ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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5 初恋

5-3

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 近くまで行き、見覚えのある背中を見つけて安堵する。運良く、彼は今日もそこで仕事をしていた。

「順哉さん!」

 ガーベラをいじっていた背中に声を掛ける。突然名前を呼ばれたからか、彼は驚いた表情のままこちらを振り向いた。だが、私の顔を確認しても、その表情が柔和になる事は無かった。

「和葉ちゃん……」

 彼はそこで、自分が渋い顔をしている事に気付いたのだろう。思い出したかのように笑顔を向けてくる。

「こんにちは。今日はどうしたの、買い物?」

 人懐っこい笑顔にも、今日の私は負けなかった。

「お聞きしたい事があります。スティグマは、もうライブやらないんですか?」

 順哉さんの眉間に皺が寄る。

「そんな事、誰から聞いたの?」
「誰も教えてくれないから、聞きに来たんです……」

 ――ああ、まずい……。

 自分の言葉だけで、泣きそうだ……。
 それを隠す為に下を向くが、隠そうとした涙が隠し通せたためしは今まで無い。
 私は、昔からそうだった。
 泣けばいいってもんじゃないと、怒られた事すらある。だけれども、すぐに涙は溢れ出て来てしまう。
 私は、姉の泣いた姿を見た事が無いと言うのに……。

「和葉ちゃん、今日時間ある?」

 順哉さんの声に顔を上げる。泣いた子供をあやしているような優しい顔をしている順哉さんは、膝を折って、私に目線を合わせてくれていた。

「俺今日は5時で上がりだから、それまで待ってて貰っていいかな?」

 私は大いに頷いて、そこのコーヒー屋で待っててもいいですか? と付け加えた。
 順哉さんの首肯を合図に、私は彼に頭を下げた。

「はい」

 その声に再び顔を上げると、順哉さんは私にハンカチを差し出してくれていた。
 おずおずと受け取り、零れ落ちそうな涙を吸い取らせる。

「後で、洗って返しますね」
「いつでもいいよ」
「順哉さん、モテるでしょ?」

 女慣れしている感じでは無いけれども、スマートな優しさとこの穏やかな笑顔には、女を惑わせる魔力が潜んでいると踏んだ。

「まぁ、程々にね」

 謙遜は堂に入っている。

「良く言われるんですか?」
「モテそうだとは言われる。だけど、自分ではそんなにモテてるって感じはしないかな?」
「自分から、モテモテで困るって言う人がいたら、そんな人は男女問わず嫌です」
「まぁ、そうだね」
「あの、私と話してて、お店大丈夫ですか?」
「ん~、今は店長出てて俺一人だから、特に問題は無いんだけど……」

 その時、私の後ろから一人のおばあさんが、店内へと入ってきた。

「あの~、すいません」
「はい、いらっしゃいませ」

 順哉さんが、おばあさんに営業スマイルを見せる。勿論、普段の笑顔と今の営業スマイルは、ほとんど遜色は無いのだが、接客中の笑顔は、やはり営業スマイルなのだろう。

「あの、じゃあ……」
「うん、ごめんね」

 私は順哉さんにもう一度頭を下げ、店を後にした。
 時計を見ると、3時20分。
 涙を乾かす為では無いが、私は時間まで、少し周辺を歩く事にした。何かを買う気力は、正直露ほども残っていないのだけれども……。
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