ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

文字の大きさ
上 下
27 / 86
5 初恋

5-1

しおりを挟む
 5 初恋

 スティグマのライブから、3日が経過した。

「いやぁ、やっぱり彼氏がいるって、いいもんよ~」

 久しぶりに予定の空いた道子に呼び出され、私は駅前のドーナツ屋で彼女と向かい合っていた。カフェオレを片手に若いんだかおばさんなんだか分からない発言を、恍惚とした表情で発している道子を眺めている私の瞳は、きっと冷やかなものだろう。

「で、結局いつ付き合ったのよ?」

 私は少し呆れ気味に、ドーナツを頬張りながら道子の惚気話に話し半分で相槌を打っていた。

「終業式の二日前。机の中に手紙が入ってて、まぁ放課後呼び出された訳よ」
「あ、弟の世話があるからってさっさと帰った日だ」

 小賢しく安い愚策を張り巡らした道子は、そのまま弟の元では無く想い人の元へと向かった訳だ。

「で、告白されて、とりあえずお友達からって事にしたんだけど、夏休み中に彼氏がいるってのも悪くは無いなって思ってね、家帰ってから、やっぱり付き合おうって私から言ったのよ」

 とんでもない理由だが、幸せそうな顔の道子にも、そんな道子のどこかに惚れた奇特な彼にも、水を差すのは気が引けた。

「はいはい、幸せそうでよござんしたね」
「和葉も彼氏作りなよ」
「作れるもんなら作ってるよ」
「好きな人とか居ないの?」
「残念ながら」
「ま、折角夏休みなんだからさ、パーっと大胆に攻めてみるのもありだよ? 例の大藤とか、どうよ?」

 玲央君の名前が出て来た途端、あの夜の彼の面持ちが頭を巡り、私は心が疼くのを感じた。

「どうなんだろうね」

 出来る限りポーカーフェイスを保ちつつ、さらりとかわす。

「まぁ、今度うちの彼も紹介するからさ、紗絵が帰ってきたらみんなで遊びに行こうよ」

 明るく笑う道子に、そうだねと笑顔で返し、今日はお開きとなった。
 帰りの道すがら、商店街を抜けた時、あの公園が目に止まった。
 彼との連絡手段を何も持っていない私は、結局あの夜の事を後悔し続けるだけだった。
 家に帰り着くと、玄関の前に旅行鞄を持った姉がいた。

「お姉ちゃん?」

 声を掛け、そのまま家の中へと上がる彼女を追いかける。

「いきなりどうしたの?」

 滅多に帰らない姉に、当然の疑問をぶつける。

「ん~、まぁ夏休みだし、何となく帰って来たくなったのよ。たまには帰省して、親孝行しないとね」

 寧ろ寄生しに来たのでは無いか、と言う心の声には耳を傾けず、私は早速居間で寛ごうとしている姉の目元に違和感を見つけた。
 コンシーラーを厚めに塗って、何かを隠している。だけど、そんな所で隠すものなんて一つしかない。
 姉は、何となく夏休みだから帰ってきたと言った。でも、これは本当にただの予想だが、それはきっと嘘だ。姉が、何の理由も無しに家に帰ってくるなんてありえない。つまり、恐らく理由はあるが、それは言えないが正しいのだ。
 だけど、それを直接問いただした所で、姉が口を割るはずが無い事は分かっている。

「そういえば和葉、あの日、どうだった?」

 あの日とは、勿論ライブの日の事だろう。そして、どうだったとは、間違いなく、玲央君の事だ。

「あの後、駅の所で見失っちゃって、追いつけなかったんだよ」

 私は、咄嗟に嘘をついた。

「本当に?」
「嘘言ってどうするのよ」
「それもそうよね。そっか……、まぁ、それじゃ仕方ないか……」

 姉はあからさまにがっかりとして、そのままごろんと横になった。

「ねぇ、スティグマ、次のライブって決まって無いの?」
「ん~? そうね、暫くは無理かもね」
「無理って、どういう事?」
「無理は無理って事」
「それじゃ分からないってば」

 そこで姉は起き上がり、私の目を真っ直ぐに見つめて言った。

「和葉、あんたが興味持ってくれるのは嬉しいけどね、面白半分に首突っ込むんじゃないの」

 その声には、苛つきが見え隠れしていた。
 その言葉に、私は思わずカチンと来た。

「何よそれ! 私は心配だから聞いてるのよ! 面白半分なんかじゃないんだから!」
「大人には大人の事情があるのよ。疲れてるんだから、怒鳴らないでよ……」

 そう言って姉は立ち上がり、肩を竦め、この話は終わりだと言わんばかりに、さっさと居間を出て、階段を上って行ってしまった。

「ちょっと! お姉ちゃん!」

 私の呼びかけに振り向きもしない。

 ――何か、何かあったんだ……。

 直感的にそう感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——?

処理中です...