ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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5 初恋

5-4

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「ごめんごめん、待たせちゃったね」

 そう言って順哉さんがすまなそうにコーヒー屋に到着したのは、5時を少し回って長針が3に辿り着く所だった。

「店長の戻りが遅くてさ、引き継ぎでちょっと手間取っちゃってさ」
「いえ、こっちこそ、突然押し掛けちゃって、すいませんでした」

 私の言葉ににこりと笑った順哉さんは、私が先程飲み干した空のアイスティーのグラスを持って、私に問いかけた。

「何がいい? アイスコーヒーでいいかな?」
「いえ、私はもう……」
「飲み物が無いのに椅子を陣取ってるのも何だしね、それに待たせちゃったから、ここは出させてよ」
「いえ、自分で払います」
「いいからいいから、年上の言う事は聞いとくべきだよ」

 ――年上の言う事、か……。

「あ、じゃあ、一緒に行きます」

 そう言って、順哉さんと共にカウンターへと向かった。
 順哉さんは手慣れたようにアイスカフェオレを、私は、ホットティーを選んだ。

「コーヒーは苦手?」
「コーヒーは好きです。でも、苦いのはあんまり……」
「そっか、コーヒーは苦いのが美味しいんだけどなぁ。まぁ、カフェオレ頼んでる俺が言っても、説得力無いけどね」

 そう笑う順哉さんにつられて、私も思わず口角があがった。
 トレイに二つの飲み物を乗せ、再び席へと戻る。
 どうぞ、と笑う順哉さんの言葉に従い、私はカップの端に口を付けた。
 店内の冷房は、外の暑さが夢ではないかと感じさせる程に強い。一時間程そんな環境にいた私の身体に、温かい紅茶が沁み込んで行く。成程、うまい商売だ。

「それで、とりあえず、スティグマはライブをしないのか、って事だったね?」

 順哉さんはカフェオレにガムシロップを落としながら、少しだけ真剣な目つきで呟いた。

「はい」
「ん~、難しい質問だなぁ。現状としては、ちょっと今は難しいと言わざるを得ないかもしれない」

 順哉さんの奥歯には、何か固いものが挟まっている。

「何か……、何があったんですか?」
「そもそも、和葉ちゃんはどうしてそんな事を思ったの? 玲央から何か聞いたの?」

 順哉さんの目線が、こちらを射抜く。

「いえ、お姉ちゃんです」
「キコさん?」
「はい、お姉ちゃん、今日急に家に帰ってきて。今まで、一人暮らしを始めてからは、帰省の時は何か、旅行したからお土産があるとか、何かのついでにちょっと顔を見せる程度だったんです。なのに、今回は、帰省が目的ってはっきり言ったんです」
「そんな時もあるんじゃないの?」
「それに、スティグマの事を聞いたら、お姉ちゃん、面白半分に首突っ込むなって、大人には大人の事情があるんだって……」

 溢れてくるものを、先程渡されたハンカチで拭う。
 落ち着かせる為に、再び紅茶に手を付ける。柔らかな温かさが、少しだけ心を落ち着かせてくれる。

「そっか~、キコさんも、その言い方はまずったな~」

 背もたれに寄りかかって、天井を見上げながら順哉さんはそう呟いた。そのまま身体を元に戻し、私の目を真っ直ぐに見つめてくる。

「心配してくれてるのに、それじゃあんまりだよね~。和葉ちゃんが可愛そうだよ」

 その目は、とても優しい。

「私の事はいいんです。それで、何があったんですか?」
「……まぁ、俺も聞いた話になっちゃうんだけどね。玲央が音楽に対してストイックになってるってのは前も言ったと思うんだけど……、それが仁に向いちゃったんだよ。まぁ、仁は仁で、結構難しい奴だからさ、そしたら、キコさんも実は玲央と同じように、何て言うのかな、最近のスティグマの音楽何だよって、思ってる所があったみたいで、その喧嘩が、仁とキコさんの間に飛び火しちゃったんだよ。だから、この間のライブ終わったら、ちょっと冷却期間が必要かもな、的な話しになってたんだよね」

 そこで順哉さんは、手元のカフェオレを一口啜る。
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