ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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「私がお姉ちゃんの妹だって、気づいてたんでしょ?」

 さっきの飲み会の席で、大藤君が私を助けてくれた理由に、私が久喜子の妹だったから、と言うのを上げていた。

「あぁ、まぁね」
「似てるから?」
「見た目はそんなに……」

 ――さいですか。

「後は、苗字。友野なんて苗字、そんなにいないから……」
「だから、私の事あの時助けてくれたの?」
「いや、さっきはそう言ったけど、別にたまたま」
「たまたま、か……」

 目印の街灯が見えてきた。
 あの角を曲がれば、我が家はもうすぐだ。

「私、音楽の事とか全然分からないけど、大藤君の声は、格好いいと思ったよ」

 先程の演奏を思い出す。
 澄んだ声、なのに熱気を帯びた激しい歌が、私の中に駆け巡って行ったのを思い出す。

「ありがとう」

 大藤君は、そう言ってこちらに笑顔を向けてくれた。

「笑った顔、初めて見た」

 ――何て、嬉しそうに笑うんだろう……。

 私の声に照れくさくなったのか、大藤君はすぐに向こうを向いてしまった。

「大藤君、教室だといつもむすっとしてるもんね」
「別に、特別面白い事がないだけだよ」
「どうして学校来なくなったの?」
「無駄だ、って思ったから」
「無駄か……」

 彼が屋上で、みんなでお弁当を囲むような、そう言う行為が嫌だと言った姿がフラッシュバックする。
 大藤君は、群れるのが苦手なのかもしれない。

「確かに、あんな勉強してても、社会に出たら全部無駄になっちゃいそうだし、特に数学なんて、意味分かんないよね。私数学大嫌い」
「それは友野個人の意見だろ。俺は割と数学は得意だし」
「え~? 本当に?」
「まぁ、もう関係ないけどな……」

 そう言って彼は、つまらなそうにソッポを向いてしまった。

「あ、ここまででいいよ」

 私は街灯のところで、大藤君にそう告げた。

「じゃ、本当にありがとう。大藤君も、気をつけて帰ってね」

 そう言って帰ろうとした時、大藤君が意外な事を呟いた。

「なぁ、普段はいいけど、キコさんがいる前では、ちゃんと俺の事名前で呼べよ?」
「ふえ? どうして?」
「今日、キコさんがそう言ってただろ?」
「あんなの、お姉ちゃんが酔っ払った流れで、適当にうちらをからかってるだけだよ?」
「知ってるよ」
「なら……」
「いや、それでも……」

 そうして、二人街灯に照らされながら、黙ってしまった。
 薄明かりの下にいる大藤君は、まるで舞台上の主人公だった。その舞台が、喜劇か悲劇か群像劇かは分からない。

「じゃあ、大藤君も、みんなと居る時は、私の事名前で呼んでよ」

 私もどちらかと言えば、名前で呼ばれる事の方が多い。だから、ちょっとした悪戯心のつもりでそう呟いたのだ。

「名前で?」
「そう、名前。やっぱり、いや?」
「そうじゃないんだが……」

 言いにくそうに顔を俯ける大藤君に、どうしたの? と問いかけると、

「友野の名前、なんだっけ?」

 ――え~……。

「……和葉」

 ――今日お姉ちゃんもみんなも、散々呼んでたのに……。

 大藤君が、私に対して興味が薄すぎる事に少し凹む。

「ああ、そうだったな」
「そうだったな、じゃないよ! そう言うの、他の女の子にしちゃダメだよ! 名前覚えてないとか、嫌われちゃうよ?」
「別に、どうでもいい女に嫌われてもいいよ」

 ――どうでもいいと言いましたか!

「好きな人の名前は、絶対に忘れないし……」

 俯いたまま、大藤君はそう呟いて、微かに笑った。
 その顔に、何だか毒気を抜かれてしまった。
 ため息を一つ吐いて、

「じゃあね、玲央君」

 と、彼に向けて投げかけた。
 俯いていた顔を上げ、じゃあ、とだけ呟いて舞台上から退場する彼の後姿を、暫く眺めていた。
 暗がりの中で、すぐにヘッドホンを付け直す彼の姿が、随分印象的に映った。
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