでどっか行かない? 何か企画しようよ?」
紗絵が机に身を乗り出して、そう提案する。
私と道子は暫し顔を見合わせ、それから二人して紗絵の顔を見つめる。
「どっかって、どこ?」
「それはこれから決めるの。やっぱ、山か海かな~」
「暑いんだから、山は想像したくないなぁ」
「じゃあ一択じゃん。海に決定~」
紗絵と道子の軽い話し合いで、早々に何かが決まってしまった。
「ちょっと待ってよ。それ決定なの?」
思わず口を挟むと、紗絵が私の顔を見ながら、うん、決定決定、とにこやかに笑う。
「海か~。あ、でも女三人ってのも面白く無いわよね。うちのユウ君も連れてっていいかな?」
道子の楽しそうな声に、ユウ君って? と言う紗絵の声が重なる。
「道子の彼氏」
「はぁ~っ? 道子、あんたいつ彼氏なんて作ったのよ! 聞いて無いわよ!!」
紗絵が興奮のあまりテーブルの上に身を乗り出す。もしも紗絵がアニメーションのキャラクターだったなら、ゆっくりと髪が逆立っていくのではないかと言う程の勢いだった。
「夏休み直前に出来たの。紗絵はすぐアメリカ行っちゃったし、言う暇無かったしね~」
余裕綽々の表情の道子を見て、紗絵は深い溜め息をついて椅子に腰を下ろした。直後、私の顔をじろりと見る。
「和葉~、まさかあんたまでって事はないでしょうね?」
「だったら良かったんだけどね、残念ながら、私は紗絵の味方よ」
「ちょっと、それじゃまるで私が敵みたいじゃないの~」
「あ~あ~、彼氏いる奴はもう敵だ、敵」
抗議をする道子に、紗絵はダルそうに言う。
「こりゃあ、本当の本当に何とかしなくっちゃね~。和葉、あんた知り合いにいい男とか居ないの?」
「海に行く話はもういいの?」
「全然良くない。だから、折角行くんだから、誰か連れていけるの居ないかって言ってんの~」
紗絵が急に猫撫で声を出しながら、私の傍に近づいて来る。
「え~? 私にそんな知り合い居ると思う?」
「藁にも縋る思いなの」
――わたしゃ藁ですか!
「折角海に行くって計画なら、車ある男とかいいよね~」
道子が理想論を語りだした。
「車出せるなんて、基本年上しか無理でしょ。年上の知り合いなんてそうそういないわよ。あ、道子、あんたの彼って、お兄さんいたりしないの?」
「残念でした~。ユウ君にいるのは妹さんです」
道子達の会話を聞き流しながら、年上と言われ、ポンッと順哉さんの顔が思い浮かんだ。
玲央君とメールを出来なかった代わりに、私はこの夏、順哉さんと随分下らないやりとりを繰り返し、かなり仲良くなっていた。
「何かさ、今年の夏ってイベント少なくない?」
紗絵がコーラの中に入っている氷をストローで掻き混ぜながら、気だるそうに呟いた。先週までアメリカに行っていた人間の台詞とは思えない。
「あー、分かる。今年は暑かったし、動くのだるかった気がするわ~」
道子が紗絵の言葉に同意する。夏休み直前に彼氏を作り、デート三昧と言う贅を尽くした人間の台詞とは思えない。
紗絵が日本に帰って来たので、私達は夏休み前に学校より受け取った負の遺産、世間で言うところの夏休みの宿題を、ファミレスでドリンクバーを啜りながら協力して片づける事にした。
一人で全部をやるよりも、分担した方が早いのは火を見るよりも明らかだ。
父親の待つアメリカへちょこちょこと出かけられる紗絵は英語を、歴史上の人物にさえ熱を上げられる道子は社会を、そして時間を持て余してしまった際、結局本に逃げ場を求めるような私は国語を担当した。
理科と数学に関しては、また後で考えればいいと言う、紗絵の男らしい発言により、私達は無理をせず、それぞれの長所を生かした作戦に取り掛かっている。
女三人、文系ばかりである。
そう言えば、玲央君は数学が得意だと言っていた。
でもきっと彼は、宿題なんてやっていないんだろう……。
公園で、彼の手を握ったあの夜から、もう一週間が経過しようとしていた。
姉も無事仁さんと和解したようで、迷惑かけたねと笑いながら、再びアパートへと戻って行った。
玲央君とは、あの日以来会っていない。
姉が再び家を出るまでは、現状報告メールを送りもしていた。だけどそれも無くなってしまった今、あの夜に多少なりとも距離が近づいたとは言え、まだ中身の無い会話が出来る程では無い。
寂しく無いと言えば、当然嘘になる。
と言うか、全力で寂しい。
だけど、結局はこれが現実なのだと、自分に言い聞かせるしか出来なかった。
それに、私が彼を意識し始めてしまったと言うのも、決して小さい理由では無い。そして、会えない日々が続く度、彼への想いが膨らんでいってしまうのも感じていた。
――厄介なんだよね……。
思えばこれまで。まともに恋をしてきた事なんてあっただろうか?
