ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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5 初恋

5-8

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『そうだけど?』
「今から、会えない?」
『今?』
「うん」
『別に、いいけど、お前今どこ?』
「家。玲央君は?」
『家。じゃあ、この間の公園でいい?』

 玲央君の言葉に、彼の怪我の事を思ったが、出歩けると言う事を知り、少しだけ心が軽くなった。

「うん、じゃあ、30分後で大丈夫?」
『分かった。じゃあ……』

 切れた電話を暫し眺めてから、私は姉の顔を見た。

「ちょっと、出てくるから……」
「うん、玲央君の事、よろしくね」
「……何にも、出来ないかもしれないよ?」
「何にもしなくていいの。いいから、気を付けて行っておいで」
「……うん」

 落ち着かない気持ちを携えたまま、私はすぐに公園へと向かう事にした。
 夜風は、少しは私の心を冷ましてくれるだろうか?



 肌を撫でていく風が心地いい。
 商店街の賑わいが、まるで遠い日のお祭りのように微かに聞こえてくる。住宅街の向こうに見える空は、もうすっかり菫色だ。間もなく、今日も夜が舞い降りるだろう。
 時計を見ると、家を出てから15分程が経過していた。

 ――後、15分。

 玲央君に会って、何を話したらいいのか、それは未だに分からない。だけど、放っておく事なんて出来なかった。それが彼の為なのか、それとも、あの日にまだ縛られたままの自分の気持ちを、軽くしたいと言うだけのエゴなのか、その答えは私には分からない。
 落ち着かない気持ちを宥めようと、公園の遊具に目を移した。
 強大な夜が訪れようとしている公園には、電灯が二つ佇んでおり、チカチカと頼りなげに明滅するさまは、宛ら老紳士だ。
 その薄い明かりの下、闇にうっすらと浮かび上がる、ブランコ、鉄棒、砂場、ジャングルジム、そしていくつかのベンチ。
 その全てに深い思い出がある訳ではない。だけど、それらは自身の思い出を回顧する為の起爆剤になってくれた。
 ブランコでは、遠くにジャンプをする姉の真似をして、結局降りられなくて泣いた事がある。
 鉄棒で逆上がりの練習をする姉の目に、珍しく涙が光っていた事を思い出す。
 砂場にもジャングルジムにも、そして今はもう無くなってしまった物達にも、一つ一つの事柄全てに、確かに刻まれた時の年輪を感じた。
 その時、公園の入り口から砂が擦れる音が聞こえた。
 振り向くと、薄闇の中にヘッドホンをつけた玲央君の姿があった。
 私に気付き、ヘッドホンを外して、彼はその右手を挨拶代わりに軽く上げた。
 ベンチの端に寄り、近づいてくる彼に場所を空ける。彼は何の合図も無しに、私が開けた場所に当然のように座る。
 ポケットからハンカチを取り出して、私は頬を伝う涙を拭う。

「泣くなよ」
「……ごめん」

 玲央君の声音が、優しくて、それだけでも更に泣いてしまいそうになる。
 だけど、彼の額を包囲するように巻かれた包帯が、あまりにも痛々しく映ってしまい、堪らなかったのだ。
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