思い返してみても、素敵な人を端目に見ながら騒いでいる程度はあったが、一人の男の子を想いながら、心を焦がす事なんて無かった。
――初恋、って言っちゃっていいのかな?
そう、自分自身に問いかける毎日。
早めのブランチを済ませた直後に集まり、かれこれ3時間はこうしている為、問題集の進み具合とは別に、流石に集中力も切れてきた。それでも、半分以上は終わった自分に対しては、お褒めの言葉があってもいいだろう。
「ねぇ、みんなでどっか行かない? 何か企画しようよ?」
紗絵が机に身を乗り出して、そう提案する。
私と道子は暫し顔を見合わせ、それから二人して紗絵の顔を見つめる。
「どっかって、どこ?」
「それはこれから決めるの。やっぱ、山か海かな~」
「暑いんだから、山は想像したくないなぁ」
「じゃあ一択じゃん。海に決定~」
紗絵と道子の軽い話し合いで、早々に何かが決まってしまった。
「ちょっと待ってよ。それ決定なの?」
思わず口を挟むと、紗絵が私の顔を見ながら、うん、決定決定、とにこやかに笑う。
「海か~。あ、でも女三人ってのも面白く無いわよね。うちのユウ君も連れてっていいかな?」
道子の楽しそうな声に、ユウ君って? と言う紗絵の声が重なる。
「道子の彼氏」
「はぁ~っ? 道子、あんたいつ彼氏なんて作ったのよ! 聞いて無いわよ!!」
紗絵が興奮のあまりテーブルの上に身を乗り出す。もしも紗絵がアニメーションのキャラクターだったなら、ゆっくりと髪が逆立っていくのではないかと言う程の勢いだった。
「夏休み直前に出来たの。紗絵はすぐアメリカ行っちゃったし、言う暇無かったしね~」
余裕綽々の表情の道子を見て、紗絵は深い溜め息をついて椅子に腰を下ろした。直後、私の顔をじろりと見る。
「和葉~、まさかあんたまでって事はないでしょうね?」
「だったら良かったんだけどね、残念ながら、私は紗絵の味方よ」
「ちょっと、それじゃまるで私が敵みたいじゃないの~」
「あ~あ~、彼氏いる奴はもう敵だ、敵」
抗議をする道子に、紗絵はダルそうに言う。
「こりゃあ、本当の本当に何とかしなくっちゃね~。和葉、あんた知り合いにいい男とか居ないの?」
「海に行く話はもういいの?」
「全然良くない。だから、折角行くんだから、誰か連れていけるの居ないかって言ってんの~」
紗絵が急に猫撫で声を出しながら、私の傍に近づいて来る。
「え~? 私にそんな知り合い居ると思う?」
「藁にも縋る思いなの」
――わたしゃ藁ですか!
「折角海に行くって計画なら、車ある男とかいいよね~」
道子が理想論を語りだした。
「車出せるなんて、基本年上しか無理でしょ。年上の知り合いなんてそうそういないわよ。あ、道子、あんたの彼って、お兄さんいたりしないの?」
「残念でした~。ユウ君にいるのは妹さんです」
道子達の会話を聞き流しながら、年上と言われ、ポンッと順哉さんの顔が思い浮かんだ。
玲央君とメールを出来なかった代わりに、私はこの夏、順哉さんと随分下らないやりとりを繰り返し、かなり仲良くなっていた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる